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寮に戻ってくると俺と王子は四階の開かずの間の隣室に突撃した。部屋のドアをノックする。
「誰です?」
「突然申し訳ない。ポリオリのクラウディオだ。寮長の噂が気になってな。話を聞かせてもらえないだろうか?」
ドアが少しだけ開けられた。顔を覗かせたのはお付きだろうか。かなり警戒しているようだ。
「そんな噂聞いてません。我らに関係あることなのですか?」
「直接は関係ない。寮長が庭で怪しげな儀式をやっているという噂なのだが」
「それが何だと言うのです?」
「三階か四階の東端の開かずの間からじゃないと寮長の庭は見下ろせないのだ」
「我らではありません」
即答だな。ちょいと冷たい態度だ。
「そうか。邪魔をした」
軽く目礼をして踵を返そうとしたところ、部屋の奥から声が聞こえた。
「そう邪険にすることもなかろう。入ってもらえ」
その言葉でドアが大きく開かれたので入らせてもらう。
奥には薄い茶の髪色をした碧眼の少年が立っていた。
「初めまして。ご存知の通り椅子が二脚しかないんです」
「突然押し掛けて申し訳ない。もちろん立ち話で結構だ」
ふたりは握手をした。こうした時は付き人はただ立っているだけである。お付きだからね。
「ニュールベルンのエミーロです。我がハーン家のことは?」
「ポリオリ第三王子のクラウディオだ。申し訳ない。初耳だ」
「仕方のないことです。父は封土は持たされていますが騎士ですので」
「騎士爵か。しかしここでは同じ学友だ。対等に接してくれ。話は聞こえていただろうか?」
「はい。その噂、もう少し詳しく聞いても?」
王子は聞いたままを話した。
「その噂話は初めて聞きました。それで隣室の我々を訪ねていらしたんですね」
「何か物音を聞いたりとかは?」
「ありませんな。ドミニコは何か気づいたか?」
「自分もありません。しかし入寮時に隣は物置だと説明を受けています」
そっか。ただ空室を遊ばせておくわけないか。
「どんな物が置いてあるかとか聞いてないか?」
「詳しくは、、、しかし掃除用具とか予備の家具とかそんな物ではないでしょうか?」
ここは四階だもんな。重いものは不便だよな。
「念の為、窓を覗かせてもらっても?」
「どうぞどうぞ。椅子をお使いになりますか?」
「うむ。助かる」
窓の位置は落下防止の意味もあり高い位置にある。そもそもが明かり取りだからな。
王子は椅子の上に立って窓に頭を突っ込み左右を見渡して首を振りながら降りてきた。
「全く見えんな。邪魔したな」
「いえいえ、お安いご用です。ところで三階にも行かれるんですか?」
「いや、三階は別の方に頼むつもりだ」
「上級生の方?」
「ああ」
「それが良いです。下の方は気難しい方のようですから」
お、何かあったのだろうか?
「実は、寝る前に剣術の型を確認するのが日課だったのですが、それがうるさいと」
「苦情を言ってきたのか」
「はい。わざわざ足をお運びになられまして」
「誰なのだ?」
「さあ? いきなりドアを開けて『俺が誰なのか分かってないのか?』と問われまして」
「それで?」
「存じ上げませんと申し上げますと、ただ『足音がうるさい』と怒鳴られて帰られてしまいました」
ひでぇな。しかしその傲慢さ、マルキオッレ氏みがあるな。アイツなのか? いや、奴ならお付きか手下に行かせそう。腹が重そうだし体力もなさそうだもんな。
なんだか手強そうな奴だが、なんにせよ王都の王子であるオッタヴィアーノ氏が相手ならば強くは出れまい。
ついでなので補足しておくと、剣術の足運びは爪先から足をつくので足音は余りしない。床はギシギシ鳴るだろうが、そもそも消灯時間前ならみんな普通に歩き回っている。
「そうか、気をつけた方が良さそうだな。貴重な情報、感謝する」
「いえ、これも何かの縁です。王子にお近づきになれたことを嬉しく思います」
俺たちはエミーロの部屋を辞すると食堂へ向かった。まもなく晩飯のベルが鳴らされるはずだ。
しかしまだ食堂は開いてなかったので水路の前に立ち、畑を見ながら感想を述べ合った。
「エミーロ氏は割といい人でしたね」
「そうだな。ニュールベルンに土地持ちの騎士が居るとは知らなかったな」
「そもそも騎士って何でしたっけ?」
「お主も騎士の誓いをしておろうが、、、」
呆れたように睨まれてしまった。
「騎士って言ったら大抵は教会騎士を指すって教えてくれたのはクーゲル卿じゃないですか」
「まあ、それもそうか。今は戦禍が遠のいて長いから騎士爵は随分減っているはずなのだ」
「というと?」
「騎士の称号は準男爵の更に下であることは知っているだろうが、男爵や準男爵と同じく相続されない」
「男爵と違ってお金で買えなさそうなイメージですね」
「そうだ。騎士爵は戦場で功績を上げ、君主に忠誠を誓った者に与えられる褒賞だ。与えられるのは名誉だけということもある」
「と言うことは土地を与えられたハーン家はかなりの名将なんですね」
「そうなのだろうな。少なくとも信頼が篤いのだろう」
王子には何やら思う事があるようだ。僅かだが歯切れが悪い。
「そもそもニュールベルンて何処でしたっけ?」
「西だ。シュトレニアの更に西。南北に長く広がる国だ」
「西ってことは獣族が多いんですかね」
「南部はそうらしい」
「北部は?」
「川がなく雨も少なく乾燥していることで有名だ。誰も欲しがらない乾いた土地だ」
戦争が起きてないのに与えられた封土。管理するのは騎士爵。誰も欲しがらない乾いた土地。
なるほど。考えすぎかも知れないがあれこれ勘繰ってしまうな。しかし口に出すのは何となく憚られて俺たちは黙って冷たくなってきた風に吹かれていた。
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