111 革命
つらつらと考えていたら食事時となり、荷馬車は次々と止まっていく。
飲み物は水がめのようだが、泉の当てが外れて中身は殆ど無いらしく、最後の水をスープにするとかで……
「この暑いさなか、そのような水、腹を壊すぞ。それは洗い物にでも使え。水なら出してやる」
そうして鍋に魔具から水を出してやると、早速スープにするらしい。
後は希望者に水をやると言えば、皆が皆、コップを持って集まってくる。
それらに入れてやるんだけど、やはりこれはオレの魔力が背景に無いと使えない代物だな。
そのうちあちこちから冷たい、美味いとの声が相次ぎ、お代わり希望でまたしても集まってくる。
まあ、好きなだけ飲めば良いが、飲み過ぎるとやはり腹は下るもの。
程々にしておけと言いながらも、それぞれに注いでやる。
だけど、変な異名が付いた。
「こりゃあ、冷水の魔技様だな」
なんかよ、冷たい印象受けるんだが。
そりゃ知らない奴には冷たいと言われるが、こうやって対話をしたらそうでも無いだろ?
そんなこんな思いながらも、食事は無事に終了し、食後の冷水をまた皆が楽しみ、一行は街に向けて進み出す。
そんな中、どうにも魔力エネルギーの補充の問題と、フィルターの大きさの問題でひたすら悩んでいたが、ふとした閃きが。
発想の転換で考えてみた。
水を出す魔具で考えるから大きさが問題になるんであって、コップ自体に冷やす機能と水を出す機能を付ければ良いんじゃないかと。
コップが少し縦長になるものの、魔石投入口を作って出し入れを簡単にすれば、燃料の問題は解決する。
後は水を出す時にフィルターをかませば、コップの中で超小型の泉を作るようなもので、そこに【寒冷】の魔法を仕込めば、冷たい水の湧き出るコップになりそうだ。
(さすがは魔技様じゃの。ああやってずっと考えていなさる……あれはきっと名のある魔技様じゃろうて……しかし、なしてそのような方が……不思議じゃの)
よし、名付けて『冷水魔具カップ』
はぁぁ、どうにも治らないなこのネーミングセンスは。
小ジョッキぐらいの大きさで、底のフタをずらすと魔石が入っている。
それの交換で、後は取っ手のポッチを押せば接続は繋がり、コップ中央から冷水が湧き出して来ると。
さて、お試しで。
おお、湧く湧く、まるで小さな泉のように、沸いて出る水。
後はこれが……ゴクリ……うん、よく冷えている、成功だ。
さてと、さすがにここで大量生産は無理だから、試作品として置いておくとして、後はもう少し大きな……水の湧く壺ってのも面白そうだよな。
結局、街に着くまでひたすら考えて試作しての繰り返しで、それらしき魔導具の試作品が出来上がる。
そうして歓待の後の夜、借り受けた離れの裏庭で、いよいよ大量生産の開始である。
☆
結局、朝までかかって各種【構築】しまくったが、さすがに少し精神が疲れたな。
枠の問題でと思ったが、結局、5000ずつ作って飽きた。
まあ、思考上の設計図があるから、それに従って大量一気に作れはするが、精神にクルのは間違いない。
簡易的な並列思考と言うのか、だから同時に作れる訳なんだが、それだけ同時に精神力を消耗する訳で、疲れも相乗的になる。
美味系はフィルターの問題があるので、ひとまずは飲み物を冷やす魔導具から売りに出してみる事にする。
『冷温魔具カップ』と水の湧き出る『湧水壺』である。
さすがに不味い水が湧き出ても意味が無いが、みだりにフィルターを使う訳にもいかず、そこは茶こし型のろ過フィルターで美味くするしかない。
壺から水を汲み、冷温魔具カップの上に置いたフィルターを通して水を流し込み、ポッチを押して水を冷やす。
しばらくして飲むと……お、まあまあ冷えているな。
完成だ。
早速にも店のあるじに見せに行き、つらつらとやって水を飲ます。
「おおお、これは素晴らしい」
その後、湧水壺自体の水の品質の問題がやはりあるようで、フィルターを仕込む事になる。
壺の底に設置は可能にしてあったが、みだりに出す訳にはいかず、外しておいた品。
だけど、外に出さないのなら構わないと、とりあえず設置して水を交換する。
「なんとも美味くて冷たい水じゃ」
にわかに商会の店先で始まる冷水販売。
冷たい水が銀貨5枚でいくらでも飲めるという方式もなかなか良いな。
確かに高いけど、1人1個に限り壺持参で帰りには満載にして帰れるという方式が受けて、腹一杯飲んだ後は壺の荷車を引いて帰る者達。
相変わらず水がめは50リットルぐらい入るでかい物なので、一家の数日分はまかなう量。
しかも帰ってすぐ飲めばまだ冷たいからと、すぐさま消費される事になりそうだ。
湧水壺の容量も確かに同じなんだけど、こっちは湧くからいくらでも出てくる訳で、でかいひしゃくのような物で汲むたびに、追加で沸いて出る水。
足踏みスイッチが調子良いようで、水が減ると係の者がそれを踏むのだ。
水を汲む係と足踏みの係は時々交代し、踏む係は水を飲んで休憩しながら時々足を動かすだけ。
冷たい水がタダで飲めると、商会の職員にも好評で、毎日やっても良いそうだ。
なので交代でその係をやる事になり、店先冷水販売は好調にその売り上げを伸ばしていた。
フィルターも改良した甲斐があり、長期運用を可能としている。
そして今やっているのは添加剤。
すなわち、不味い水に入れれば水が美味くなるアイテムの作成である。
早い話が純水にミネラル分を入れればいい訳なので、それがすぐさま溶ける物を作ればいい訳だ。
そうなるとフリーズドライ製法がいけそうだと、冷温乾燥の魔具を造る事になり、濃縮ミネラル溶液からフリーズドライのミネラル粉末が出来上がる。
後はそれを小さな壺に入れて商品化させるだけと、かねてより頼んでいた壺に入れてくれと、でかい壺を渡しておく。
オタマのような器具で1杯ずつ入れられて、フタをして並んでいくミネラル壺。
さてこれがいくらで売れるかね。
壺はドンドン増えていくが、それに従って【暗示】で【倉庫】なので、テーブルから溢れる事はない。
まあ、中抜きは当然だよね、クククッ。
そしてお試しで不味い水をまず飲ませ、顔をしかめさせた後で小さなスプーンでミネラル粉末を入れて混ぜる。
しばらく置いてまた飲ませると、恐る恐るそれを飲んでびっくりするという訳だ。
「魔法の粉じゃの」
そして始まる新商売。
どんな不味い水も美味くなると、商会の主名付けの『魔法の粉』は試飲の後、爆発的に売れ始める。
確かに在庫は大量に用意していたが、日々増える発注にこちらもガンガン作る事になっていた。
しかしそれは魔技の挑戦をあざ笑う商品でもある訳で、魔技崩れが短時間で作る三流品の売れ行きが良くなると同時に、有能な魔技の作る魔具の売れ行きが落ちる原因にもなっていた。
確かにたくさん使えてそれなりに飲めると言われた魔具は高いが、コスパの点から言えば三流品でも事足りる。
なんせ味は一流魔技の作る魔導具の水よりも美味いと言われる程なので、安い品が飛ぶように売れる事になり、ここに魔技のヒラエルキーは逆転した。
魔技崩れの福音のような魔法の粉は、魔技崩れにも売れるようになり、店先に置かれるようになり、ますます安い品が売れていく。
事ここに至り、魔導研究機関の優秀な魔技達は、これを問題視するようになる。
だがさすがにそのアイテムを締め出す訳にもいかず、その対策に日夜頭を悩ませる事になる。
ある者がその魔法の粉の研究を始めるも、化学のアイテムがそう簡単に解析されるはずもなく、未知なる物質という結果に終わる。
どんな素材から抽出するかも分からず、何と何を混ぜれば作れるのかすらも分からず、それがどう言った製法で作られているのかも分からないまま、問題は王族に持ち込まれる事になる。
しかし、王族は既に魔法の粉の良さを知っており、自慢の国宝の水に入れて更なる美味を実感中であり、特に問題には思えないと却下する。
確かに舌の肥えた者にはそうだろうが、巷ではそこまで水の美味さに慣れた者は居ない訳で、その意識の違いがこの問題作の蔓延を防げず、事態は最終局面へ向かっていた。
翌年の魔導技術機関への希望者が定数を下回り、関係者は初期の頃の記録並の少なさに少し驚くが、仕事が楽になる方向なので特に問題にもしなかった。
ところがその翌年、更に希望者が減り、事ここに至ってこれは何かおかしいと思い始めた。
それと共に魔技志望の者達が作る、玩具一歩手前の水の魔具らしきアイテムがバカ売れしているとの評判を聞き付け、詳しく調査をしてその商品が波及した未来を想像し、研究機関に未来が無い事を予感させ、慌てて王宮に提訴する。
そうなって初めて王族は事の重大さを知るが、既に巷に広まっている魔法の粉をどうしようも出来ず、買い占めようにも民の反発は必至という有様になっていた。
国の象徴たる国宝の価値が下落し、その技術の継承者も失われ、国の技術水準は次第に下がっていく。
国が裕福な民で成り立っていれば起きなかったかも知れない事態は、上の搾取という土壌にしっかりとした根を生やし、今では立派な大木に育っていたのである。
そして彼らが去った後、不味い水に添加するアイテムの開発が進み、飲料水の革命が起こる事になる。
それはジュースの粉のような混ぜ物であったのだが、誰もそれに今まで気付かなかった発想の転換。
粗悪品でもそれなりに飲めるようになるからと、それは爆発的に広がり世界を覆っていく。
その流れはもはや、留めようが無かったのである。




