第8話:巡察司祭の報告と、法皇国中枢の決断
――転移2年・秋/巡察司祭アルノー・ヴァルケリウス 公式報告文(抜粋・写本)
> 【報告:異教国家『福岡』における奇蹟無効化現象について】
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> 当該地域において確認された現象は、以下の三点に集約される。
>
> 一、正規の儀礼詠唱および補助儀式が、理由不明のまま成立しない。
> 二、上記事象は、術者の信仰心・精度に依存せず、一定範囲内で一様に発生する。
> 三、当該範囲内において、異教勢力は魔法を前提としない統制された武力を行使した。
>
> 【私見】
> 当該勢力は、奇蹟を否定する思想を持つのみならず、奇蹟を成立させない環境を意図的に構築している可能性がある。
> これは教義の外に存在するのではなく、教義そのものを無効化する存在である。
>
> 以上、速やかな判断を仰ぐ。
署名の筆圧は、最後の一行だけが、わずかに強かった。
* * *
■法皇国・聖務庁 密議の間
「……奇蹟が、成立しない?」
赤衣の枢機卿、マルセル・ド・ヴァリウスが呟いた。
「不信仰では説明がつかぬ、だと?」
報告書は机上に広げられている。
だが、誰もそれを“読む”ことはしなかった。
彼らが見ているのは、そこに書かれていない意味だった。
「異教徒が奇蹟を信じぬのは構わぬ」
別の枢機卿が言う。
「だが、奇蹟そのものを無力化するなど……」
深い沈黙が落ちた。
やがて、教義庁長官が低く告げた。
「これは、信仰への挑戦ではない。**神の統治構造への干渉だ**」
空気が、硬直した。
「このまま放置すれば、奇蹟を基盤とする秩序そのものが揺らぐ。否定されるのは、彼らの信仰ではない。我々の正統性だ」
結論は、早かった。
「影響下諸国へ通達せよ」
「兵力を集結させる」
「これは――浄化ではなく、防衛である」
* * *
■影響下諸国・それぞれの決断
【セルディア王国・大広間】
若き王、エルバート三世は、玉座から立ち上がり、高らかに言った。
「神が試練を与え給うた! 奇蹟を否定する異端を打ち砕くことこそ、我らが選ばれし理由だ!」
騎士団長が剣を打ち鳴らす。
「全軍動員だ!」
村々に鐘が鳴り、狂信的な徴兵の布告が走った。
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【ヴァルノック侯国・評議の間】
老侯ローデリヒ・ヴァルノックは、報告書を握りしめていた。
「……奇蹟が、起きなかった、だと?」
将軍が口を開く。
「信仰が足りなかったのでは?」
別の貴族が反論する。
「もし本当に、奇蹟が通じぬ戦場なら……我々は何で戦う?」
沈黙。
「……慎重に動く。だが、拒否はできぬ」
老侯は絞り出すように言った。
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【国境小国・ラドミール公国】
福岡県境に最も近いこの国が、軍の集結地となる。
公爵ハインリッヒ・ラドミールは、黙って地図を見つめていた。
「……結局、ここに集まることになる」
拒否すれば、法皇国の庇護を失う。
受け入れれば、戦火を招く。
選択肢は、なかった。
「……受け入れろ。兵站を整えよ」
静かに、だが確実に、兵が集まり始めた。
* * *
■福岡県側・航空自衛隊 偵察機内
「……複数熱源、確認」
早期警戒機のオペレーターが声を上げる。
「馬……いや、集団移動だ。数が多すぎる」
機長が即座に判断する。
「記録開始。進路、県境方向」
モニターに映る、人の流れ。
それは訓練ではない。移動速度が違う。
「……これは」
副操縦士が呟く。
「集結、ですね」
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**【福岡県庁・危機管理フロア】**
報告を受けた職員が、知事に告げる。
「西方、県境付近で兵力集結の兆候あり。規模は……数千単位」
沈黙。
知事は、ゆっくりと息を吐いた。
「……来るか」
誰に向けた言葉か、誰にも分からなかった。
* * *
奇蹟を否定する報告文。
それを否定できない中枢。
熱に浮かされる国と、迷いを抱えた国。
転移後二年目・秋。
まだ、戦争は始まっていない。
だが――「第一次西糸島事変」の足音は、確実に近づいていた。
本日も『福岡異世界転移史』をお読みいただき、ありがとうございます!
第一次西糸島事変――福岡の存亡を懸けた戦いは、小説家になろうに初転載になります。ファンタジーの不条理バグに対し、最後まで見届けていただければ嬉しいです。
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