第5話:法皇国の苛立ちと、忍び寄る「浄化部隊」
――法皇暦二一三年・晩秋/法皇国・聖務庁内院
石造りの重厚な回廊は、この国が生まれてから一度も揺らいだことがない――そう信じられてきた。
高い天井に描かれた壮麗な聖史画の下、十二人の高位聖職者が半円状に座している。
中央の玉座に座すのは、大法皇エル=マルティス。
白金の法衣に包まれたその姿は、慈愛の象徴として民に広く知られていたが、今、その眼差しは冷たく、研ぎ澄まされていた。
「……福岡」
その名が、低く、重く、空間に落ちる。
「彼らは、我らの“外”にある存在だ」
法理長官バルディオが言葉を継いだ。
「亜人を受け入れ、異教徒を拒まず、魔法を使わぬ力を“統治”に用いている。それを、彼らは“合理”と呼ぶそうだ」
誰かが、鼻で笑った。
「合理?」
魔法院総監ラグナスが、聖印の刻まれた杖を床に突いた。
「奇蹟なき世界に、神の意志はどう宿るというのだ。魔法は、神が選んだ者に与えた祝福だ。それを用いずして秩序を保つなど、傲慢の極みではないか」
深い沈黙が降りた。
大法皇は、しばらく目を閉じていた。やがて、静かに語り出す。
「……彼らは、救われようとしていない」
その声は、静かゆえに絶対的だった。
「それが、問題なのだ」
この国の教義は、明確だった。
『奇蹟とは、信仰の証である』
『魔法は、神意の流れである』
つまり――魔法を否定することは、神の関与を拒絶することに等しい。
「福岡は、我らの“教え”を必要としない」
「それは、いずれ“教え”そのものを腐らせる」
法理長官の声が、徐々に熱を帯びる。
「彼らの地に流れ込む亜人たち……難民と称する者どもは、我らの支配から離れ、魔法なき秩序の中で生き始めている。それは、信仰の逸脱だ」
その言葉に、一人の若い枢機卿が口を開いた。
「しかし……彼らは、直接、我らに敵対してはいない。交易もある。武力衝突は――」
「だからこそ、だ」
大法皇の声が、鋭く遮った。
「彼らは、剣を向けずに、《《信仰》》を壊している」
その瞬間、内院の空気が変わった。
ここにいる全員が、同じ理解に至った。
福岡は、単なる異端ではない。異端を“必要としない世界”なのだ。
それは、宗教を基盤とする国家にとって、武力による侵略以上に最も危険な存在だった。
* * *
――数週間後/法皇国辺境・セテス公国周辺
最初は、ほんの小さな出来事だった。
福岡側に近い村で、礼拝が行われなくなった。
「魔法の加護がなくても、作物は育つ」
「武器は、訓練と規律で足りる」
そんな言葉が、密かに囁かれ始める。
教義強硬派は、それを“汚染”と呼んだ。
「神の奇蹟を疑わせる思想。放置すれば、信仰は広がり、崩れる」
やがて、動きが出る。
正式な軍ではない。だが、聖印を刻んだ法衣を纏う者たちが集められた。
「浄化部隊」
そう、彼らは自らを称した。
夜。
親福岡派と目された村に、火が放たれる。
「異教徒に救済を!」
「奇蹟を拒む者に、神の裁きを!」
魔法の光が、家屋を容赦なく焼いた。
逃げ惑う亜人。泣き叫ぶ子供。
剣と火と、祈りが、同時に振るわれた。
「これは、戦ではない」
浄化部隊の指揮官は、燃え盛る炎を背にそう言ったという。
「救済だ」
* * *
――そして、県境農業地帯自治区・第三農村区画
噂は、風より早く届いた。
「向こうの村が、焼かれたらしい」
「法皇国の連中が、動き出したぞ」
グラウスは、納屋の戸口に立ち、夜の空を見上げていた。
遠く、地平の向こうが、わずかに赤く染まっている。
火だ。
まだ、ここではない。だが――確実に近づいている。
息子のドゥルガンが、不安げに父の背中を見ていた。
グラウスは何も言わない。ただ、農具の手入れを、いつもより念入りに行っているだけだった。
その夜。
自治区の見張り台で、鐘が、一度だけ、鋭く鳴った。
警告の音だった。
まだ、剣は抜かれていない。
だが、誰もが肌で感じていた。
次は、ここだ。
本日も『福岡異世界転移史』をお読みいただき、ありがとうございます!
第一次西糸島事変――福岡の存亡を懸けた戦いは、小説家になろうに初転載になります。ファンタジーの不条理バグに対し、最後まで見届けていただければ嬉しいです。
順次、公開予定です! 面白かった! 続きが気になる! と思っていただけましたら、ページ下部より☆☆☆☆☆の評価とブックマークをよろしくお願いいたします。作者の執筆スピードが(魔法ではなく物理的に)加速します!




