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8 ルーク、試される

 シルフィードファミリーのホーム内にある訓練場は、円形のドーム状の構造をしていた。二階部分がすり鉢状の観客席になっており、どこから噂を聞きつけたのか、ファミリーの団員たちが大勢詰めかけていた。


(これは……完全に見世物だな)


 場内の熱気と好奇の視線に困惑する俺に、並んで歩いていたジェトスが声をかけてくる。


「そんな顔をするな。あの太古の森からノアを助けた、久々の大型新人だと聞いてみんな興味津々なんだ。大目にみてやってくれ」


「まあ……これだけ大勢に顔を見てもらえるなら、覚えてもらう手間が省けますしね。それで、試験内容は何ですか?」


 俺が淡々と問い返すと、ジェトスはニヤリと好戦的に笑った。

 ……まあ、その顔を見ただけで、大体の予想はついたが。


「俺との手合わせだ。ノアの話が本当なら、うちの若い奴らにはもったいな……いや、相手にならないだろうからな」


「今もったいないって……、いえ、わかりました」


『ルーク。ちゃんと手加減するんだよ?』


(わかってるよ、ナイト。相手の出方に合わせて適度にいなすさ)


 俺は、ノアが持ってきてくれた木剣を受け取ると、訓練場の中央でジェトスと向き合った。ジェトスもまた、使い込まれた大振りの木剣を構える。


「俺に勝てとは言わん。実力を見るだけだ。心配するな」


「お気遣いありがとうございます。俺はいつでも大丈夫ですよ」


「ほう、随分と余裕だな。では行くぞ!」


 刹那、ジェトスが床を蹴り、俺との間合いを一気に詰めてきた。

 大柄な体躯からは想像もつかない鋭い踏み込み。確かに常人離れした速度だが、体内のドットギアによって身体強化されている俺にとっては、難なくかわせる速度だ。


 俺は上体をわずかに傾け、ジェトスの振るう豪快な一撃を最小の動きで綺麗に避け続けた。


 風を切る木剣の音がドームに響くたび、二階の観客席から「おお!」とか「新人の奴、なかなかやるぞ!」という驚きの声が上がる。


「なるほど、流石だな。だが、なぜ攻撃を仕掛けてこない? 俺相手に手加減は必要ないぞ」


「ジェトスさんの方こそ、かなり手加減しているでしょう。わかりますよ」


「ほう」


 ジェトスの顔に、静かな愉悦の笑みが浮かぶ。


「じゃあ、これはどうだ?」


 ジェトスが構えを直した瞬間、彼の持つ木剣の刀身が赤い光を帯びた。

 それを見た観客席がにわかに騒然となる。


「うそ! 団長、あれを使うの!?」


「新人相手にそこまでするか?」


 え? なんだ? エネルギーの熱変換か? まさか単分子カッターの類じゃないよな?


 俺がわずかに眉をひそめると、ジェトスの表情にいっそうの愉悦が浮かんだ。


「こいつは当たったら痛いぞ」


(おいおい、当たったら痛いってレベルじゃないだろ、多分……)


『間違いなく大怪我するね。刀身に「マナ」が集まってる。当たりどころが悪ければ命に関わるよ』


 試験で怪我なんて御免だとばかりに、俺は身体強化のレベルを引き上げる。


 再度、ジェトスが俺との間合いを詰めてくる。

 しかし、突進の速度は先ほどとそれほど変わらない。これなら余裕で避けられる。そう思った刹那――。


 ジェトスが木剣を振り抜くと同時に、赤い光の刃が物理的な刀身を超えて伸びる。


(うおっ。まじか!)


 予想外のリーチの変動に、反射的に上体を限界まで反らせた。鼻先を一筋の熱線が通り抜けていく。俺はそのままバックステップを連続で刻み、大きく距離を取った。


「何ですかそれ。痛いじゃ済まなそうでしたけど?」


「まさか、こいつを初見で避けられるとは思わなかった。普通の魔物なら今ので終わりなんだがな」


「あいにく、俺は魔物じゃないですからね」


 俺は軽く肩をすくめ、軽口を叩いて見せる。


「面白い。まだまだ底が見えねえな。じゃあ、次はお前が攻撃をしてこい」


 ジェトスは木剣を肩に担ぐと、空いた左手の人差し指をクイッと曲げて挑発してきた。


「わかりました。怪我はさせませんので、ご心配なく」


 そう言って、俺もまた不敵な笑みを返す。

 その言葉を聞いたジェトスの口角が、獰猛につり上がった。


「おもしろい。――こいっ!」


 俺は木剣を正眼に構える。

 呼吸を整え、足の裏から伝わる床の感覚に全神経を集中させる。


「ミズキ流・壱の形〈流旋りゅうせん〉!」


 次の瞬間――。


 踏み込みと同時に、水が流れるように剣が走る。

 三つの斬撃が弧を描くように、ジェトスの頭、胴、右手へと寸分の狂いもなく同時に襲いかかった。


「なっ……!?」


 ジェトスの驚愕の表情が、スローモーションのように視界に映る。


『ルーク!』


(わかってるさ)


 俺はナイトの警告に短く返し、ジェトスの身体に触れる寸前、わずか数ミリのところで剣先をピタッと静止させた。


「勝負アリ、ですね」


 俺が木剣を引いて静かに元の位置に戻ると、訓練場はシンと静まり返った。二階の観客席にいる大勢の団員たちも、何が起きたのか理解できず、誰も言葉を発することができないでいる。


「――ルーク、凄いっ!」


 最初に静寂を破って声を上げたのはノアだった。

 彼女が飛び跳ねるようにして手を叩いたのを合図に、せきを切ったかのような大歓声と拍手が訓練場全体の壁を震わせるように響き渡った。


「おいおい、今の見えたか!?」


「いや、まったく見えなかったぞ。すげえ!」


 湧き立つ観客席の真ん中で、ジェトスは自分の頭、胴、右手を確認するように見つめ、呆然とした顔で俺を見た。だが、すぐにその表情は豪快な笑みへと変わっていく。


「ははは! 参った、俺の完全な負けだ! まさかこれ程とはな。入団試験は文句なしの合格だ、ルーク!」

「はい。ありがとうございます」


 そう言って、俺も満面の笑みで答えた。


「ねえルーク。さっきの技、何なの?」


「ミズキ流の技だ」


「ミズキ流……聞いたことがないな」とジェトスが腕を組む。


「実家の流派ですから、あまり有名じゃないですよ」


 俺は家のことを思い出し、苦笑いを浮かべる。


「実家の? あれはルークの家の流派なの?」


「ああ。子供の頃から父親に叩き込まれたよ」


「あれほどの流派が埋もれていたとは、もったいない話だな」


「まあ、……そうですね」


 それ以上は語らず、俺は小さく笑って流した。

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