第6話:生存のための突貫と、九州大学地下の「AMDI」
――転移2年・夏/資源回廊建設域
転移から、まだ一年も経っていなかった。
福岡県は、まだ生き延びているに過ぎなかった。
都市は動いていた。工場も、病院も、信号も止まってはいない。
だがそれは、玄海原発という「偶然の同伴者」によって、かろうじて延命されている状態だった。
備蓄燃料は減り続け、計画停電は日常となり、県庁の危機管理会議では、「一年もたない」という言葉が、誰の口からも否定されなくなっていた。
そんな中――航空自衛隊の早期警戒機が拾った、異常な地層反応。
県境から西南二百キロ。油田、そして石炭鉱脈。
それは、福岡が“国家”として生き残れるかどうかの分水嶺だった。
決断は、異様なほど早かった。
資源探査。即、派遣。
確認。即、開発。
福岡県庁は、経団連と主要企業、各市町村自治体を一堂に集め、非常事態宣言に準じた緊急動員を要請した。
誰も、採算の話をしなかった。
「生きるか、死ぬか」
その一言で、全てが動いた。
土木企業連合。県土整備部。各自治体の開発課。
一か月半。
通常なら数年を要する輸送ルートが、採算度外視で切り開かれていく。
山を削り、森を割り、未踏の土地に、重機の轟音が響いた。
後に、この時代はこう記される。
『生存の危機が掛かったとき、人間は、理屈を捨てて奇跡を起こす』と。
* * *
その動きを、最も不快に思っていた者たちがいた。
西方の宗教国家「法皇国」。
数か国を宗教的思想で束ねる大国。
彼らにとって、福岡は理解不能な存在だった。
魔法を使わない。奇蹟を祈らない。それでいて、土地を切り拓き、秩序を築き、亜人種を含めた難民を受け入れている。
「……神を通さずに、世界を動かしている」
法皇国法王庁の会議で、その言葉が吐き捨てられた。
交渉要請は、すべて黙殺された。
代わりに――動いたのは、法皇国の影響下にある小国と、その狂信的な教徒たちだった。
最初は、事故に見えた。
輸送路での落盤。資材置き場の焼失。夜間の奇襲。
だが、次第に、共通点が見え始める。
魔法による遠距離攻撃。身体強化を伴う高速接近。そして、撤退。
目的は、殲滅ではない。
停滞だ。
自衛隊警備部隊の指揮官は、前線の惨状に歯噛みした。
「……連中、試してきてるな」
近代装備は優位だった。銃火器も、装甲も、統制も。
だが――魔法は、理屈を壊す。
弾道を歪め、身体能力を逸脱させ、地形を一時的に変える。
「このままじゃ、いつか致命的な穴を突かれる」
現場では、そんな声が上がり始めていた。
* * *
同じ頃――九州大学。
研究棟の、外部には表示のない地下区画で。
十 歩は、白衣の袖をまくり、制御盤を見つめていた。
「……安定しないな」
隣には、民間企業の技術者。
社名は、西海未来工学株式会社。
転移後、福岡県と密接に協力することになった、新興の技術集団だった。
「理論値では、確実に阻害できるはずなんです」
十歩は、ディスプレイの数値を追いながら、静かに言う。
「“魔法”じゃない。マジック粒子だ」
「なら、遮断できる」
それが、AMDI――マジック粒子阻害装置(Anti-Magic Deployment Interdiction)。
まだ、正式配備どころか、存在自体が極秘だった。
だが――県庁と自衛隊は、この装置に賭け始めていた。
* * *
その頃。
県境農業地帯自治区。第三農村区画。
畑の端で、グラウスは鍬を置いた。
夕暮れの空が、妙に赤い。
「……また、向こうか」
噂は届いていた。
焼かれた村。消えた家族。
息子のドゥルガンが、父の背中を見上げていた。
まだ、何も起きていない。
だが、風が、確かに変わっている。
その夜――遠くで、祈りの詠唱が聞こえた。
それは、救済を謳う言葉だった。
だが、グラウスには分かった。
これは、刃だ。
法皇国巡察司祭、アルノー・ヴァルケリウス。
彼は、「浄化部隊」の先頭に立っていた。
隣には、若い騎士――レオニス・アルヴァン。
互いに、顔見知り程度。
だが、同じ疑問を抱え始めていた。
「……本当に、これが救済なのか?」
その答えが出る前に――命令は下る。
「第三農村区画を、清めよ」
火が、灯される。
そして――その炎は、やがて福岡全土を巻き込む『第一次西糸島事変』へと、連なっていく。
まだ、誰も、それを戦争とは呼んでいなかった。
だが――引き金は、確かに引かれた。
本日も『福岡異世界転移史』をお読みいただき、ありがとうございます!
第一次西糸島事変――福岡の存亡を懸けた戦いは、小説家になろうに初転載になります。ファンタジーの不条理バグに対し、最後まで見届けていただければ嬉しいです。
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