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第30話:一拍子の幕引きと、終わっていく地脈

 ――《門の前で待つもの》


 高木がイワンを打倒したその背後。

 《原初大奇蹟魔法陣プロト・ミラクリオン》の中心では、青白いマジック粒子が灰褐色へと変色し、渦巻くように空間を削り取っていた。


 その前に、後藤零が立っていた。

 意識はなく、ただ存在そのものが“呼び水”となっている。


「……零!」


 三浦慎吾が歩み寄り、後藤の左肩に手を置いた。

 その瞬間、中心部の灰褐色の渦が、一段高く脈打った。

 三浦の脳内に、直接“意味の奔流”が流れ込んでくる。


 ――ああ……

 ――ようやく……

 ――門が、呼吸を始めた……

 ――ここは、

 ――内でも外でもない

 ――過去でも未来でもない

 ――すべてが、同時に在る場所……


 渦がほどけ、無数の泡立つ虹色の球体へと変質する。絶えず色を変えるその奥に、“何か”がいる。


 ――待っていた

 ――この器を

 ――この空白を

 ――この、少年を……


「……いやいや」


 三浦は、飄々とした声でため息をついた。


「こんな所に、わざわざ来る必要、ないでしょ」


 空間がきしむ。泡立つ球体が、零の背後へと滲み寄る。


 ――拒むのか

 ――理解せぬのか

 ――すべての鍵を

 ――すべての門を

 ――この子は、開けられる……


 三浦は、零と“それ”の間に立ち、肩をすくめた。


「悪いけどさ。この子は――もう壊しすぎてる」

「全部なかったことにしたら、来れないでしょ? あんた」


 そして。

 三浦は、両手を後藤零の顔の前に持っていき――。


 パン。


 乾いた音を立てて、柏手を打った。

 まるで、埃を払うように。ウィンクを一つ。


 その瞬間。

 すべてが、消えた。


 灰褐色の渦。泡立つ虹色の球体。侵食する“意味”。

 巻き戻るように空間が静まり返り、門そのものが、最初から存在しなかったことになった。


「……まったく。中学生相手に、宇宙規模で口説くなよなぁ……」


 三浦は、力を失って崩れ落ちる零を支えながら、ぼやいた。

 だが、三浦の打った「柏手」の振動は、物理的な音を超え、マジック粒子の奔流を逆流させていた。因果の糸を伝い、その“否定”の余波は三百キロの彼方――法皇国の心臓部へと到達する。


 * * *


 ―― 聖統教会 地下五層《聖統地底回廊》


 法皇国の首都――聖都。

 白亜の尖塔と聖堂群が幾重にも連なり、神託レヴェラティオの恩寵によって繁栄を極めたこの都市の地下深く。

 外界から完全に隔絶された、《聖統地底回廊サンクトゥム・カタコンベ》と呼ばれる迷宮の最奥で、異変は音もなく始まった。


 聖都の空気が、わずかに震えた。

 続いて、目に見えぬはずのマジック粒子が、聖都の四方八方から一方向へ流れ始める。まるで、巨大な河川が逆流するかのように。


「……なぜだ」


 聖務庁の奥、大法皇エル=マルティスは、蒼白な顔で呟いた。

 周囲には、赤衣の枢機卿マルセル・ド・ヴァリウスを筆頭に、教義派の重鎮たちが集まっていた。


「聖都の防護循環が……逆転している……?」

「あり得ません。《プロト・ミラクリオン》は均衡を保つ存在……暴走など――」

「では、これは何だ!」


 彼らの視線の先で、地下五層の大空間が青白く染まる。

 《原初大奇蹟魔法陣プロト・ミラクリオン》へ向け、聖都全域のマジック粒子が、滝のように流れ込んでいた。


「……糸島だ」


 マルセル・ド・ヴァリウスが、唇を噛みしめる。


「向こうで行われている成就……その変異が、共鳴している」


 魔法陣の中心部で、青白い光が濁り始めた。白が灰へ。灰が褐へ。回転する、不気味な渦。


「……負の……印……?」


 誰かが、祈るように呟いた。

 それは、神託の否定。恩寵の反転。――神意からの、致命的な逸脱。


 だが、その灰褐色の渦は、ある瞬間を境に唐突に止まった。

 前触れもなく。鎮静の祈祷もなく。誰の命令でもなく。

 聖都全域から流入していた奔流が、まるで“源そのものを失った川”のように霧散し、地下空間からすべてが消え去った。


「……消えた?」


 マルセルが、信じがたいものを見る目で呟く。

 大法皇エル=マルティスは、微動だにせず恐怖していた。

 《原初大奇蹟魔法陣》は止まった。だがそれは、“阻止された”のではなく、何かによって強制的に「切断」されたかのようだった。


 沈黙。

 そして、かつて灰褐色の渦があった場所に、七色の裂け目が、静かに開いた。


 光ではない。闇でもない。

 色そのものが、空間を裂いて滲み出しているかのような裂傷。

 この時、彼らはまだ知らない。

 神意を壊す“否定の観測者”が、糸島で門を閉じたことを。

 そして、その「跡地」に、さらなる深淵が呼び寄せられたことを。


 * * *


 ――道化師は嗤う


 砦内部・主回廊。

 時田渚と遠山えりこに道を譲った宮廷魔術師ガベルは、歩みを止めていた。


 風が――いや、世界の縫い目が、僅かに鳴った。

 在るべき秩序が、一瞬だけ呼吸を忘れた感触。


「……ああ」


 彼は空を見上げもしない。地平線の彼方、魔法陣の中心で開くはずだった窮極の門が――消えたのだ。


 門は開かなかった。脈打っていた中心核は、拍子木一つ分の間で、無に還った。

 たった一拍子。

 剣が振られたわけでもない。呪が唱えられたわけでもない。それでも、あの兆候は“なかったこと”にされた。


「はは……ははは」


 ガベルの肩が揺れる。堪えきれず、喉が鳴る。


「いやぁ……参ったな」


 外なるものへと至る“正しい扉”を、世界の内側の理屈で、しかも即興で封じてみせるとは。


「――先に結末を知ってるだけ、か」


 トリックスターは、楽しげに指を鳴らす。

 もしあの門が開いていたら、世界はただ意味を失って再編成されていただろう。それを、笑いながら消した。


「ほんと……退屈しない連中だ」


 ガベルはくるりと踵を返し、マントを翻す。


「さて。これを宮廷に、どう報告しましょうか?」

「“世界が壊れかけましたが、一拍子で片付きました”――では、さすがに笑われますよねぇ?」


 クスクスと笑いながら、ガベルは去っていった。

 まるで最初から世界が壊れる可能性など、娯楽の一つに過ぎなかったかのように。


 * * *


 ――流れは弱まった


 砦外縁・民家潜伏地点。


 金山が最初に気づいたのは、音の欠落だった。

 《夜走り(ナイト・ランナー)》を通じて感じていた地脈の軋み、魔力が擦れ合う嫌な感覚が――ふっと途切れた。


「……え?」


 思わず視線を落とす。隣で伏せていた柳が、崩れるように膝をつき、肩を小刻みに震わせていた。


「柳、さん……?」


 そのときだった。

 《夜走り》を通じて、金山の感覚にもあり得ない変化が流れ込んでくる。

 速すぎた流れが、暴れていた粒子が、急激に静まり始めている。


「……あれ?」


 つい数秒前まで、一本切れば暴流、二本切れば洪水だった地脈が、嘘みたいに“重く”なっていく。

 流れている。だが、流されない。


「……金山さん?」


 島本の声が戸惑いを帯びる。


 金山は答えなかった。いや、答えられなかった。

 《夜走り》を操る感覚が、別物にすり替わっている。今までは必死に抑え込む作業だったが、今は――。


「……落ち着いて、る……?」


 地脈が、言うことを聞いている。もっと根本的な、前提が消えた感覚。


「……切れる」


 一本。二本目。

 今までなら逆流が起きたはずだが、今は切った先から静かに終わっていく。


「……電気工事、みたいだな……」


 配線図を見ながら、負荷のかかっている線を一本ずつ落としていく。順序を守って、淡々と。


「……島本さん」


 金山は顔を上げた。


「この流れ……今なら、計画通りに切れる」


 島本は驚いた顔で頷く。


「さっきまで……あんなに、無茶苦茶だったのに……何が、起きたんですか……」


 金山は首を横に振った。


「……分からんっす」


 ただ、はっきりしているのは、魔法陣の暴走の前提そのものが消されたということだ。


「……今のうちだ」


 金山は感情を切り捨てるように言った。


「考えるのは後で。切れるところから、全部切りましょう」


「了解……!」


 金山は、次の地脈へ《夜走り(ナイト・ランナー)》を走らせた。

 攻防戦は、確実に最終段階へと押し出されていた。


本日も『福岡異世界転移史』をお読みいただき、ありがとうございます!

第一次西糸島事変――福岡の存亡を懸けた戦いは、小説家になろうに初転載になります。ファンタジーの不条理バグに対し、最後まで見届けていただければ嬉しいです。


順次、公開予定です! 面白かった! 続きが気になる! と思っていただけましたら、ページ下部より☆☆☆☆☆の評価とブックマークをよろしくお願いいたします。作者の執筆スピードが(魔法ではなく物理的に)加速します!


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