永続効果
良太は公園にいた。
ずっと携帯ゲームで遊んでいる。
プレイしているのは対戦型カードゲームだった。
友達は別のカードゲームにはまっていたので、最近は一人で遊ぶことが多かった。
学校の先生からは「公園で一人で遊んではいけません」と言われていたし、母親からも「夕方のスピーカー放送が流れたら帰ってくるように」と言われていた。
でも、もうちょっとだけ、もうちょっとだけ――と、ずるずる続けていくうちに日が暮れてしまい、家に帰ってからよく怒られた。
今も液晶の小さな画面から片時も目を離さず、良太はゲームに熱中していた。
「なにしてるの」
女の人の声がした。自分に話しかけているとは気づかず、良太は無視した。
「ねえ、なにしてあそんでるの?」
今度はさっきより驚くほど近くで聞こえた。良太は顔を上げた。
目の前に白い服を着たきれいな女の人がいた。
中学生か高校生くらいのお姉さんだろうか。
良太は少し胸がドキドキしたが、ゲームタイトルの名を教え、「カードゲームだよ」と付け加えるとすぐにゲームの画面に視線を戻した。
「おもしろい?」
「うん」
「カードゲームってどんなゲームなの?」
良太はゲームをプレイしながら返事した。
「カードで戦うやつだよ。モンスター召喚したりして」
「へえ、召喚かぁ」
「うん。いろんなカードがあるよ。ドラゴンとか魔法使いとか他にも色々。神様とかも出てくるんだ」
「すごい。面白そうだね」
無理に話を合わせてくれているとか、そういうのではなくてお姉さんの声は本当に興味がありそうだった。
良太は内心うれしかった。
同級生達に「良太君がやってるの、ムズすぎてあんまり面白くない」と言われたことがあったからだ。
「うん。ルールがちょっと難しいけど慣れればハマるよ」
しばらくの間、良太はお姉さんとゲームの話をした。
良太がゲームの説明しているのがほとんどだったが、お姉さんは良太の横で「うん、うん」と相づちをうちながら、まじめに話を聞いているのだった。
それからというもの、良太は公園でお姉さんとゲームの話をするようになった。
ゲーム以外にも学校の友達のことや家族のこともいっぱい話した。
良太は次第にお姉さんと会うのが楽しみになっていった。
* * *
ある日、良太はいつものように公園でゲームをしていると「良太君」と声をかけられ、パッと顔を上げた。
そしてびっくりした。
「ど、どうしたのお姉さん」
「うん……ちょっとね」
お姉さんは怪我をしていた。唇が切れて血がにじんでいた。着ている白い服や、赤いスカートも所々破けている。
「大丈夫? 転んだの?」
お姉さんは乱れた髪を手で整えながら苦笑いした。
「大丈夫大丈夫。カードゲームしてたら相手と喧嘩になっちゃって」
「えー……だめだよ。リアルファイトしちゃ」
「あはは、そうだよねぇ。喧嘩なんてしないほうがいいよね」
「でも、お姉さん。カードゲーム始めたんだ。なにやってるの? 僕がやってるのと同じ?」
期待のこもった良太の問いかけに、お姉さんは申し訳なさそうな顔をした。
「ううん、違うんだ」
「そっかー、じゃあなにやってるの?」
「ふふふ、ヒミツ」
「えー、なんで?」
良太がそう言っても、お姉さんははぐらかすだけだった。
ちなみに、お姉さんは名前も教えてくれなかった。
良太は「僕は名前を教えたのにズルイ」と何度も聞いてみたが、どうしても教えてくれないのだった。
しまいには芝居がかった身振りと口調で「良太君。秘めし我が名をそなたはなぜ問う?」と見得を切られて、良太は思わず吹き出してしまい、それからはもうお姉さんの名前を聞くのをやめていた。
「相手が強くってさー、倒せないんだ」
お姉さんはそういって、良太が座っている縁石の隣に腰かけた。
「良太君、お姉さんにゲームのアドバイスしてくれるかな?」
「ええ? 何のゲームか教えてくれなきゃ無理だよ」
「でも、良太君、いろんなカードゲーム知ってるじゃない。強いんでしょう?」
そう言われて良太はくすぐったい気分になった。
「まーね。今はこれしかやってないけど」
そう言って良太はゲーム機に視線を落とした。
――そうだ。最近は友達と遊ばず、このゲームをずっと一人でプレイしている。
良太はゲーム機のスイッチを切ってお姉さんの方を向いた。
「相手、そんなに強いの?」
お姉さんは視線を落として、良太のゲーム機を見つめながら話し始めた。
「うん……倒してもね。何度も何度も復活しちゃうんだ」
「モンスターの特殊効果? それともフィールド効果かなんか?」
「うーん。その合わせ技みたいなもんかなー」
「相手のデッキ構成って何パターンもあるの?」
デッキ構成とはセットするカードの組み合わせのことだ。
お姉さんは首を横に振った。
「ううん。呆れるくらいにワンパターン」
「だったらちゃんと作戦を練れば攻略できるはずじゃん。効果をうち消すカードを用意するとかさ」
「うん……」
「コンボきめて、相手の特殊効果を発動させる前に倒しきる作戦とか」
「コンボかぁ」
「フィールド効果をうち消すカードとか持ってないの? ゲームの種類にもよるけど新しいフィールド効果の発動に成功すると、古い効果は破壊できたりするし」
「なるほど……そういうのも集めないとだめかー」
「……お姉さん、ちゃんとカード揃えてる? 強いのもってるの? あと強いカードを出すための生け贄用のカードとかさ」
「相手もワンパターンだけど、こっちもあんまりカードもってないからワンパターンなんだなー。それにお姉さん生け贄とか、好きじゃないし」
「え……そ、それじゃ厳しいよ。相性とかあるし」
今までさんざんカードゲームのことを色々説明したのに、何とも頼りないお姉さんの様子に良太は心配になってきた。
「でもありがとう良太君。色々参考になったよ――ところで、もう夜だね」
「え」
良太はハッと辺りを見回した。いつのまにか日が暮れて、公園は真っ暗になっていた。
「そろそろお家に帰らないと……ね?」
「う、うん……あれ?」
そういえば……。
自分はいつから公園にいるのだろう? いつから公園でゲームをしているのだろう?
ずいぶんと学校にも行ってないような気がする。
お母さんにも、友達にも、長いこと会っていないような気がする。
あれ、そういえばお家は……どこだっけ?
それに、それに……。
「ううッ!」
頭が痛い。良太は苦しそうにうめいて体をこわばらせた。
――なにしてるの?
初めて、お姉さんに会った時のことを思い出す。
優しくて、きれいで、不思議なお姉さん。
でも、僕は他の誰かともここで会ってなかったっけ?
――なにしてるの?
お姉さんに会う前、その誰かにもそう言われた。
そうだ、大人の男の人だった。
その人とカードゲームのことを話している内に日が暮れて、それから、それから何処かに連れて行かれたような……。
「うう、僕は、僕は……ッ」
お姉さんは涙を流す良太をそっと抱きしめた
「大丈夫。全部思い出さなくてもいいんだよ。さ、お家に帰ろう、ね?」
「でも、僕はずっとゲームをやってたいよ。やめたくないし、やめられないんだ」
「ゲームのスイッチは切れたじゃない」
ハッとして良太は手に持ったゲーム機をみた。
なにも映し出していない小さな液晶画面を見ながら、良太はぽつりと呟いた。
「……うん」
「大丈夫。お姉さん、知ってるよ。色々教えてくれたよね。友達のこと。お母さんのこと。だからお姉さんがお家まで送ってあげる」
「……うん」
延々とゲームを続けていた良太は、素直に頷いた。
そして、お姉さんと一緒に真っ暗な公園を抜け出た。
住宅街の煌々とした明かりに照らされ、良太はまぶしさに目を瞬かせた。
何処かの家からカレーライスの匂いが漂ってくる。
「ねえ、お姉さん」
「ん?」
「お姉さんの名前、なんて言うの?」
「……誰にも言わないでね? お姉さんの名前はね――ハヤタ。ハヤタ・マコト」
ハヤタに手を引かれ、柔らかな光に包まれながら良太は家路を歩いていく。




