とりとめのない話
「ようトレイズ、元気だったか? 休暇中は厄介になるぜ!」
「ようこそアルフレッド。君の家に比べたら少し質素かもしれないが、まあゆっくりしていってくれ。長旅で疲れただろう、少し休むか?」
友人の気遣いに、アルフレッドは首を横に振る。
「いいや、気にすんな。それより、腹が減っててさ。うちの領地の名物、キングチェリーパイを持って来たんだ! それ食べようぜ!」
「それはありがたい。すぐ準備させるよ」
「おうよ」
主人との会話が途切れるのを見計らって、控えていた使用人が客人の荷物をさりげなく引き取った。客間に案内されながら、身軽になった客人は廊下を進み始める。久々に再開した気心知れた友人との会話に花を咲かせていたアルフレッドは、ふと廊下の一角に目を留めた。
そこに飾られているのは、一枚の姿絵だ。アルフレッドたちより年上の女性が、穏やかな笑みをたたえて座っている。儚さを感じさせる、美しい女性の絵だった。
足を止めた友人の視線を辿って、トレイズはああと頷く。
「テレーゼ・フォルネ、僕の母にあたる人の絵だよ」
「へえ、お前の母さんか! 道理で顔がそっくりなわけだ」
「まあ、母といっても義理の母親で、本当の母親じゃないよ。未婚で子供がいないまま彼女が亡くなって、遠縁の僕が養子としてフォルネ家に引き取られたんだ」
「そういや、前にそう言ってたな。でも、この絵を見てると確かに血のつながりがあるって、はっきり分かるぜ」
「そう? 自分ではあまり実感がないけどね」
「いやいや、似てるって! お前、めったに笑わないけど、笑ったらよりそっくりだと思うぜ!」
「……そうなのかな、やっぱり。昔から、僕が笑うとじいやとばあやが“テレーゼ様に瓜二つだ!”ってむせび泣くから、笑うのがどうも……億劫でね」
「え、お前のじいやとばあやって、あの、玄関ではじめに挨拶してきた厳しそうな爺さんと婆さんだろ!? ……それは、なんというか……気持ちは分かるぜ」
アルフレッドは顎に手をあてて、その絵をじっくり鑑賞する。繊細な筆遣いで描かれたそれは、女性の優美さを余すところなく表現しているように思えた。
「それにしても、見れば見るほど別嬪な人だな。さぞ、引く手数多だったんだろ?」
トレイズは、肩をすくめた。
「周りはどうか分からないけど、本人は亡くなるまでたった一人に夢中だったんだって」
「へえ、それはまた一途だな。未婚をつらぬいたってことは、……許されない恋とかだったのか?」
「いや、婚約者に相当入れ込んでて……婚約破棄されてからも、新しい縁談をすべて断って、ひたすら元婚約者を想い続けたらしいよ」
「……おしとやかそうなのに、破天荒な人だったんだな。その元婚約者ってのは、誰なんだ?」
「リヴィウス伯爵家の三男……いや、四男だったかな? フィノイス戦役に参加して、そのままワーテルフの戦いに駆り出されて、そこで亡くなったそうだよ。婚約を破棄したのも、生きて帰れる保障がなかったかららしい」
「そうか、……ワーテルフは、フォルネの領地からも近いじゃないか。結果的に、元婚約者の領地を守って亡くなったんだな」
「それは、どうだろう? フィノイス戦役が終わった時点で、犬猿の仲のワーテルフとフィノイスが組むなんて、ザヴェニエムでは誰も考えつかなかったと思うよ。予測できたのは、せいぜい軍でも上の方の人くらいじゃないかな?」
「それか、“仮面の軍師”だけかもな!」
瞳をか輝かせる友人に、トレイズはため息をつく。
「君は本当に、軍師殿が好きだねえ……」
「そりゃそうだ、軍を目指す男なら誰だって憧れるさ! あの奇抜で無駄のない戦術、いつか俺もあんな風に軍を動かしてみてえ!」
「はいはい」
「おい、トレイズ、俺は本気だからな!」
トレイズの適当な返事に、アルフレッドは詰め寄った。さらに畳みかけようと口を開きかけたアルフレッドは、不意に真顔になる。急に大人しくなったアルフレッドに、トレイズは首を傾げた。
「どうした、アルフレッド?」
「いや、お前の顔、ほとんどあの絵と一緒だけど、……目の色だけは、違うんだな」
トレイズは、茶色の瞳をしばたいた。それから、苦笑する。
「ザヴェニエム人に多い、特に珍しくもない色さ」