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1 ルーク、未開惑星に不時着する

 コンソールを埋め尽くす『ERROR(エラー)』の赤い文字。


 機体の悲鳴をかき消すほどの警報が鳴り響くなか、眼下には豊かな水をたたえる青い惑星が広がっていた。

 機体の周囲では破損した艦隊の残骸が大気との摩擦に赤く焼かれ、死の流星となって星へと吸い込まれていく。


『ルーク! こっちもそろそろ大気圏に突入するよ!』


 視界の端で、愛らしい子竜の姿で浮遊する相棒の『ナイト』が警告を飛ばしてくる。

 このナイトは、『体内のナノマシン(ドットギア)』が網膜に描画するAR上のAI知性体だ。


「了解だ、ナイト! ……しかし、奴らがどうしてあんな所に出現するんだ?」


『それに出現の直前まで予兆なしなんて、前代未聞だよ』


「奴らの新技術か?」


『どうかな。遭遇直前のログを解析したけど、出現したときはセンサーも動作させずに無防備な状態だったし。まるで、自分たちの現状に戸惑ったみたいにさ』


「奴らにとっても不測の事態だったってことか……?」


 その直後、大気圏に突入し、正面のメインモニターがプラズマの熱により真っ赤に染まった。


『ビットをシールドモードで展開! しばらく全てのパワーをシールドと生命維持に回すよ!』


 ナイトの報告と同時に、機体背面に装備された六機の『ビット(自立型汎用ドローン)』が前面に展開される。

 次の瞬間、猛烈な震動がコックピットを襲い視界が激しく揺れた。


 装甲を焼く二千度超のプラズマは断熱シールドを透過し、コックピット内を百度近い灼熱地獄へと変えていた。パイロットスーツ越しでも肌を刺すような熱に前髪が額へ張り付き、思わず顔をしかめる。


「まったく、この機体は大気圏突入用には設計されてないんだがな……っ!」


 沈黙に耐えかね、奥歯をかみしめながら愚痴を吐き出す。

 しかし大気圏突入というプロセスの前では、AIに制御された機体のパイロットなど、ただ耐えるだけの存在に過ぎない。


「ナイト。ランディとユーリは確認できたか?」


『ごめんルーク。結局、二人の機体は見つけられなかったよ』


「そうか……。二人とも無事でいてくれよ」


 俺はチームの仲間、ランディとユーリの無事を祈りながら目を閉じる。


『もう少しでブラックアウトを抜けるよ。地表到達まで、およそ五分』


 ナイトの宣告通り、十秒ほどでブラックアウトを離脱、プラズマによって赤熱していた機体表面が、急速にその輝きを失っていく。


『地表まで残り四分。高度五十メートルのポイントで最大出力の急制動をかけるから、覚悟してね』


「おいおい……もう少しお手柔らかにはいかないのか?」


『この機体にパラシュートなんてあると思う? それに今、この惑星には艦隊の残骸が降り注いでる。地上に誰かがいれば間違いなく空を見ているはず。ギリギリまで隕石を装う必要があるんだよ』


「なるほどな。……んっ? 地上に誰かって、先住民がいるのか?」


 さらりと告げられたワードに、俺は思わず聞き返していた。


『そうだよ。突入直前のスキャンデータによると、落下地点の付近に千人規模の生命体が密集する区画を確認したんだ』


「マジかよ。……未開惑星じゃなかったのか」


 ナイトとそんなやり取りを交わしている間に、機体は分厚い雲海を突き抜ける。


 ——そこには見渡す限りの、広大な大地。


 緑に覆われた大地には、明らかに自然物ではない天を突くような塔や、街を形成する構造物が連なっていた。




 ◆




「しかし、酷い目にあったな」


『昔の地球では、お金を払って高所から飛び降りる娯楽が流行っていたらしいね』


「勘弁してくれ、冗談だろ?」


 着陸後、周辺の索敵と情報収集のため、即座に一機のビットを展開する。周囲に放たれたビットが、未知の惑星のデータを次々とコンソールへ送り込んでくる。


「ナイト。大気の成分は奇跡的に地球に近いみたいだな」


『そうだね。図らずも、人類の『新天地』を発見しちゃったかも』


「こんな状況じゃなきゃ、大喜びするところなんだけどな。――乗ってきた艦は大破、艦隊への通信は応答なし。おまけに、みんなとの連絡すら繋がらないときた」


『この惑星の軌道上には衛星もないからね。それに、どうもこの惑星の大気に含まれる『謎の粒子』がエネルギーを減衰させているみたいなんだ』


「人体に悪影響はないのか?」


 謎の粒子という、統合体のデータベースにもない物質に一抹の不安を覚える。


『スキャン結果では「問題なし」だよ。もっとも、未知の領域が多すぎて断言はできないけどね』


「……まあ、このまま引きこもっていても始まらないか。一度外に出てみる。何かあったら即座に対処を頼むぞ、ナイト」


『了解。いつでもいけるよ』


 密閉が解ける排気音とともに、コックピットのハッチがゆっくりと開き始める。

 外光が差し込むなか、パイロットスーツのヘルメットのロックを外すと、自動で背中のショルダーパーツに格納される。


 流れ込んできた暖かい風を、慎重に吸い込む。


「すー、はー。……なるほど、問題はなさそうだ」


『うん大丈夫。全身をスキャンしたけど、人体への影響はないみたいだね』


「とりあえず、即ゲームオーバーなんて事態にならずに済んで良かったよ」


 コックピットから立ち上がり、俺は未知の惑星の大地へと降り立つ。

 振り返れば、俺をこの惑星に無事に送り届けてくれたダークグレーの機体が、傷ついた姿で片膝をついてたたずんでいる。


 ――アーマードギア AG-115P〈ラグナ〉。

 銀河統合体が技術の粋を集めて開発した二足歩行型、対『ガルム』決戦兵器の試作機だ。


 ガルムとは銀河中心部から突如出現した戦闘生物で、この災厄との戦いを続けてきた人類にとって、勝利を掴み取るための希望の機体だった。


『急ピッチでラグナの応急修理を進めてるけど、思ったより深刻だね』


「動かせるまでに、どのくらいかかる?」


『大気圏突入時に無理をさせたから、今動かせるビットは三機。この三機で周辺調査、ルークのサポート、ラグナの修理に充てるとなると……七日ってところかな。ただし……完全に元通りにするのは無理だよ。設備も資源も全く足りないからね』


「……そうか、了解した」


 俺はナイトに視線を戻し、気持ちを切り替える。


「さてと、じっとしていても仕方がない、まずは何から始めたほうが良いと思う?」


『水と食料の確保が最優先かな。軍用レーションも一週間分しかないからね』


「なら、水の確保からだな」


 事前にビットから送られてきたマップデータを元に、水源が存在する場所へと移動を開始する。

 周りには青々とした木々が生い茂り、遠くからは微かに鳥の鳴き声が聞こえてくる。地球のどこかの森だと言われても信じてしまいそうな、穏やかな光景だった。


「ナイト、周囲に生物の反応は?」


『小動物らしき熱反応がいくつかあるね。草木に身を隠して、こちらの様子をうかがっているみたい』


「わかった。何かあれば知らせてくれ」


『了解だよ』


「――スプリントモード、起動」


 体内のドットギアが駆動し、血流と酸素供給が一気に加速する。

 地面を蹴った瞬間、景色が後方へと弾け飛んだ。通常時の倍まで引き上げられた身体能力のまま、時速六十キロを超える速度で森を駆け抜ける。


 強化された視覚で木々を縫うように避けながら走ること十五分。やがて、微かに水の流れる音が聞こえてきた。


 開けた水場にたどり着くと、そこには勢いよく飛まつを上げる大きな滝があり、滝つぼから支流に向かって清らかな小川が流れていた。


「見つけた」


『ルーク。ちょっと待って!』


 近づいて調べようとした俺を、ナイトが引き止める。


「ん? どうした」


『ほら、あそこを見て』


 網膜のAR視界に視線誘導の光点が現れ、滝つぼの近くにたむろしている三匹の生物を指し示す。

 その姿は一見すると人間の子供のようだったが、明らかに人類とは異なる特徴を持っていた。

 くすんだ緑の肌に異様に大きく見開かれた目。口は耳の付け根まで大きく裂けている。

 身にまとっているのは、腰に草木で編んだような粗末な布を巻いているだけだ。


「ナイト。……あれがこの惑星の先住民なのか?」


『技術レベルから考えて……空から見えたあの建造物を、彼らが建造したとは考えづらいかな』


「憶測だけで判断するわけにもいかないしな。とりあえず、コンタクトをとってみるか」


 俺は慎重に、物陰から滝つぼへ向かって歩き出す。


「グゲ? ――ガァーッ!」


 少し進んだところで、三匹のうち一匹がこちらの存在に気づき、警戒の声を上げた。

 危害を加えるつもりはない。そう示すために両手を上に掲げ、なるべく刺激しないよう笑みを浮かべて近づこうとする。

 だが、三匹は足元に転がっていた粗雑な武器を拾い上げると、猛然とこちらに向かって走り出してきた。


「ギャギャ! ゲガガァッ‼︎」


「ちっ、ファーストコンタクト失敗だ」


『あれがこの惑星のマジョリティ(多数派)でないことを祈るのみだね』


「ああ、同意見だ」


 背負っていたアサルトライフルを瞬時に引き抜き、非致死性の『スタンモード』に切り替えて構える。


「ナイト、ターゲットサポート」


『了解だよ』


 こちらに向かって突進してくる三匹の頭部に、ロックオンを示す四角いマーカーが重なる。

 それを確認すると同時に、俺はトリガーを引く。

 銃口から放たれた三本の青白い光の尾を引いて、ターゲットへと吸い込まれるように命中する。


「「「グガッ!?」」」


 三匹は走っていた勢いのまま前方へ倒れ込み、地面を滑りながら体をピクピクと痙攣させる。


「さて。……知性のレベルは低そうだけど、少しは意思の疎通ができるのか?」


『どうだろう? さっきの発声をリアルタイムで分析してみたけど、言葉というより感情表現の咆哮に近いみたい』


「なるほど、動物の威嚇みたいなものか」


 倒れたまま完全に気を失っている三匹を見下ろし、俺は小さくため息をついた。


「幸先が悪いな。しかし、こいつらはどうしようか。銀河統合体の警備に突き出すこともできないしな」


『とりあえず今回は見逃して、ビーコンを付けて監視してみたらどう?』


「なるほどな。こいつらの足取りを追えば、巣か、あるいは集落が見つかるかもしれないか」


 周囲の調査に当たらせていたビットをこの場に待機させ、生物の行動を常時トラッキングさせることにした。

 無力化した生物から離れ、本来の目的だった水を汲み終えた俺は、一度ラグナへと戻る。


「とりあえず、今日はもう休むか。さすがに色々ありすぎて疲れた」


『うん、周囲の警戒は僕に任せてゆっくり休んでね』


「よろしくな。おやすみ、ナイト」


 ラグナの狭いコックピットのシートに身体を横たえ、今日一日で起きた怒涛の出来事と、これからのことを頭の中で整理する。


 ――突然のガルム襲撃。


 ――はぐれてしまった仲間の安否。


 ――艦隊へ連絡する手段の模索。


 ――この惑星に存在するであろう、先住民との接触。


 課題は山積みだった。

 俺は押し寄せる重い疲労感に身を任せ、深い眠りへと落ちていった。

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