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2 ルーク、サバイバルを始める

『ルーク、朝だよ。起きて』


「……ん、んんっ……」


 目の前に映るナイトの姿と、その軽やかな声で意識が覚醒する。

 狭いコックピットの中で凝り固まった身体を強引に伸ばす。


『寝ている間に少し心拍数が上がっていたけど、何か怖い夢でも見たの?』


「昨日のことをな……」


『そっか。――きっと、みんな無事だよ』


「……そうだな」


 不時着から一夜。この惑星でのサバイバル二日目が始まった。


「ナイト、昨日の三匹はあれからどうしてる?」


『昨夜目を覚ましたよ。今は特定の目的地があるようには見えないけど、広範囲をうろつき回っているみたいだね』


「朝飯の獲物でも探してるのか。……まあいい、こっちも早めに食料事情を調べておかないとな」


 手持ちの軍用レーションは、あと七日間分。自給自足の道を探るのは、生存に直結する最優先事項だ。

 俺は銀色のパッケージに入った軍用の高カロリー・レーションを取り出し、端を裂いて一口齧る。


 合成されたフルーツの爽やかな香りが鼻腔を抜け、程よい甘みとサクサクとした食感が空腹を効率よく満たしていく。


「とりあえず、ここを拠点にして、周辺の探索だな。植物を片っ端から調べていくか」


『めぼしい植物を見つけたら、マルチツールで軽く傷つけてみて。樹液や細胞組織を読み取って、食用に適しているか分析するよ』


 俺は拠点を中心に、同心円状に少しずつ探索範囲を広げていった。


『あ、ルーク、その植物は食べられるよ』


「本当か? よし、生息地をマッピングしておいてくれ」


 見た目はキャベツを小さくしたかのような植物だ。


「これは生でもいけるのか?」


『成分的には大丈夫。アクを抜かないと少し青臭いかもしれないけどね』


 試しに一枚摘んで、端の方を少し齧ってみる。

 味は見た目どおり、地球のキャベツに似ていた。ナイトの言うとおり後味に少し野性味のある青臭さが残るが――まあ、贅沢を言える状況じゃない。十分に「美味い」の範疇だ。


 ナイトにAR上のマーカーを付けてもらい、数個を摘んで肩掛けのバッグへと放り込む。


 その後、二時間ほど歩き回った結果、予想以上の収穫を得ることができた。

 中には猛毒をもった植物もあり、近くには白骨化した獣らしき死体が転がっていたりもしたけどな。


「この惑星は、本当に自然が豊富だな」


『うん。地球なら十歩も歩けば人に当たるくらいだからね。植物よりも人間の方が多いくらいだよ』


 拠点に戻った俺は、バッグの中身を取り出し、即席のテーブルに並べていく。

 地球の野菜や果実に似た植物が次々と見つかり、中でも木に実るイモモドキは、保存性も高そうで大きな収穫だった。


「イモさえあれば、料理の幅が一気に広がるな」


 俺は近くに落ちていた三十センチほどの大きな石を拾い上げると、腰のホルダーから単分子カッターを取り出し、不可視の刃で石を水平に薙ぐ。抵抗もなく、豆腐でも切るかのように石は真っ二つにされた。断面は鏡面のように滑らかだ。


 切断した石を焚き火の上に置き、その平らな面の上にイモモドキをスライスして並べる。


「よし、焼けるまで少し待つか」


 じきにパチパチという爆ぜる音とともに、どこか甘く、香ばしい香りが立ち上がり始めた。


「そろそろ良さそうだな。それじゃ一口」


 ほんのりと甘く、ホクホクとした食感。まさに地球のサツマイモとジャガイモの良いとこ取りをしたような味わいだ。クセもなく、今日口にした食材の中で一番の当たりと言えた。


「うまいな……! でも、やっぱり塩気が欲しくなる。これに少し塩があれば最高なんだが」


『それなら、昨日見つけた水辺に分析キットを浸けておけば、淡水からミネラルを抽出して塩を作れると思うよ』


「本当か! さすがだな、ナイト」


『えっへん。ついでに重金属のチェックもしておくから、後で仕掛けに行こうよ』


 ナイトが目の前に浮かんだ状態で、これ以上ないほど得意げな顔をしてみせた。

 食べかけのイモモドキを胃に流し込み、素早く片付けを済ませる。俺は昨日の水辺を目指し、再びスプリントモードを起動した。


 水辺に辿り着き、あたりを警戒したが、昨日遭遇したあの奇妙な生物たちの姿はもうなかった。

 その代わりに、水際では小さな生物が水を飲んでいた。地球でいうウサギによく似ているが、その体躯はひと回り大きく、毛並みは青みがかった銀色をしている。


「ナイト。あれは……知的生命体だと思うか?」


『違うと思う。前回の生物は粗末ながらも衣類や武器を持ってたけど、今回の個体には知性の痕跡が全くないからね。……脳波の簡易スキャン、鳴き声からの言語分析も完了。九十八・九%の確率で、単なる野生動物だね』


 ナイトの冷静な分析を聞き、俺は口角をわずかに上げた。

 イモモドキもいいが、身体が本能的に「まともなタンパク質」を欲している。


「よし、なら決定だ。――狩りの時間といこうか」


 ……とは言うものの、狩りは一瞬で終わった。アサルトライフルを構えてトリガーを引くだけだからな。

 仕留めた獲物に近づき、血抜きを済ませる。


『血液から病原菌の類は発見されなかったよ。生でも食べられるレベルだけど、一応火は通してね』


「それじゃ、川に分析キットをセットして、血抜きが終わったら一旦キャンプに戻るか」


 数分後。血抜きが終わる頃には、分析キットが一日分の塩を生成し終えていた。それを取り出し、獲物を担いで拠点へと戻る。


 ウサギモドキの皮を剥ぎ、下処理を済ませておく。食用に向かない部位は、他の肉食獣を寄せ付けないよう深い穴を掘って埋めておいた。


「さっきイモモドキを食べたばかりだし、食事にはまだ早いな」


『ドットギアが体内にあるから、いくら食べても太らないんだけどね』


「それでも、無駄にカロリーを消費する必要はないさ」


 俺はそう言って肩をすくめて見せた。


『じゃあ、剣の練習でもしておく? ラグナは当分役に立たないだろうし、未開惑星だとアサルトライフルは目立つしね』


 ナイトの言葉に、毎日欠かさずやっていた日課のトレーニングを忘れていたことに気づく。


「そうだな。じゃあナイト、仮想敵を出現させてくれ」


『了解だよ。準備して』


 俺は単分子カッターを正眼に構え、出力を調整。刀身を『日本刀』と同等の長さまで伸長させる。

 それと同時に、ナイトが網膜上に仮想敵のAR映像を映し出した。


 現れたのは、忌まわしき人類の天敵――ガルムだ。

 今回の相手は俊敏な動きで戦う二足歩行種。実戦では最も遭遇頻度の高い、いわば雑兵にあたる相手だ。


「いくぞ……!」


 単分子カッターの柄を軽く握りしめ、一気に踏み込む。

 斜め上段からの鋭い一撃。だが、ARのガルムはそれを読んでいたかのようにバックステップで回避し、返す刀で鋭利な棘状の器官を突き出してきた。

 強化された俺の知覚には、その一突きさえスローモーションに見える。

 上半身をわずかに捻って回避し、最短距離で追撃の斬撃を叩き込んだ。


「甘い。そこだ!」


 体勢を崩したガルムは、反射的にその強靭な甲殻で斬撃を防御しようとする。

 だが、単分子カッターの刃に硬度という概念は通用しない。


 抵抗もなく自慢の装甲ごと胴体を両断されたガルムは、音もなく崩れ落ち、ノイズとなって空間に溶けて消えた。


『お見事。さすがルークだね』


「まあ……小さい頃から親父に叩き込まれてるからな」


『次は甲殻種にする?』


「ああ、頼む」


 その後、シチュエーションを変えながら小一時間訓練をこなす。


「ふう。――よし、そろそろ夕食にするか」


『そうだね。お腹もペコペコでしょ?』


 切断した石の上に、下処理を済ませておいたウサギモドキの肉を乗せる。

「ジュー」という小気味いい音とともに、脂の爆ぜる香ばしい匂いが立ち上り、鼻腔を激しくくすぐった。


「人工じゃない本物の肉なんて、いつ以来だろうな」


 焼き上がった肉に、昼間作った塩をパラリと一振りして口へと放り込む。

 肉質は驚くほど柔らかく、ジューシーだ。噛むごとに野性味のある濃厚な旨味が口の中いっぱいに広がっていく。


「うまい……!」


 思わず声が漏れた。


『そんなに美味しそうに食べられたら、僕まで食べたくなっちゃうよ』


「ははは! こればかりは、肉体を持つ生物だけの特権だな」


 俺は夢中で肉を頬張り、あっという間に平らげてしまった。

 これだけの食料が確保できるのなら、この未知の惑星でも十分にやっていけそうだ。そんな確かな手応えが、張り詰めていた心を少しだけ緩めてくれる。


「案外ここの生活も悪くないな」


『もう、僕たちの目標は、仲間を見つけて艦隊に戻ることなんだからね』


「もちろん、わかっているさ」


 焚き火の爆ぜる音だけが静かに響く。

 見上げる夜空には、地球では見られない見慣れぬ星々が輝いていた。


 未知の惑星での生活は決して楽ではない。

 それでも、食料を確保し、周辺を調べ、訓練を重ねるうちに、少しずつこの星で生きる感覚を掴み始めていた。




 ◆




 そして、不時着から四日目の朝――。


 シチュエーションを変えながら朝の訓練を繰り返していると、不意にナイトが眼前に滑り込み、切迫した様子で報告を入れてきた。


「ナイト、どうした?」


『割り込んでごめんね。ビーコンを付けた例の生物たちが急に動き出したから、ビットを飛ばして確認したんだ。……どうやら、人類に似た『ヒト型』の生物を追いかけているみたいだよ!』


 その言葉に、単分子カッターを収めるのも忘れて身を乗り出した。


「なんだって! それって、もしかしたらこの惑星の先住民か?」


『うん。しかも囲まれてる。このままじゃ間に合わない!』


「わかった、急ぎ救援に向かうぞ!」


 俺は単分子カッターをホルダーへ収めると、ナイトのナビゲーションに従って現場へと急行する。

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