#6 二色星雲
真っ暗な宇宙など、眺めていても仕方がない。そこで私はヴィルヘルム中尉に連れられて、会議室に向かう。そこではビデオ映像を使って、この宇宙のことを教えてくれるという。
この宇宙、銀河系の一部、直径1万4千光年の領域には1000近い人の住む星「地球」が存在し、それらは2つの勢力、宇宙統一連合と、銀河解放連盟に分かれている、という程度の話までは聞いた。だけど、それ以上のことはまだ知らない。
そこで私は、その二つの勢力に分かれるまでのこの宇宙の歴史を聞かされることになった。
正直言って、当初はあまり興味はなかった。ビルの片隅でお茶を入れるだけの平社員が、そんな歴史を知ってどうなるのか、と考えていた。
だがその内容は、想像以上に壮絶なものだった。映像に引き込まれた私は、差し入れられたきな粉餅を、危うく喉につまらせそうになるほどの衝撃を受ける。
地球001という星がある。この船の技術も、ほぼ全てこの星が生み出したものだという。そんな進んだ星が、今から220年ほど前に引き起こしたある大事件をきっかけに、宇宙の勢力図が大きく書き変わる。
その悲劇とは、地球003の悲劇と呼ばれているらしい。それは当時、この宇宙で唯一の戦闘能力を持つ地球001が、反対運動を行なっていた地球003の惑星表面に向けて、一斉に艦砲射撃を行ったという事件だ。
数億の人々が消滅し、残された人々の大半も、艦砲射撃の膨大なエネルギーによって引き起こされた大気変動や、疫病、暴動などによってその多くが亡くなる。結果、地球003の放棄が決定され、人々は別の星に移住する。
それから10年ほど経ったある時、地球023という星が、地球001の技術を盗み出して作り上げた駆逐艦隊によって、地球001艦隊を破るという出来事が起きた。それを機に、地球023は地球001を葬るべく銀河解放連盟を設立し、周辺の星々に呼びかけた。
一方の地球001も、宇宙統一連合という勢力を作ってこれに対抗、それから200年余りの間、互いの勢力は未知の地球を探し出しては自勢力に組み込みつつ、互いに争いを続けている……
これが全て、SFではなく現実に起こったことだと聞いて、私はきな粉餅をテーブルの上に落としてしまう。何という悲劇、地球001め、なんて悪い星なの。
と思ったら、この船の所属する地球262とは、その地球001が設立した連合側に属する星だった。当然、私達の星も、連合に率いられようとしていることになる。
「どうして、悪者の地球001側に、私達の星が入らなきゃいけないんですか!?」
「確かに、きっかけは地球001だった。が、地球023もその後、中立を決め込む星の惑星表面に向けて、同様の艦砲射撃を行っているのだ。決して地球001ばかりを責められない。そしてその後、それぞれの勢力ではこれらの悲劇を教訓に、惑星表面への砲撃を禁止することになり、今に至っている」
と、あくまでも連合とやらの正統性を説くヴィルヘルム中尉。と言われても、私の星が悪者側に加わるのはいまいち気がひけるなぁ……でもまあ、自勢力にとってむしろ不利な歴史を、敢えてそのまま教えてくれる彼らは、むしろ信用できるのかもしれない。
そこではまた、歴史以外のことも知る。この船がどうやって、何百光年も離れた星へ辿り着くことができるのか、という話もでた。そこでは、「ワープ航法」という、SFではお馴染みの方法を使い、長い距離を一瞬にしてジャンプするのだという。
が、それはどこでもできるというものではない。ワームホールという、トンネルのようなものを使うんだそうだ。それがより集まったものを「ワームホール帯」と呼んでおり、それを利用してこのワープ航法というのを実現している。
大抵の恒星系には、そのワームホール帯というものが数個は存在するそうだが、星雲や中性子星、ブラックホールやらが存在する場所には、そのワームホール帯というものが無数にあるのだという。これから向かう二色星雲という場所も、ワームホール帯のたくさん存在する、いわば宇宙の交差点なのだそうだ。
で、連盟側の動きが怪しいから、その二色星雲に1万隻もの駆逐艦が展開しているんだそうだ。それを聞いて私は、またしても持っていたきな粉餅を、皿の上にボトッと落としてしまう。
ちょっと待って。こんなものが1万隻?ええと確か、一隻当たり100人ほどの人が乗っているというから……つまり100万人もの人々が、その壮大な天体のそばで敵の出方を待ち構えているというの?
もはや、私の想像などはるかに超える世界のようだ。ビルの片隅でお茶を入れていたのがバカらしくなるほどの壮大な話。これがSFじゃなくて、本当の話だというから恐れ入る。で、この駆逐艦はその1万隻の中の7990番目の船。だから、駆逐艦7990号艦と言うんだそうだ。こんなに大きくて、それでいて美味しい茶漬けやソバも出せる船だというのに、なんとも味気ない名前だ。
長時間、そんな感じのビデオを見せられ、気づけばもう帝都の時間で20時を過ぎようとしていた。慌てて夕食を取り、急いで風呂場に行けばメルヤ准尉と鉢合わせていじられてしまい、21時過ぎにようやく部屋に戻った私の元に、再びヴィルヘルム中尉が現れる。
「そろそろだ」
「ええと、何が、そろそろなんですか?」
「ワープだ。二色星雲に向けて、ジャンプする。すぐに艦橋に向かう」
……なんでワープするからと言って、私が呼ばれなきゃいけないのだろうか?と言いつつも、この一回のワープで、なんと27光年を一気にジャンプすると聞いて、私はヴィルヘルム中尉と共に艦橋へと向かう。
真っ暗な宇宙を進む駆逐艦7990号艦。星が輝く窓の外の風景を見ながら、私は艦橋内のやりとりを聞く。
「まもなく、ワームホール帯突入。距離、5万キロを切りました」
『機関室より艦橋!空間ドライブ、作動準備よし!』
「艦橋より砲撃管制室、準備はどうか!?送れ!」
『砲撃管制室より艦橋!砲撃準備よし!操縦系の移行を!』
「艦橋より砲撃管制室!了解、操縦系を移行する!」
たかがワープと思っていたが、案外慌ただしいな。でもどうして、砲撃の準備なんてするんだろうか?私は、ヴィルヘルム中尉に尋ねてみる。
「ああ、ワープ直後に、待ち伏せた敵艦隊と遭遇する場合が稀にある。だから、戦闘準備をしたままワープするのだ」
ヴィルヘルム中尉が、実にわかりやすく応えてくれた。いつもこういう調子ならいいのに……でも、その理由は思いの外、シビアだ。ここより先は、いつ戦場になってもおかしくはない。そんな場所だと言っているようなものだ。
真っ暗な宇宙空間を進む駆逐艦7990号艦。うーん、なんだかこの名前、味気ないよな。その色と形から、いっそ「ごまどうふ」とでも呼んだ方が愛嬌があっていいんじゃないかと、勝手に思い始めていた。
しかし……それにしても眠い。そろそろ寝ようかと思っていた矢先に、連れてこられたから当然だ。しかも今日は一日中、刺激だらけで疲れている。大あくびをしながら、ワープの瞬間を待つ。
「ワームホール帯まで、あと20秒!」
「各員、戦闘配備!艦橋より砲撃管制室、砲撃戦用意!」
『砲撃管制室より艦橋!砲撃戦、用意よし!』
なんだか慌ただしくなってきた。どうしてここの人達は、いちいち叫ばないと気が済まないのだろうか……もうちょっと静かに……できないものだろうか……
危うく私が、寝落ちしそうになったその時。この船は、ワープに入る。
『空間ドライブ作動!ワープ開始!』
開始の合図と共に、急に窓の外が真っ暗になる。元々、真っ暗ではあったが、さらにそこから星の光が消える。本当の闇に変わった、窓の外。が、その数秒後に、いきなり目の前が明るくなる。
その光で、私の目は一気に覚める。
「ワープ、終了!」
乗員の1人が叫ぶ。私は思わず身を乗り出し、窓の方へと向かう。そこには、かつて見たこともない壮大な光景が見えていた。
緑と紅色、この二色の淡い雲のようなものが、窓いっぱいに広がっている。まるで、うぐいす餅と寿甘とを並べたような優雅な光景。しかしそれは、途方もなくでかい。
「レーダーに感なし!前方宙域に、艦影なし!」
「戦闘態勢、解除!砲撃戦闘、用具納め!」
『砲撃管制室より艦橋!砲撃戦闘、用具納めよし!』
ワープが終わり、その後始末に大わらわの艦橋だが、私は窓の外のこの光景に息を飲む。これほどの天体が、私の住む星のすぐそばにあったなんて、想像だにしたことがなかった。
いや、すぐそばと言っても、27光年だ。だけどこの27光年という距離を、この船はわずか半日で行き着いた。大陸をわたる船旅の方が、よほど遠く感じられる。だから、近所には違いない。
その二色星雲に、私は自身の星の人間として初めて到達し、それを目にした。この光景は多分、一生忘れないと思う。




