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第4話:血塗られた剣を捨てたオーク戦士

本日も『福岡異世界転移史』をお読みいただき、ありがとうございます!

第一次西糸島事変――福岡の存亡を懸けた戦いは、小説家になろうに初転載になります。ファンタジーの不条理バグに対し、最後まで見届けていただければ嬉しいです。


順次、公開予定です! 面白かった! 続きが気になる! と思っていただけましたら、ページ下部より☆☆☆☆☆の評価とブックマークをよろしくお願いいたします。作者の執筆スピードが(魔法ではなく物理的に)加速します!

 ――転移1年(第一次西糸島事変1年前)/セテス公国〜県境農業地帯自治区


 グラウスは、法皇国(ほうおうこく)の影が色濃く落ちる小国――セテス公国の片隅で生きていた。


 生きていた、というより、ただ「戦っていただけ」だった。

 オーク族の男として生まれた彼にとって、戦士であることを疑ったことはない。それが生まれた意味であり、役割であり、家族と領地を守る唯一の方法だと、固く信じていた。


 剣を握る手に迷いはなかった。敵を斬る理由も、命令も、常にそこにあった。


 ――その日までは。


 それは、領主の命だった。グラウスが住まう土地の主であり、法皇国に忠誠を誓う貴族からの絶対の命令。


「隣国の村を制圧せよ。オーク兵団を率いて、な」


 制圧。


 その言葉が、後にどれほど軽く、そして嘘に塗れたものであったかを、グラウスはその目で知ることになる。


 辿り着いた村は、戦場ではなかった。

 そこにいたのは、武装した敵兵ではない。畑を耕す者。子を抱く女。逃げ惑うだけの老人たちだった。

 だが、オーク兵団は止まらなかった。理性も、命令の本来の意味も失った獣のように、ただ奪い、壊し、殺した。


 剣の柄が、ぬるりと滑った。


 血だ。


 無抵抗な村人の血だった。


 その瞬間、グラウスの胸に湧き上がったのは、恐怖でも罪悪感でもなかった。


 ――不快だ。


 ただ、それだけだった。


 血に濡れた体も、剣の柄も、何より、何も考えずに刃を振るう自分自身が。

 最初は、ただの違和感だった。

 だが、その違和感は日を追うごとに形を変えた。不快は嫌悪へと変わり、嫌悪は重い「問い」へと変わった。


「……俺は、何をしている?」


 血塗られた剣を握り、何も生み出さず、ただ奪うことを繰り返す自分。

 ふいに、幼い頃に土をいじっていた記憶が脳裏をよぎった。


 土の匂い。汗。収穫の重み。


 ――あの方が、ずっと良かった。いや、楽しかった。


 奪うより、生み出す方が、心が静かだった。

 だが、戦士が剣を置くことなど、許されるはずもなかった。

 兵役を拒んだグラウスの行動は、明確な裏切りと見なされた。領主は容赦しなかった。

 住みかを奪われ、わずかな農地を焼かれ、夜襲を受けた。

「剣を取れ」と強要された。

 だが、グラウスの手は動かなかった。もう、あの不快な柄を、血塗られた剣を、握りたくはなかったのだ。


 同じ思いを抱いた少数のオークたちと共に、逃げるしかなかった。

 生きるために、剣を捨てて、ただ逃げた。

 向かった先は、噂に聞く地だった。


 法皇国と対峙しているという、未知の異邦――「福岡」。


 その境に、逃げる者を受け入れる場所があると聞いた。

 追われ、飢え、道中で仲間は半分に減った。

 それでも歩いた。剣を持たずに。


 逃亡から半年後。彼らは、福岡県側が設けた「県境農業地帯自治区」に辿り着いた。

 第三区画の区長を務める人間の男は、グラウスたちを追い出すことなく、粗末な農具を差し出してこう言った。


「県から借りた農具はな。借りた時より、綺麗にして返せ」


 その言葉を、グラウスは今でも忘れられない。

 血塗られた剣を磨くより、土にまみれた農具を磨く方が、どれほど心が満たされるか。

 その瞬間、グラウスは決めた。


 ――二度と、剣は握らない。


 妻のメルザ、息子のドゥルガン、幼い娘のリーナ。

 家族と共に、土を耕し、麦を育てる。決して豪華ではないが、安定した食事がある。明日も同じ日が来ると信じられる。

 それは、彼らにとって奇跡のような日々だった。


 だが。


 平穏は、長くは続かなかった。


 一年も経たぬうちに、再び、刃を手に取る時が来る。


 それは、領主の命令でも、国家への忠誠でもない。

 家族を守るためだった。

 その時握る剣は、かつての血塗られた剣とは、決定的に違っているはずだ。

 グラウスは、そう信じたかった。

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