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11 ルーク、ガルムの襲撃に遭う

 ――宇宙歴256年、惑星トリノス辺境宇宙域。


 光速の世界で引き伸ばされた星々が、無数の光条となって流れていく。超高速巡航のただなかにありながら、その艦は微動だにせず、虚空を滑るように突き進んでいた。

 銀河統合体・深宇宙探査艦隊所属、特殊装備強襲艦「アーク」だ。


『ルーク中尉。試作機の調子はどうですか?』


 通信パネルの向こうで、整備オペレーターが話しかけてくる。俺は全天周囲モニターに浮かぶ膨大なログを確認し、短く応えた。


「正直、これほどとは思わなかった。これまでのアーマードギアが玩具に思えるほどだな」


『ははは、無理もありません。統合体の最新技術を惜しみなく注ぎ込んだ、文字通りの「一点物」ですからね』


 現在、俺がコックピットに座している機体――アーマードギア AG-115P〈ラグナ〉。

 二足歩行型。対ガルム用決戦兵器の試作機だ。

 テストパイロットに選ばれて以来、幾度となく試験をこなしてきたが、こいつの性能は底が知れない。


「……それにしても、自分が機体と一体になったようなこの感覚には、まだ慣れないな」


 俺の呟きに、作業着に身を包んだ男の苦笑混じりの声が返る。専属整備士のロックだ。


『パイロットの体内にある『ドットギア』により機体と完全に同期させる最新システムですからね。自分の手足を動かすのと変わらない感覚で機体を操れるなんて画期的な技術ですよ。……まぁ、俺ら整備士にもブラックボックスな部分が多いんですが』


「おいおいロック、現場の人間がそれでいいのかよ……」


『勘弁してくださいよ。なんでも、最近統合体に加盟したばかりの種族の技術ですからね』


 ロックが肩をすくめる気配が通信越しに伝わる。


「例の、銀河の反対側から流れてきたっていう連中か」


『ええ。なんでも俺たちのような個体ヒューマノイドじゃなくて、群体スウォーム型の種族らしいですね』


「無数の小さな個体が寄り集まってひとつの知性を形作る、集合意識体コレクティブマインドってやつか。俺たちには想像もつかないな」


『当初は統合体でも、意思疎通に相当苦労したらしいですから。この技術も意識を統合するのが得意な彼らならではの専売特許ってところでしょう』


 その時、脳内に小気味いい電子音が鳴り響く。視界の隅に小竜がふわりと躍り出た。


『やあ、ルーク』


「どうした、ナイト」


『話が盛り上がってるとこ悪いんだけどさ、そろそろテスト宇宙域に到着するよ』


「ああ、わかった。――じゃあなロック、また後で」


 通信を切ると、俺はコンソールに視線を戻した。


「――各機へ、こちらルーク。間もなくテスト宇宙域に到着する。二人とも、ただの運用試験だと思って気を抜くなよ」


『わかってますって! リーダーのとんでも機体には及びませんけど、こっちも下ろしたての最新鋭機。気合入ってますよ!』


『こらランディ! そういう浮ついた態度を「気が抜けてる」って言うのよ!』


 軽口を叩いたのは、二番機を駆るランディだ。お調子者だが、数々の死線を潜り抜けてきた生え抜きの実力者だ。

 そして、そのランディを鋭い叱咤(しった)で引き締めたのは、三番機の女性パイロット、ユーリだった。

 彼女は操縦技術もさることながら、戦況分析において類稀(たぐいまれ)な才を発揮する。


「よし、二人とも運用試験を始めるぞ」


『『了解!』』


 漆黒の宇宙空間に、三筋の光条が走る。

 俺たちは仮想敵機を模した標的機(ドローン)の群れを、紙細工を散らすように撃破していった。


『ランディ。先行しすぎよ!』


「新型機だからってあまり舞い上がるな。今回は、俺の機体『ラグナ』の運用試験がメインなんだからな」


『おっと、了解。ついつい体が軽く感じちまってさ!』


 ランディ機が軌道を修正し、合流する。俺は二機を引き連れる形で指示を出した。


「各機、デルタ・フォーメーション。俺をサポートしつつ、周囲の警戒を厳に」


 二機が俺の後方へと下がり、俺を頂点とした鋭い三角形が形成される。


「まずは前方のアステロイド(小惑星)を回り込み、敵機の背後を突く。――加速するぞ」


 ジェネレーターの出力を上げると、スラスターが爆発的な輝きを放つ。

 機体は一瞬でアステロイドへと肉薄。俺の思考に直結した機体は、巨大な質量を感じさせない鋭さで反時計回りに回り込む。


「よし、敵機の後ろに回り込んだら。このまま掃討に移る――」


『了か……っ! えっ、待って、止まって!!』


 通信パネル越しに響いたユーリの、絶叫に近い制止。

 そのただならぬ気配に、俺は反射的に機体へ急制動をかけた。


「どうした、ユーリ!」


 慣性で身体がシートに押し付けられるなか、ユーリの機体から緊急データが転送されてくる。


『反応がおかしいの……。目の前の敵機のずっと奥。わずかだけど空間が歪んで見える!』


『センサーには何も映ってねえぞ!?』


 ランディが困惑の声を上げた次の瞬間、前方の宇宙空間がぐにゃりと歪んだ。

 歪みは瞬く間に広がり、コンソールからは鼓膜をつんざくような警告音が一斉に鳴り響く。


「な、なんだ、この数とデカさは……!」


 空間の裂け目から現れたのは、二百隻を優に超える異形の艦隊。

 その中央には、周囲の艦を小舟に見せるほど一際巨大な、母艦と思わしき山のような影が鎮座していた。


「くそっ! ガルムがなんでこんな所に! 各機、退避行動!!」


 あれは三機で挑める物量ではない。


「ユーリ! ビットを展開して可能な限り情報を集めてくれ。深追いはするな、必要ならビットは破棄して構わない!」


『了解!』


 全速で出現ポイントから距離を取りつつ、アークへ緊急連絡を入れる。


「ナイト、アークに繋いでくれ」


『こちら深宇宙探査艦隊所属、特殊装備強襲艦アーク。ルーク中尉、どうされましたか?』


「緊急事態だ、ガルムの艦隊と遭遇した。艦長へ繋いでくれ!」


『えっ、ガルム……!? ただちに繋ぎます!』


 通信パネルの向こうでオペレーターの悲鳴に近い声が聞こえたかと思うと、即座にノイズ混じりの通信が返ってきた。


『艦長のタチバナだ。ガルムと遭遇とはどういうことだ、状況を説明しろ!』


 俺は遭遇時の状況と、現状得られている敵の規模・座標データをアークへと送信する。


『出現の直前まで予兆なし、二百隻以上だと! なんということだ……。艦隊へは本艦から報告する。君たちは全速で帰投しろ。一旦、この宇宙域から離脱する!』


 通信を終えると同時に、俺は僚機に指示を出した。


「聞いたとおりだ。このまま全速でアークへ帰投する!」


『『了解!』』


 三機のスラスターが最大出力で青白い粒子をきらめかせ、アークが待つ宙域へと加速する。


 すぐに追撃が来るかと思ったが、奴らが動き出す気配はない。アステロイドの陰にいたとはいえ確実に発見されているはずだ。なのに何故――?

 ……今は考えても仕方ない、こちらにとっては好都合だ。


 だが、目的地であるアークの座標が近づいたその時、突如ノイズとともに艦隊のオープンチャンネルで通信が入った。


『ザザッ……こちら……ア……アーク。現在、ガル……ム艦隊と交戦中! 繰り返す、本艦は現在ガルム艦隊と……ザザッ、至急……援護を……ッ!』


「ガルムと交戦中だと!? 大丈夫なのか、相手の規模は? おい!」


『リーダー。こりゃどういう事だ? さっきの奴らが俺たちを追い越したってのか!?』


 ランディが焦りの混じった声を上げる。


「ユーリ、ガルム艦隊の状況はどうなってる?」


『それが……先ほど残しておいたビットからの通信が突然途絶えてしまって。でも、ついさっきまでは、確かに動いていませんでした』


「くそ、どうなってるんだ! 理由(わけ)がわからん」


 混乱を振り払うように、俺はアークの救援へと急ぐ。




 ――そこに広がっていたのは、想像を超える大混乱。

 敵味方が入り混じった混戦模様だった。


『おいおい、どうなってんだ、こりゃ』


 ランディの混乱はもっともだ。

 通常、艦隊戦において艦隊同士がここまで密集して戦闘になることは稀だ。基本、艦隊同士の戦闘とはロングレンジからの主砲による火力戦が主流だからだ。


 それが今は、敵味方とも同士討ちのリスクを無視するかのように、至近距離で撃ち合っている。


『リーダーどうする? これじゃアークに近づけないぞ』


「俺たちが受けた命令はアークへの帰還だ。無理矢理にでも帰還する」


『まじかよ。しかたねえ!』


 このまま、ここにいても危険なことにはかわりない。


「ユーリ。アークの場所とルートを出してくれ」


『今送ります。でも、安全を保証できるルートではありません!』


「わかっている。ランディはシールドに全パワーを集中させろ。『|ソリッド・フォーメーション《密集隊形》』で一気に突っ込む」


『『了解!』』


 戦艦の主砲に気をつけながら、近づいてくる敵機をビットを展開して迎撃する。

 一気にアークへと接近すると、即座に防御体制に入る。


『どうなってるのよ。戦術データリンクも切っているなんて異常よ』


 艦隊の状況を一元管理する戦術データリンクは、艦隊戦において必須のシステムだ。

 それを切っているということは、確実になにか致命的な問題があったのだろう。


「ナイト、アークに通信を繋げられるか?」


『まかせて』


『……ザザッ……こちらアーク。ルーク……中尉。本艦はこれより……緊急ワープにより戦線を離脱……する。アークのワープフィールド範囲へ……!』


 アークに通信を繋げると、いきなりこの状況で緊急ワープを実行すると言ってきた。

 本当に、何がどうなっているんだ?


『この状況でワープだと!? 何を考えてやがる!』


 ランディの怒りも当然だ。普通ならありえない暴挙だ。


『リーダー、アークのワープシステムとリンクしました!』


「文句は後だ、ランディ。敵機をアークに近づけるな。残弾を気にせず撃ち込め!」


「了解だぜ! おらぁ! 死にたい奴からかかってきやがれ!」


 ランディの十連装多弾頭ミサイルが一斉に発射され、アークへ近づく敵を塵に変えていく。

 俺も両手にビームライフルを構え、迎撃モードのビットと連携して撃ち漏らしを撃破する。


『緊急ワープまでカウント。9、8……3、2、ワープフィールド展開!』


 次の瞬間、星の光が前方の一点に集まるのと同時に、周囲の景色が後ろへと引き伸ばされた。


『――ルーク、ワープ航行に入ったよ』


「了解だ、ナイト。二人も無事か」


『なんとかな』


『はい、大丈夫です』


 ふう、と俺は一息ついてコックピットのシートに体を預ける。


(しかし、この状況は一体何なんだ?)


『通信を傍受したけど、艦隊のど真ん中に突然ガルム艦隊が出現したみたいだよ』


(なるほど、それであんな混戦状態に……。恐らく、俺たちのときと同じ状況だろうな)


『通信でも大混乱状態だったよ』


(とりあえず、後で詳しく状況を確認しよう)


 そう決めて、俺は、メインモニターに流れる光の筋を、ぼーっと眺める。


「………………」


 ――しかし、突如、前方の空間が歪む。


「!? ――まさか」


 悪い予想が当たる。

 歪みからガルム艦が一隻出現し、そのままアークの船体へと接触する。


「ワープフィールド内に出現するだと!? あり得ない!」


 同時にコックピット内にけたたましい警報音が鳴り響いた。

 周囲を流れる光の筋が、一瞬で点へと変わる。


 強烈な衝撃とともに、ワープ空間から強制的に弾き出された。


 視界が激しく揺れる中、目の前でアークとガルム艦が、ゆっくりと衝突し大破していく。


(アークが……。くそっ! どうなってる!)


「ナイト。二人は大丈夫か?」


『ごめん……センサーオフライン。二人の機体の反応を見つけられないよ』


 目視できる範囲に二機の姿はない。

 ワープアウトのタイミングがズレて、離れてしまったか……。


『それから、言いづらいんだけど……僕たち惑星の重力に捕まったよ』


 機体の悲鳴をかき消すほどの警報音が鳴り響くなか、眼下には豊かな水をたたえる青い惑星が広がっていた。

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