第一話 誰にも理解されない女 前編
「名前は?」
「モネ」
「年齢は?」
「29歳」
「立派な大人だろう! 何でこんな馬鹿な真似をしたんだ!?」
警官が怒鳴った。
私は椅子に座ったまま、その人の顔を見た。特に記憶には残らなかった。
「風になりたかったの」
警官が机に拳を叩き付けた。
「ふざけるな!」
頭に響くからやめてほしい。
「いいでしょ、ちゃんと歩けたんだから」
あれから白線の上を歩かされたのだが、私は真っ直ぐに歩く事が出来た。
――凄いですね
と、褒められたほどだ。たしか。
「それでも、呼気0、43ミリグラム! 基準値のほぼ3倍だぞ! 一歩間違えれば、いや、半歩でも間違えれば大惨事だったんだぞ!!」
耳がキンキンと痛い。
そういえば。
何でだっけ?
少し考えた。
思い出し、可笑しくなった。
「聞いてよ、おまわりさん」
「何だ」
「私ね」
指を一本立てた。
「一千万貢いだの」
「何?」
警官の眉が動いた。
「どういうことだ?」
「そのまんまの意味だよ」
彼はしばらく黙りこくった後、口を開いた。
「……その金はどうした?」
私はにやりと笑った。
「知りたい?」
「ああ」
しょうがないなぁ。と勿体ぶらせてから「身体売ったの」と打ち明けた。
彼は自分のおでこを叩いた。
その音がおかしくて、私は揚々と続けた。
「それなのにさあ、クスオに」
そこで一度、息を吸った。
「『お前とは結婚出来ない』って言われたの」
私は堪えきれずに吹き出し「超ウケるでしょ!?」と、腹を抱えて笑った。
警官は笑わなかった。ああ、そうか。
「ごめんごめん、クスオっていうのは、婚約者の名前ね。あ、元ね、元」
それでも、警官は無表情だった。
笑えない人なのだろうか。
こんなに面白い話、そうそうないと思うんだけど。少しだけ可哀想。
「……それで?」
「え?」
警官は眉間に深い皺を刻んでいた。
「結婚を断られたから、酒を飲んで車を走らせたのか?」
「あー」
そういうことになるのかな。
私は首を傾げた。
「別に」
「別に?」
「結婚出来ないって言われたことは、そんなに悲しくなかったよ。まあ、嫌は嫌だったけど、ああ、やっぱり。的な?」
警官の顔が止まった。
「むしろ、ああ、これでやっと終わったんだなって」
「待て」
警官が片手を上げた。
「お前は身体を売ってまでして、一千万貢いだと言ったな?」
「うん」
「その相手に結婚出来ないと言われた」
「うんうん♪」
「なのに悲しくなかった?」
「そう!」
「まさかとは思うが、好きではなかった?」
「そうそう、そうなんだよ。おまわりさん私の事解ってる~♪」
彼は机に拳を叩き付けた。
「解るか! じゃあ何で、そんな大金を貢いだんだ!?」
本当にうるさい。耳が痛くなるからやめてほしい。てか、唾が飛んだ。
でも――
何でだっけ?
好きだったから、じゃない。それはない。
Hだって普通だった。それにあの件以来させていない。
クスオと結婚したかったから。でもない。
ただ、あの頃の私は――
一人になるのが、嫌だった。
そこにたまたま居たのが、クスオだった。
だから結局のところ――
タイミング、だろうか。
それをそのまま伝えると
「……は?」
さっきまで真っ赤になって怒鳴っていたのに。
「タイミング、それだけ、なのか? 本当に、それだけで一千万も貢いだというのか?」
彼は困惑というか、妙なものを見るような目で、私を見ていた。
その目は今でも印象に残っていて、確かに。それだけだったかな?と考え――
「あ」と、声に出ていた。
「何だ、何か思い出したか!? 何でもいい、話せ!」
「や、そんなガッツかなくても。私の事好きになっちゃった?」
「黙れ!良いから答えろ!」
照れているのだろうか?また顔が紅くなっている。
もう、しょうがないなあ。と少し焦らしてから、私は顎に指を当てた。
「今まで貢いだお金が無駄になるのが嫌だった、ってのはあるかも」
警官はまた、自分のおでこを叩いた。
軽快な音が、窓のない部屋に響き渡った。




