表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
30/41

第29話:理合

――砦・中央部/青白の奔流の先


 高木弘はインカムの通信を切った。

 背後から――いや、背中を貫いて前へ抜けていくように、青白いマジック粒子の奔流が流れている。高木は、その流れを背で受けながら、ゆっくりと視線を正面へ向けた。


 渦の先に、いる。

 聖ラグニア侯国皇太子イワン=ドルトミール。

 ベルド修道士会魔導士長フランシス=マリウス。

 そしてその周囲を固める、魔力で身体強化された五十名以上の近衛兵団。


「イワンと魔導士は、私が相手をする」


 高木は抑揚のない声で告げた。


「君は、周囲の近衛を頼む」

「了解」


 百田遊里がアーミーナイフを逆手に構え、短く返す。

 次の瞬間――百田の左足が地面を蹴った。


 消えた。


 それが近衛兵たちの最初の認識だった。前列の兵の盾が内側から叩き折られ、衝撃で身体ごと後方へ吹き飛ぶ。


「囲めッ! 距離を取るな!」

「密集陣形だ! 三列で抑えろ! 個別に追うな、面で潰せ!」


 近衛兵団長の怒号が飛ぶが、百田は止まらない。

 盾の縁を踏み台にして跳び、剣の“下”を滑り込むように抜ける。人間の可動域を無視した角度。金属が軋み、剣が弾かれ、体勢が崩れた刹那に鎧の継ぎ目へ刃が差し込まれる。


「……速すぎる……!」


 誰かの声が、次の瞬間に喉で潰れる。血飛沫が舞う。

 五十名の重装兵が、たった一人の華奢な女性自衛官によって、為す術もなく削られていく。


 その戦闘を横目に――高木は、すでにイワンの間合いに入っていた。

 踏み込みは音もなく、意識が動くより早く、身体が前へ出ている。


 神速。鞘から刀が抜かれると同時に、斬撃。


 ――キィン!


 甲高い音が弾ける。

 高木の刃は、イワンを覆う《幻樹武装・アラストラ》の分厚い表層で阻まれた。だが、高木の表情は変わらない。


「ほう……そこから詰める速度……なかなかのものよ」


 イワンが口角を歪める。だが、その言葉が終わるより早く、高木はもう刀を鞘に納めていた。抜いて、斬って、納める。すべてが、一息。


「――詠唱、重ねる!」


 背後のフランシスの唇が、滑るように秘儀の言葉を紡ぐ。空間が軋み、マジック粒子が凝縮して青白い光が黒い影を孕む。


「《聖雷秘儀――ヴォルティクス・カタストロフ》!」


 雷ではない。雷を内包した“檻”。

 幾重にも重なる電磁の環が、高木の足元から天へと立ち上がる。


「今です、殿下!」


 フランシスの声に呼応し、イワンの《幻樹魔剣ジュブエール》が異様な鳴動を発した。刀身から木枝の幻樹が一斉に伸び、時間差で咲く無数の“斬撃の芽”が空間そのものに根を張る。


「《樹界奥義――千裂森葬せんれつしんそう》!」


 前後左右、上下すべてからの不可避の波状攻撃。

 イワンは、勝利を確信した。


 だが。

 高木は、静かに息を吐いた。目を閉じる。

 激動する魔力の嵐の中で、彼一人だけが「無」へと沈んだ。

 それは剣道の、あまりにも基本的な所作。


 ――構え直し。


 世界の音が、すっと遠のく。呼吸が凪ぐ。

 高木の周囲だけ、時間の密度が変質したかのように静まり返った。

 次の瞬間。高木は、雷の檻が閉じる“前”に、静かに踏み出していた。


 動。


 落雷が石床を砕くが、そこにはもういない。

 斬撃の芽が空間を埋め尽くすが、高木は既にその「隙間」を通り過ぎている。


 すべてが、半拍遅い。

 予測ではない。反応でもない。

 「因果の確定デターミネーション」――。

 次に起こる「結末」を先にシステムへ書き込んだ者の動き。


「……な……」


 イワンの喉が、ひくりと鳴る。

 このとき、彼は初めて理解した。――死は、すでに通り過ぎていたのだと。


 高木の刀が、抜かれる。

 

 一太刀目。

 抜き放たれた刃が、空間を断ち切る鋭い風切り音さえ置き去りにして奔る。

 

 峰。


 フランシスの詠唱が途中で断ち切られる。顎下に正確に、脳を揺らす衝撃だけが走り、魔導士の身体が操り糸を切られたように崩れ落ちた。


 二太刀目。

 一歩。その踏み込みが、物理的な距離を無視してイワンの懐を侵食する。

 

 踏み込み。体捌き。間合い。

 剣道の理合そのままに放たれたそれは、もはや斬撃というより「決定事項」だった。

 

 胸。

 

 しかし深くは斬らない。

 刀身が放つ凄まじい「重圧」が、《幻樹武装》の因果律を内側から粉砕する。

 バキ、という、硬い結晶が砕けるような絶望的な音が響いた。


 イワンの身体が大きく弾き飛ばされ、背後の壁に激突する。


 ドサリ、と鈍い音。剣が床に転がる。

 高木はすでに刀を鞘に収め、無表情のまま、静かに立っていた。


 仰向けに倒れたイワンは、天井を見つめていた。

 遅れてくる、自分が負けたという実感。血の匂い。剣を握れない手。

 

「……ば、かな……」


 その言葉は、誰にも届かなかった。

 高木の周囲には、ただ静寂だけが戻っていた。


本日も『福岡異世界転移史』をお読みいただき、ありがとうございます!

第一次西糸島事変――福岡の存亡を懸けた戦いは、小説家になろうに初転載になります。ファンタジーの不条理バグに対し、最後まで見届けていただければ嬉しいです。


順次、公開予定です! 面白かった! 続きが気になる! と思っていただけましたら、ページ下部より☆☆☆☆☆の評価とブックマークをよろしくお願いいたします。作者の執筆スピードが(魔法ではなく物理的に)加速します!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ