飛び出し
西陽台の志道通りは、比較的大きな都道だ。
だが、それにしては信号のない交差点が多い。
近くに大手のスーパーマーケットがある交差点にも信号がない。
路肩に車が停車などしていると見通しが悪く、危なっかしいことで近所では有名だった――。
平日の昼前。
スーパーで買い物を終えた一人の主婦が、ハンドルの両側にレジ袋を満載した自転車に乗り込み、自宅に戻ろうと志道通りの信号のない交差点にさしかかった。
運悪く、左右の路肩に車が止まっていたため、見通しが悪い。
道路の向かい側を見ると、コンビニ帰りっぽい、よれよれのシャツを着た青年が立っていた。
青年が交差点を渡り始めたら、自分も渡ろう。
そう思っていたが、青年はなかなか動く気配がない。
……。
車は、来ない。
ややって、お年寄りが運転する軽自動車がのろのろと目の前を走り抜けていく。
十分交差点を渡れる余裕のある時間だった。
主婦は道路の向かい側の青年に苛立った。
(もうッ、何してんのよ。そっちからは見晴らしがいいはずでしょ)
主婦は心の中で毒づく。
と、その時、青年の隣にもう一人。
スーツ姿の男性がいつの間にか立っていた。
そのスーツ姿の男性は颯爽とした足取りで、交差点を渡り始めた。
それを見て、主婦も自転車のペダルを漕ぎ、前進を始めた。
「危ない!」
通りの向かい側に立っていた青年が大声を発する。
直後、すれ違いかけていたスーツの男が聞くに堪えない怖気だつ声を発した。
「げらげらげらげらげらげらげらげら」
自転車のブレーキをかけることも、スピードを上げることも主婦はしなかった。
ただギョッとして、すれ違いざま、スーツの男の方に顔を向けた。
男は嗤っていた。
口が異様に大きい。
まるで、ディフォルメされたギャグ漫画のキャラクターみたいだった。
そして、その馬鹿でかい口の上――。
顔の上半分は何もなかった。
というより、何も見えなかった。
黒マジックで乱雑に塗りつぶされているような、黒い線がかかっていた。
おぞましさや恐怖を感じるよりも、むしろ呆気にとられて主婦は目を瞬いた。
そしてハッとする。
口だけしかない男の後ろに車が見えた。
すでに、かなりのスピードで肉薄していた。
嗤い声だけはそのままに、男の姿は視界から煙のように消える。
後に残るのは迫り来る車のみ。
「――ッ!」
強張った全身に強い衝撃を感じる。
暗転する視界。
意識が途切れる直前まで、酷く気持ちの悪い嗤い声がいつまでも主婦の耳に響いていた。
「げらげらげらげらげらげらげらげら」