#8 入港
「戦艦イルマリネンまで、あと2千キロ!」
「両舷減速、赤20(ふたじゅう)」
「戦艦イルマリネン管制塔より入電!駆逐艦7981より7990号艦へ、入港許可了承、7990号艦は第2番ドックへ、その他の艦艇は第21から第29番ドックへ入港せよ!以上です!」
「では、戦艦イルマリネンに返電!了解した、これより7981号艦から7990号艦、所定のドックへ順次入港する!と」
「はっ!」
再び、この艦橋内が慌ただしくなってきた。窓の外を見ると、いつの間にか、同じような船がずらりと並んでいる。
この船は確か、10隻の船を束ねる役目をもった船だと聞いた。その10隻が並んで、戦艦イルマリネンという船に向かって進んでいる。
で、これからそのイルマリネンという名の戦艦に入港するらしい……って、いや、ちょっと待て。戦艦って、船でしょう?駆逐艦も船ならば、なんで船が船に入港するの?
突っ込みどころ満載なやり取りを、真剣な眼差しで続けているこの艦橋の人達に、私はかける言葉が見当たらない。
ところで私のポケットの中には、とあるものが入っている。それは2日前、艦長から頂いたものだ。
それはちょうど、ヴィルヘルム中尉が私のところに抗議にきた際、艦長からの言伝と共に渡された物だ。
◇◇◇
「そうだ、カリナ殿。艦長から預かったものがある」
「は、はい……なんでしょう?」
「まずはお礼だ。『我々への気遣い、誠に恐れ入ります。機関室の件も聞きました。駆逐艦7990号艦一同、心より感謝いたします』以上だ」
「はぁ、こちらこそ、恐れ入ります」
まるで暗号電文でも送られてきたような報告だな。やはりこういうところは、軍人だな。
「そして、これだ。これをカリナ殿に渡して欲しい、と言われた」
「なんですか、これは?」
私は、小さな箱状のものを受け取る。
「スマートフォンだ」
「……すまあとふぉん?」
「なんというか……我々が使っている、これと同じものだ」
と言いながら、ヴィルヘルム中尉はポケットの中から黒く四角いものを取り出した。ああ、あれか。私はそれを見て、納得する。
この船の中では皆、その黒い小さな板状の機械を使っている。我々でいうところの携帯電話のようなものだが、それよりもずっと多くの機能を持っている機械のようだ。
通信に検索、写真撮影、メールの送受信、音楽や映像、書籍まで入っている。ヴィルヘルム中尉やその他の乗員が、時折使っているのを眺めていた。確かにあれは、便利だ。
「あの、もしかしてこれ、私に?」
「そうだ。お礼、というより、この先に必要だろうと考えてのことだ。そこで艦内の備品の一つを、カリナ殿に渡そうということになった」
そんな便利なものを、なんと、タダで頂けることになった。なんという幸運。もしかして、あの玉露のおかげだろうか?
早速、箱から取り出し、いじり始める私。が、そこで思わぬ問題にぶち当たる。
「あの、中尉殿……これなんですが、文字がさっぱり読めなくて……」
そうだ、話し言葉は同じでも、文字が違うことを忘れていた。せっかく頂いたスマートフォンだというのに、これでは使えない。
と思った矢先、ヴィルヘルム中尉がこんなことを言う。
「ああ、それならこれを使うといい」
と言って私のスマートフォンを持ち、何やらいじった後に私にそれを返す。なんだろうか……別に読めないのに変わりない。何をしてくれたというのだ?
「例えば、この書籍を表示したまま、このアイコンをタッチする。すると、こうなる」
中尉が画面の下のほうにある小さなアイコンを指で突いた。と、その途端、表示されている文字を、読み始めた。
「うわっ!これ、喋り始めましたよ!」
「音声での読み上げ機能もある。これを使えば、文字が読めなくても大抵は使えるだろう。」
「ありがとうございます!でも逆に、文字を書き込みたい場合はどうするんです?」
「それはだな、例えば……」
今度はメモ帳のようなものを開く。そこで中尉はまた画面の下の方のアイコンを指で突く。そして、こう言い出す。
「この状態で、何か頭の中に文章を思い描いてくれ。」
何を言っているのだ、この人は?さっぱり分からない。が、突然その画面に、何やら文字が書かれ始めた。
「うわっ!今度は文字が書かれましたよ!」
「……それは、脳波コントロールなので、頭の中で思った文章を書き出すことができるようになっている」
「面白いですね!で、この文章、何て書いてあるんでしょうか?ええと、確かこれを指で……」
今書かれた文章を、今度は読み上げさせる私。果たして、そのスマートフォンは文章を読み始めた。
『何を言っているのだ、この人は?さっぱり分からない。』
ああ、確かに私が今、思った通りの言葉だ。私はしばらく、ヴィルヘルム中尉と目を合わせることができなかった……
◇◇◇
とまあいろいろあったが、それから2日間、ヴィルヘルム中尉やメルヤ准尉に聞きながら、そのスマホというやつの操作方法を習得した。最初からたくさんの動画や書籍が入っていて、退屈しない日々を送ることができる。こういうところは、さすが宇宙人の物だ。
ところで、その戦艦とやらにはもうすぐ到着するようだ。もう目の前にあるようだが、それがなんだかよく分からない。ただ、目の前の窓には、小さな石の塊のようなものが見える。
「戦艦イルマリネンまで距離20キロ!」
「両舷前進最微速!進路修正、右0.2!」
「戦艦イルマリネンよりビーコン捕捉!」
「周辺艦艇の進路予測から目を離すな」
「了解。現在、進路状に障害物なし」
「うむ、では、進路そのまま、ビーコンに従い、前進微速」
「前進微速、ヨーソロー!」
艦橋内の慌ただしいやり取りを聞きながら、私は窓の外をじっと見ている。さっきから、どうも妙だ。
正面にいた石の塊のようなものが、徐々に大きくなっている。それはまるで、小惑星のようだ。明らかに、この船よりも大きい。その小惑星に向かって、ゆっくりと進んでいる。
「距離1200!相対速力120!」
「誘導信号捕捉!艦首、左に0.1!」
「両舷減速!進路修正!速力を80まで落とせ!」
「両舷減速、ヨーソロー!」
目の前のその小惑星は、すでに呆れるほど大きくなっていた。石、いや、岩、いやいや、もうあれは山だ。
草木が一本もない、灰色の岩肌が剥き出しな大きな岩山。そんなものが、窓いっぱいに広がっている。
「あ、あの、ヴィルヘルム中尉!」
「なんだ?」
「あの岩の塊が、もしかして……」
「そうだ、あれが戦艦イルマリネンだ」
ひえええぇっ、やっぱりそうだ。でも、あれが宇宙船?ゴツゴツとした、バカでかい岩の塊にしか見えないけれど。
「もしかして戦艦って、岩で作られてるんですか?」
「そうだ。船体材料として、小惑星をそのまま使用している。そこに機関、砲、ドックなどを取り付け、中に居住区を設ける。だから、船体の大きさのわりに早く安く作ることができる」
「そうなのですね。ところであの船は、どれくらいの大きさなんですか?」
「全長4700メートル、質量28億トン、10メートル級大口径砲30門、収容艦艇数35、軍民あわせて2万人が常駐する、ごく標準的な戦艦だ」
ええーっ!?に、2万人もいるの、あの岩の塊に?もはやそれは戦艦ではなくて、動く島ではないだろうか?やっぱり彼ら宇宙人は、とてつもなくスケールがでかい。
そんな戦艦が、目の前に迫ってくる。もう目前は、岩の塊でいっぱいだ。表面をよく見ると、ところどころ光っている場所がある。そこにはビルのような、トンネルのような、不思議な構造物がたくさんある。
予想を上回る戦艦という船を目の当たりにして、私は眼前に迫るその不気味な岩肌をただただ眺めていた。表面に取り付いたいくつかの塔のようなもののうちの一つに、この船は迫っている。
「距離120……100……80……」
「両舷停止!接舷用意!」
「60……40……20……接続!」
と、その塔の間をすり抜けるや、ガシャンという音と共に、船の動きが止まる。窓の外を見ると、すぐ横に3階建ほどの低い建物が見える。
「前後ロック、接続よし!艦固定よし!」
「機関停止!連絡路接続、開始!」
「了解、連絡路、接続開始!」
船が止まったというのに、ここはまだ随分と賑やかだ。私は艦橋内に設けられた席から立ち上がる。
「あ、あの、ヴィルヘルム中尉」
「なんだ」
「もう、到着したのですか?」
「ああ、到着した。まもなく、連絡通路が接続される」
というまもなく、下の方からゴンッと鈍い音がする。何かがこの船に、つなげられたようだ。
「連絡路、接続よし!エアロック増圧よし!」
「艦底部に連絡、ハッチ開け」
「了解、ハッチ開きます!」
やがて船内電話で、ハッチが開いたとの連絡が入ると、艦長が何やらマイクを取り出し、話し始める。
「達する。艦長のエドヴァルドだ。現時刻、艦隊標準時1900(ひときゅうまるまる)をもって、当艦乗員に戦艦イルマリネンへの乗艦許可が下りた。なお、当艦はイルマリネンに1週間滞在する。7日後の艦隊標準時2100(ふたひとまるまる)までには艦に戻り、同2200(ふたふたまるまる)には抜錨する。なお当艦乗員には、宿泊許可が下りている。戦艦内のホテル、グランド・フィヨルドにて各員、チェックインされたし。以上だ」
どうやら艦内に呼びかけたようだ。その言葉を聞くや、艦橋内の人たちも皆、立ち上がり、出入り口に向かう。
エレベーターは一基で、8人乗りだ。そこに100人の乗員が一斉に群がる。しかも何人かは一旦部屋に戻り、荷物をまとめて降りる者もいる。このため私はエレベーターの前で待たされる羽目になる。
部屋に戻るも、とりあえず持ち出す荷物といえば、あのカバンだけ。玉露を少し使ったから、来た時よりはちょっとだけ身軽になったそのカバンを抱えて、私はヴィルヘルム中尉と共にエレベーターに向かう。
「ところで、ヴィルヘルム中尉。この戦艦には一体、何があるのです?」
「ここは艦隊司令部が設置されており、指揮下にある1万隻の作戦行動を決定するための機能が集中している。また、直轄の300隻あまりの艦艇の補給、修理も行うためのドックが併設されており……」
「いやいや、そうじゃなくてですね、軍民あわせて2万人がいるって言ってたじゃないですか。その2万人の人達が皆、その作戦やら補給やらをやっているんですか?」
「いや、大半の人々は、街にいる」
「えっ!?街!?」
「そうだ。」
「この戦艦に、街があるんですか!?」
「縦横400メートル、高さ150メートルの切り出された空間には、4層構造からなる街が存在する。戦艦では、ごく標準的な街だ」
意外なことを聞いた。なんとこの船、バカでかいだけあって、街があるのだという。
「あの、中尉!その街って、服屋さん、ありますか!?」
「……それくらいはある。が、それがどうした?」
「私、服が欲しいんです!私、会社の制服しか持ってきていないんですよ!どうしても何着か欲しいんですが!」
この3日ほど、騙し騙し乗り切ってきたことが一つある。それは、衣服だ。元々着ていた会社の制服と、その替え着だけでこの3日間を過ごしてきた。寝間着に至っては、主計科のメルヤ准尉に頼んで、診療着を2着ほど借りて使っていたほどだ。いい加減、窮屈でならない。
お化粧もないし、下着もありものをなんとかやりくりしてどうにか過ごしてきた。いい加減そろそろ、普通の服が欲しい。
これがせめてこの船に乗る前に、宿舎の部屋に戻ることができたならよかったのだけれど、短時間のうちに会社から直接ここに連れてこられたため、そんな余裕がなかった。だからせめて、服ぐらいはなんとかしたい。
「どのみち、これから向かうホテルもその街の外れにある。チェックインを終えたら、街に乗り出せるだろう」
「本当ですか!?じゃあ中尉、案内してください!」
「なに!?私が、か?」
「そうです!他に誰がいるんですか!」
「いや、メルヤ准尉に頼んだ方が……」
「ヴィルヘルム中尉の方がいいんです!ぜひ、お願いします!」
あのメルヤ准尉などに付き添ってもらおうものなら、どんな店に連れて行かれるかわかったものではない。ヴィルヘルム中尉ならば、真っ当な店にしかいかないだろう。そう思っての発言だった。
が、少し冷静になって、考えた。
これはもしかして、デートというのではあるまいか?無意識のうちに私は、ヴィルヘルム中尉に、デートを申し込んでしまったのではないか?




