#7 おもてなし
27光年もの距離を、たった半日でたどり着いたというのに、そこから艦隊主力に合流するまでは、さらに3日を要するという。
その3日で進む距離は、幅0.3光年のこの星雲のほんの一部に過ぎないそうだ。なんだろうか、この宇宙船は。早いのか遅いのか、よく分からないな。
もっとも、私にとってはこんな場所にまで到達できたこと自体、とんでもない飛躍だ。帝国の持つ宇宙船では、せいぜい地球の周りを周回するか、頑張っても地球の周りを回る月に到達するのが精一杯だ。普通に考えても、お茶を入れるのが唯一の取り柄という社員が、到達していいところじゃない。
……が、人類を代表して、図らずも到達してしまった。であるならば、何かをしなければと思うのが普通である。そこで私はその翌日から、艦内をうろうろし始める。
「なんだと?何か、することはないかだと?」
「はい、こうして手持ち無沙汰なのもなんですし、何かお役に立てればと。」
「あなたは客人だ。別にいらん。」
真っ先にヴィルヘルム中尉に相談したのは、やはり間違いだったようだ。それにしてもこの士官、客人に「いらん」とか言うか?
「……むこうについてからが、あなたの本当の仕事が始まる。今は、体力を温存するべきではないか?」
「は、はい……」
少し、言い過ぎたと感じたのだろうか?珍しく言い直してきた。それを聞いた私は、すごすごと部屋に戻る。とはいえ、何もしないでは居心地が悪い。そこで私は、ふと機関室のことを思い出す。
あの機関室は、とても暑いところだった。あの大きなエンジンがあまり動いていない時でも、あの暑さだ。今はもっと暑いのでは?
そう思うと、いても立ってもいられなくなる。私は部屋を出て、食堂の隣にある主計科の事務所へと向かう。
「あれ!?カリナちゃんじゃないの!どうしたの!?また私にほっぺ、揉まれたくなったの!?」
「あの、メルヤ准尉!頼みがあるんですけど!」
「えっ!?頼み!?ほっぺのこと!?」
「違いますよ!探し物があるんですが……」
ソバやうどんがある船だ。きっと、私の探しているものもあるだろう。私はメルヤ准尉をつついて、それを探し出す。
それから1時間後。私は水筒を2本抱えて、機関室へと向かう。
バンと、機関室の扉を開ける。その瞬間、むあーっとした生暖かい空気が、私の顔と身体の前面を包み込む。急に現れた私を見て、機関室にいた3人ほどの乗員がこちらを振り向く。
「な、なんだ!?」
突然入ってきた軍服姿ではない娘の登場に驚く機関室内の人々、その中には、マティアス少尉もいた。
「あれ!?カリナさんではありませんか?どうしてここに……」
「いえ、皆さん暑い中、頑張っていらっしゃるので、差し入れをと思いまして。」
と言って私は、水筒を取り出す。紙コップを配り、その水筒の中身を注ぐ。
その中身とは、麦茶だ。殻付き大麦の実を焙煎したものを使ったお茶。お茶と言っても、原料が茶の葉ではない「茶外茶」と呼ばれるものの一つだ。が、この麦茶の文化が、この船の人達の星にもあったことを、主計科で知った。
そこで私は、冷えた麦茶を持ち込んだ。40度近いこの機関室内で働く彼らには、まさにぴったりな飲み物だ。
麦茶には、汗で失いやすいミネラル分が多く、また身体を冷やす作用がある。暑い場所で飲むには最適なお茶だ。これを3人の機関室内の人達に振る舞う。
「うわぁ、麦茶って、こんなに美味かったのか!?」
「ただ煮出ししたお茶ではありませんよ。3分ほど沸騰したお湯がやや冷めたところにパックを入れて、それを程よく取り出して冷やした麦茶です。これが、さらに麦茶の味と香りを引き出すんです。」
「へぇーっ、手間をかけると、こうも変わるものなんだ。知らなかった。」
皆、美味しそうにその冷えた麦茶を飲む。だが、この麦茶が美味しいのは手間をかけたことよりも、この機関室の暑さにある。喉越しのよい麦茶をこの暑さの中で飲むことが、より一層その旨味を引き出される。
「この暑さの中で麦茶を飲むと、子供の頃を思い出すなぁ。」
「そうそう、夏季休暇に友達と遊びまわって帰ってくると、すぐに麦茶を飲んだんだよな。」
麦茶を囲んでの、乗員らの談笑が始まる。彼らの話を聞くと、私達と大して変わらない暮らしをしていることを知る。ところどころ、超越した技術が垣間見えるが、遠く離れた星とはいえ、やはり同じ人間。やることは大して変わらないようだ。
そういえば、昨日見せてもらったビデオ映像の中の解説でも、この1万4千光年の領域にある地球に住む人々には、遺伝子的にも文化的にも、ほぼ同じものを持っていると言っていた。おまけに、どの星でも通用する言語まで存在する。まるで誰かが、この広大な宇宙に同じ人類を作り出したかのような、そんな不可思議な事実が分かってはいるものの、それがなぜだか分からないという。
ともかくだ。同じ人間で、同じような食文化を持っているならば、お茶の味わい方も同じではないか?それが正解だったことを、ここの乗員の顔が物語っている。
さて、調子に乗った私は、会議室で開かれているという艦内幕僚会議とやらにも突撃する。その会議室内には、艦長に副長代理のヴィルヘルム中尉、それに航海長、砲撃長、機関長ら主だった士官が集合し、この先の航海について話し合っている。そこに私は、あるものを持ち込んだ。
「失礼します。」
突如、客人である私が入ってきたことに、一同が驚く。
「カリナ殿、何用ですかな?この会議にお呼びした覚えはありませんが……」
艦長が私に問いかける。私は応える。
「いえ、皆様が重要な打ち合わせをされていると聞いて、お茶をお持ちいたしました。」
「は、はぁ……」
といいながら、私はお盆の上に載せられた湯飲みを、皆の前に並べ始める。
「おい、カリナ殿。このようなことはしなくて良いと……」
「まあ、堅いことをおっしゃらずに、ヴィルヘルム中尉もぜひお召し上がりください。」
と、ヴィルヘルム中尉の前にも湯飲みをおく。艦長がまず、その湯飲みを手に取り、一口飲む。
「……うん、これは良いお茶だ。」
それを聞いた航海長や機関長も口にする。
「……妙だな、お茶にしては、渋みが少ないように感じる。」
「本当だ。しかし、どう見てもこれは緑茶にしか見えないが……」
そこで、私は彼らの疑問に応える。
「ええ、それは玉露です。」
「玉露?」
「はい。」
そう、持ち込んだのは玉露。メルヤ准尉によれば、地球262でもこのお茶は、高級茶葉として存在すると聞いた。
「……聞いたことのある名前だが、普通のお茶とは、どう違うのか?」
「ええ、玉露とは、通常の煎茶よりも手間をかけて栽培された葉を使ったお茶です。摘み取られる3週間ほど前からその茶園を覆い隠し、日光を遮るんです。すると、旨味が増し、渋みの弱いお茶の葉が取れるんです。」
「なんと……玉露という名は聞いたことがあるが、そんな製法だったとは……」
「この玉露は味だけではなく、リラックス効果や疲労回復、集中力を高めるなどの効能があり、重要な会議などではよくお出しするお茶なのですよ。」
「ほう……なるほど。」
私の会社でも、玉露は役員や重要な来客向けにお出しするお茶だ。味は良いが、とても気を使うお茶でもある。温度は60度ほどとやや低めのお湯で、量の加減もシビアなお茶だ。だがそこは、毎日のお茶出しで鍛えた私の腕の見せ所、私が持ち込んだバッグの中にあった玉露が、艦長らが唸るほどの一杯へと変わる。
「では皆様、会議をお続け下さい。失礼いたします。」
私の話を聞いた艦長以下、皆は感心している。その顔を見届けたのちに、私はその会議室を出る。
「まったく、なんてことをしてくれたんだ。」
会議終了後、ヴィルヘルム中尉が私のところに、抗議しにきた。
「あれぇ!?もしかして、お気に召しませんでしたか?」
「いや、好評だ。大好評だ。おかげで、打ち合わせはとても捗った。」
「だったら、よろしいではありませんか。」
「よくはない。客人であるあなたが我々にお茶を出すなど、あなたは少し客人としての自覚が足りないのではないか?」
客人としての自覚……もの凄い説教キーワードだな。それを聞いた私は、ちょっぴり寂しさがよぎる。
「いえ、その……はい、そうですね。ちょっと、出しゃばり過ぎました。」
シュンとした私の顔を見たヴィルヘルム中尉は、すかさず応える。
「ああ、その、勘違いしないで欲しい。あなたが、というより、我々の方に配慮が足りなかったのだから。それに……」
「……なんですか?」
「たかがお茶に、あれほどの効能があるとは知らなかった。今後の参考にさせてもらう。」
この人はきっと、真面目すぎるんだろうな。私への抗議、そしてその後のフォロー。普通の人なら流してしまうようなことを、この人は見過ごすことができない。そんなところなのだろう。
だが確かに、ちょっと私も出しゃばり過ぎた気がする。麦茶はともかく、玉露の方は控えた方が良さそうだ。




