No.07
慣れないポカポカな陽気が体を温める。そのことで体の緊張が、ジェイドの存在と陽気で徐々に溶けていく。
あったかいな……。
視界が徐々に狭まって、意識がゆっくりと沈んでいく。
でもこれから“こうりゅうかい”があるのに寝ちゃいけないと思いながらもウトウトと意識を揺らす。
でも、こらえきれずに完全に意識が沈む前にガチャリと扉の開く音がして、少しだけ意識が浮かび上がる。
音がした方を見ると、黒い生地に金糸が鮮やかな模様を描いている服を着たジェイドがいた。
後ろ髪を丁寧に編み込まれていて、肩から前へと流されていた。前髪は軽く後ろに撫で付けられていて、顔全体がよく見える。
そのぶん、寄せられている眉間のシワがよく見えた。
ジェイドの姿を見つつも、まだ頭がちゃんと働かない。
ジェイドはそんな私にかまわず、私の隣に座る。
「始まるまで、まだ時間がある。……まだ眠っていろ」
その言葉に、少しだけ保っていた自制心があっさりと消え去る。ジェドの方に体を動かして腕に寄りかかる。少しだけびくりとした感覚がジェイドの腕から伝わるが、私はそのまま意識を落とした。
***
軽く揺らされて、目が覚める。
先ほどの陽気が少しだけ弱まり、時間が経過したことを知らせて来る。
隣を見上げると、ジェイドがこちらを見下ろしていた。
「もうそろそろ時間だ。ソルフロッドが水を用意したから、軽く顔を洗え」
ジェイドが目の前のテーブルを指し示す。テーブルの上にはいつのまにか水の入った桶が用意されていた。
ジェイドを見ると、私が寄りかかっていた腕とは反対の腕で本を読んでいたらしい、閉じた本がその手に収まっていた。
深く座っていたソファーからなんとか抜け出して、テーブルまで歩いていく。
そして水を掬うと顔にパシャりとかけた。冷たさが身にしみる。意識がはっきりとした。
水を垂らしながら顔を上げると、いつのまにか横に立っていた足にびくりとする。
その足の持ち主が、身を屈めて手に持っていたものを私の前に差し出す。
薄目に見たそれは、真っ白なタオルだった。そこに顔を埋めて、水分を拭う。持ち主を確認すると先程、ジェイドにソルフロッドと呼ばれていた初老の人物だった。
顔をじっと見つめる。
ソルフロッドも視線をそらさずこちらを見つめてきた。少しだけ目元の緩んでいる顔のシワ一本一本がよく見えた。
今度は瞳をじっと見つめた。……冬の寒さを秘めたようなおだやかな波が感じ取れる。
なんとなくは、分かってはいたがこのヒトも魔族のようだった。じっと見つめ合っていると、ソルフロッドの手が動く。
「失礼致しますね」
ぼーっとしていると優しく、丁寧に顔を拭われた。少しだけくすぐったくて身じろぎをしてしまう。
後ろのジェイドが動く気配がして、すっとジェイドが横に立った。テーブルの上に本を置くと、ソルフロッドの方を向く。
「ソルフロッドこの本を元の場所に戻しておけ」
「かしこまりました」
十分に私の顔を拭ったソルフロッドが丁寧にタオルをたたむと、物音たてずにジェイドの本を手に取るとまた、先ほどの扉の中に向かった。
ジェイドは私の方を見ると、軽く私の頭を整えるように梳く。少し引っかかるが、それを丁寧にほぐしてくれるジェイドに頰が緩む。
しかし、ジェイドはすぐに手を離す。それを目線で追ってしまう。
「いいか、会場にいるときはあまり目立ったことはするな。それと何かあったときは私か、テル隊長に助けを求めろ」
わかったな、と確かめるようにジェイドが目線を合わせる。私も目線を合わせて頷く。それを見たジェイドがほんの僅かに目を細めて、私の頭にぽんと手を乗せた。
戻って着たソルフロッドに城の従者を呼ぶように言う。
「はい、もうすでに控えております」
そう言ったソルフロッドに、そうか、と返す。
「行くぞ」
私を抱き上げると、ジェイドが歩き出す。抱き上げられたまま、ジェイドにしがみついた。
***
目的の扉に着いたのか、ジェイドの足が止まる。
開いた扉の横に控える従者がこちらを、見ると胸に手を当て頭をさげる。
「招待状を、お願い致します」
ジェイドが懐から出した紙を従者に差し出す。従者は恭しく受け取ると、紙を広げて何かを確かめた。私の方を見ると少しだけ戸惑ったように、目を瞬かせるがすぐに持ち直したようだ。
「ジルオス国、宰相、ジェイド・グエン・アルフェイト様、……並びに、お連れ様!」
大きな声を出した従者にびくりと体を震わせる。
従者の声を聞き届けて途端に視線が私たちに突き刺さる。さわさわと何事かを囁く声が不明瞭にこちらにも届く。
もう顔を上げていられなくて、ジェイドの胸に顔を埋める。それでも囁くような声が、耳に届くが幾分かはマシになる。
「おい」
ジェイドの声が耳元に響く。
「すぐに、ではないが、お前を下ろすことになる。その時は無駄に騒ぐな」
いいな、と言うジェイドに少しだけ時間をおいて頷く。
それを確認するとジェイドは歩を進めた。
ジェイドの雰囲気に人々が道を開ける。遠くで、さざめく声だけが聞こえる。
ジェイドは、その声が特に気にならないらしくズンズンと進んで行く。すれ違う給仕のトレイから飲み物をとって渡して来た。
何だろうと思って薄いグラスを受け取ると薄桃色の液体が入っていた。飲む前にジェイドにそっと降ろされる。ジェイドを見上げると、無感情な瞳が見返して来る。
ビクリと身を震わせるが、先ほど言われたようにおとなしく降ろされる。
気をそらすために手に持っている飲み物を見る。薄桃色が揺らめいて、ついつい見つめてしまう。匂いを嗅ぐと、嗅いだことのない匂いが鼻をくすぐる。少しだけ口に付けてみる。
「!」
爽やかな香りが、口の中を通り過ぎた。甘さと微かな苦味が口の中に残る。その香りと味を追いかけるようにもう一口、口につける。
「! ……!」
また同じ感触が鼻と喉を通り過ぎる。なぜだか止まらない。何度も口にしてしまう。
最後の一滴まで飲む干す。もう、グラスの中には何も残っていない。
もっと、のみたいな。
そう思って顔を上げると、いつのまにかジェイドが少しだけ離れたところで誰かと話をしていた。その周りをジリジリと人が囲もうとしている。朝の食事の時に金色の隣に座っていた人に見える。
何もできずに、そのまま見つめていると、何かをきっかけにジェイドを囲むことに躊躇がなくなった。
「……っ」
ジェイドの姿が見えなくなることに、背筋を冷たい何かが滑っていった。
ウロウロと視線を彷徨わせても、知った顔が誰一人いない。
とりあえず、人の少ない壁際と駆けるように歩を進めた。壁際に行くと人が少なく幾分かはホッとする。
しばらくはそうしていようと体の力を抜く。だが、すぐにトス、と軽い足音が自分のそばに誰かが来たのがわかった。体の力が否応無くまた入る。
床を見ていた目を微かに上げると、小さな靴とキラキラしたスカートの裾ががいくつか見えた。
今回もお読みいただきありがとうございます!
すみません!今日はあとがき省略させていただきますね……!
ではではまた、次回お会いしましょう!




