5 ルーク、星渡りへ行く
――彼は不思議な人だった。
今日はお父さんたちと一緒に、先日の『星降』を調査するため、太古の森に来ていた。でも、途中で私の不注意から魔物の群れに襲撃されてしまう。
必死に応戦しているうちに、私はみんなとはぐれてしまった。
なんとかみんなに合流しようと探し回っていたのだけれど、運悪く魔物の縄張りに入り込んでしまい、十匹を超えるゴブリンの群れに執拗に追いかけられることになった。
必死に逃げ切ろうと抵抗したけれど、後衛の私一人では十匹のゴブリンの集団には敵わず。追い詰められてしまった。
「もう、駄目っ……」
そう思ったとき、いきなり目の前のゴブリンの頭部が弾けて崩れ落ちた。
何が起きたのかわからず呆然としている間にも、私に襲いかかろうとしたゴブリンたちが、次々と倒れていくのを見て完全に混乱していた私は、力なくその場に座り込んでしまう。
――その時。彼は現れたの。
黒髪に、灰色の瞳。見たことのない変わった黒い服を着て、手には片刃の剣が握られていた。
彼は、私とゴブリンの間に突然滑り込んできて、怯える私を安心させるように一度だけ優しく微笑む。そして目にも留まらない圧倒的な速さで、残りのゴブリンをすべて斬り伏せてしまった。
えっ!? 何なのこの彼。こんなに強い凄腕の剣士、今まで見たことない!
噂に聞く大陸最強の剣帝よりも強いんじゃないの!?
あまりの光景に呆然となり、動けずにいた私を彼の灰色の瞳が静かに捉えた。そして、もう一度柔らかく微笑むと、そっと手を差し伸べてくれた。
私は差し出されたその手を掴み立ち上がらせてもらうと、興奮のまま、まくし立てるようにお礼の言葉を伝えた。
今にして思えば、あの時の必死で慌てふためいた姿を彼に見られたのは、ちょっと……ううん、かなり恥ずかしいかも。
でも、熱心に感謝を伝える私に対して、彼はなぜか困惑したような表情を浮かべていた。
あれ? 私、何か変なこと言っちゃったかな……?
少しして、私は彼が私の言葉をまったく理解できていないのだと気づいた。
この広い世界には、私たちの言葉が通じない場所から来た人もいるんだ。そう察した私は、まずお互いのことを知るために、自分の名前を名乗った。
「ノア」
すると、彼は一瞬考えた後。今度は自分を指差して、短くこう言った。
「ルーク」
「ルー、ク……?」
ちょっと変わった名前だけど、とても綺麗な響きだと思った。
私も確認するように、もう一度自分を指差して「ノア」と名乗る。
「ノア、■■?」
彼が私の名前を呼んでくれた。
ただそれだけのことなのに、胸の奥がじんわりと温かくなって、何故だか無性に嬉しくなった。
言葉は通じないけれど、この頼もしい恩人も、もしかしたらこの危険な太古の森で道に迷って困っているのかもしれない。
そう思った私は、命を救ってくれたお礼を兼ねて、『ルーク』を私たちのホームへと招待することに決めた。
◇
「ここは■■■■■だ。■■■■■■に帰る」
ジェトスの言葉の意味は半分もわからない。だが、彼が視線を送った先には、あの巨大機械生命体――星渡りの姿があった。
ジェトスの言葉を合図に、他のメンバーが近くに並べてあった『トンボを思わせる細長い胴体の機械』に近づいていく。
彼らがそれに触れて何やら操作をしたかと思うと、「ブーン」という低い駆動音とともに、上下二対の透明な昆虫の羽のようなものが側面から勢いよく展開された。
(ナイト。もしかしてあれ、飛行機じゃないのか?)
『形状や構造からして、何らかの飛行装置なのは間違いないだろうね』
(生物じゃないよな?)
『うん、生体反応はゼロ。あの星渡りと同じ未知のテクノロジーで作られた機械だと思うよ。それから、機体の周辺で『謎の粒子』が急速に収束していく流れも検知してる』
(粒子をエネルギー源として使っているってことか?)
「ルーク。行くよ」
いつの間にか隣に歩み寄っていたノアが、俺に機械へ乗るようにジェスチャーで伝えてきた。
複数の機体に分乗して移動するらしい。
慎重にステップに足をかけ、他のメンバーの乗り方を真似して座席へと座る。
どうやら俺たちが乗るのは三人乗りの機体で、地球のバイクに跨るような体勢で搭乗する構造のようだ。前方にジェトスが陣取り、そのすぐ後ろにノア、そして最後尾に俺という順番だ。
ジェトスは全員が乗り込むのを確認すると、短く合図を出した。
――駆動音が一段と高くなり、四枚の羽が目に見えないほどの超高速で振動し始める。
次の瞬間、落ち葉を巻き上げながら機体がフワリと浮き上がった。
(おお、どういう仕組みなんだ?)
そのまま滑らかに加速し、徐々に高度を上げていく。
眼下の森が次第に遠ざかり、視線を動かすと不時着した拠点や滝つぼが見えてくる。
『……うーん。反重力とは違うみたい。引き続き解析するね』
やがて十分な高度に達して浮上が止まると、機体は次第に速度を上げながら、星渡りへ向かって動き出した。
わかってはいたが、近づくにつれてその規格外の巨大さに改めて圧倒される。
(銀河統合体のマザーシップ並の大きさだな。なあナイト、重力下でどうやってあんな巨体を支えてるんだろうな。通常なら自重で潰れるだろ)
『本当にね。何か未知の力場構造が働いているとしか思えないよ。これは統合体にとっても、有益な情報になるかもしれないね』
銀河統合体の科学知識をもってしても、目の前の巨大機械生命体はまさに常識破りの一言に尽きた。
驚きを隠せない俺を乗せて、四枚の羽を羽ばたかせる奇妙な飛行機は、星渡りへと急速に近づいていく――。




