3 ルーク、少女と出会う
俺はスプリントモードを限界まで引き上げる。
視界の両端が高速移動の負荷で歪み、強化された脚部が爆発的な推進力で地面を蹴り上げた。
「ナイト、ターゲットまでの距離は!」
『現在位置から北西に約一三キロ。今の速度なら十分弱で到達するよ!』
「よし、ビットの映像を網膜に同期させろ。走りながら状況を把握する!」
『了解だよ。視覚同期開始!』
次の瞬間、俺の視界の端にビットが捉えた上空からの映像が映し出された。
生い茂る木々の間を、必死に駆ける一つの小さな影。
そして、それを嘲笑うかのように奇声を上げ、包囲網を狭めていく十匹の追跡者の姿があった。
「十匹だと!? 先日の三匹だけじゃないのか!」
『途中で仲間と合流しながら追いかけているみたいだね。……多分もっと増えるよ。この周辺一帯が奴らの狩場みたいだ!』
「まずいな。今のペースだと追いつかれるのも時間の問題だ」
ビットの映像を、追われている対象にズームさせる。映し出されたのは、亜麻色の髪を肩口で揺らし、青みがかった瞳に悲痛の色を滲ませた少女の姿。その簡素な革装束にはところどころ切り傷があり、逃走の激しさを物語っていた。
その手には短杖が握られており、彼女が何かを唱えるたび、杖の先端から淡い光弾が放たれて追跡者たちを牽制している。
「えっ? 今のは何だ?」
『ルーク! 彼女の発声パターンを解析したよ。ノイズじゃない――言語体系の可能性が高い!』
「了解だ。今の発光現象といい、何者なんだ……。だが分析は後だ。まずは救助を優先する!」
――目標まで残り八キロ。
「ナイト、危なくなったら躊躇なくビットに敵を狙撃させろ。ただし、彼女にビットがバレないようにな。あと、できれば数匹は俺のために残しておいてくれ。この後の接触をスムーズに進めるために、直接恩を売っておきたい」
『モードは殺傷でいいの?』
「ああ。……人類に類するものへ牙を剥くなら敵だ。容赦はしない!」
『了解だよ!』
ビットから送られてくる映像を確認しながら、森の中を突き進む。
――目標まで残り五キロ。
少女の体力が限界を迎え、ついに追跡者たちに追いつかれてしまう。
「ナイト! 彼女を狙う全ての対象にロックオンして待機! 狙撃のタイミングは任せる。俺の指示を待たなくていい!」
俺はナイトに全権を委ね、自らの脚部リミッターをさらに解除して速度を上げる。
その直後、追跡者の一匹が勝利を確信したような奇声を上げ、無防備な少女の背中へと飛びかかった。
――シュンッ。
大気を切り裂く微かな風切り音。
少女に襲いかかろうとした生物は、自分に何が起こったのかさえ理解できぬまま、頭部を撃ち抜かれて地面へと崩れ落ちた。
――シュンッ。
――シュンッ。
続けざまに、左右から襲いかかろうとした二匹も同様に撃ち抜かれ、泥混じりの地面に転がっていく。
それを見た、残った追跡者たちが一斉に足を止め、周囲へ警戒の色を見せる。
同時に、間一髪で命を拾った少女もまた、目の前で起きたことが理解できず、ぽかんとした表情で立ち尽くしている。
「なるほど、警戒態勢をとるか。多少の知恵はあるようだな。だが――既にお前たちは俺の敵だ!」
――目標まで残り一キロ。
ビットによる正確な間引きにより、追跡者の数はすでに五匹にまで減っていた。
一方の彼女は、襲いかかってくる恐怖の対象が次々と崩れ落ちる光景に混乱しているのだろう。緊張の糸が切れたようにその場に尻もちを着き、動けなくなっていた。
「よし、見えてきた。残りは俺がやる!」
生い茂る木々を突き抜け、俺は彼女を背に庇うようにして追跡者たちの前へと滑り込んだ。
腰から引き抜いた単分子カッターを正眼に構える。その刹那、背後の彼女を一瞬だけ振り返り、できるだけ安心させるように表情を和らげてみせた。
「ナイト、彼女の言語は?」
『うーん、まだ情報が少なすぎて解析は無理かな。どこか集落でもあれば、ビットを飛ばして効率よく情報を集められるんだけどね』
「集落、か……。そういえば、この惑星に落下する直前、千人規模の街が見えたはずだよな?」
『そうなんだけどね……不時着時、ビットに調査させたんだけど見当たらなかったんだ』
「はっ? 街が消えたっていうのか?」
『不明だよ。ビットの数が足りなくて、それ以降調査できてないからね』
「――おっと!」
ナイトと会話していると、動かないこちらを隙だらけと見たのか、一匹の追跡者が跳びかかってきた。
「この話はあとだ。今は目の前の敵を片付ける!」
俺は思考を戦闘へと切り替え、肉薄する爪撃を紙一重で回避。すれ違いざま、単分子カッターの刃でその胴体を真横に薙ぎ払った。
――手応えすら残さない。
追跡者は何が起きたのかもわからぬまま、あっさりと真っ二つになって地面へ転がった。
驚愕に目を見開く残りの四匹。だが、それ以上の思考を許す気はない。
地面を蹴って一瞬で肉薄する。残像すら置き去りにする速度で次々と接敵し、残る全ての敵を骸へと変えた。
「ガルムに比べたら、全く手応えがないな」
『お疲れ様!』
ナイトが労いの言葉を掛けてくれる。
「さて。何も考えずに駆けつけたはいいけど、言葉が通じないとなるとどうしたものかな」
『とりあえず、起こしてあげたら? ずっと座り込んだままだよ』
「そうだな」
俺は単分子カッターをホルダーに収めると、いまだ呆然として目の前の光景を受け入れられずにいる少女へと、ゆっくりと歩み寄った。
急な動きで刺激しないよう、細心の注意を払いながら膝をつく。そして、できるだけ怖がらせないように穏やかな微笑みを浮かべ、そっと右手を差し伸べた。
「■■■■■■■■■■。 ……■■、■■■■■■■■」
彼女が何かを必死に訴えかけてくる。
「まいったな、何を言ってるのか全くわからない」
『おそらく最初のフレーズは、状況的にお礼の言葉だと思うけどね』
「……どういたしまして」
意味は通じていないだろうが、とりあえず笑顔でそう返しておいた。
すると、俺の手を借りて立ち上がった彼女は、少し落ち着きを取り戻したのか、今度は自分自身の胸元を指差して言葉を話した。
「■■」
自分のことを指差して何かを訴えている彼女。
『彼女、自分の名前を名乗っているんじゃないかな』
「なるほど、その可能性は高いな」
意思疎通の基本に気づかされ、俺も彼女の真似をして自分の胸を指差した。
「ルーク」
「ルー、ク……?」
彼女は俺の名前を不器用に復唱すると、今度は再び自分を指差してはっきりと告げた。
「ノア」
「ノア、かな?」
俺がその名を呼ぶと、彼女は嬉しそうに微笑んだ。
どうやら正解だったみたいだな。いつもは自動翻訳機任せだったから、こういう手探りの会話はなんだか新鮮だ。
名前が通じたことで安心したのか、ノアが今度は俺の手を掴んで引っ張り始めた。
(もしかして、ついて来いって言ってるのか?)
『その可能性が高いね』
(そうなら、彼女の集落に連れて行ってもらえる可能性があるな。よし、ついて行ってみるか。――ナイト、周囲の警戒は任せる)
『了解だよ。ビットの哨戒網は維持しておくね』
俺はノアの手に引かれるまま、彼女の後ろを素直について歩き出した。
やがて高台へ登ったところで、視界が開ける。
そして――俺は息を呑む。
地平線の彼方。山のような巨影が大地を揺らしながらゆっくりと移動していた。




