第26話:正門の激突 ――時田渚と遠山えりこ vs 蒼盾槍兵団
――正門内/歪んだ進軍
正門を越えた瞬間、外の喧騒は嘘のように遠のいた。音が、薄い。
遠山えりこの周囲に形成された《絶対空間防壁》は、衝撃も、破片も、悲鳴すらも外界へ追いやり、内側だけを静かな泡のように切り取っていた。
「……すごいわね、これ。主婦の感想としては、台風の日に洗濯物が飛ばない安心感、って感じかしら」
「いや、基準がおかしいですからね、それ」
三浦は歩きながら、乾いた声で返す。防壁の外では砦の兵士たちが右往左往しているのが分かるが、防壁越しにはお互いの姿は見えない。内側からのみ外を観測できる、完全な不可侵空間だった。
「……ねぇ渚ちゃん」
三浦が前方を警戒しながら声を掛ける。
「暴れないって約束、覚えてる?」
「覚えてるしー。でもさ、向こうが勝手に寄ってきたら話は別じゃん?」
時田渚は肩を回しながら答える。ギャル口調のまま、その目だけが異様に冷えていた。
「今、空気の流れ変わった。……この先、来るよ」
そのとき――防壁の外、左手回廊の奥で、重い足音が揃って響いた。
ドン。ドン。ドン。
隊列を組んだ規則正しい足取り。
「……零くん。どう思う?」
「……うん。“消せない”やつ、来る」
後藤零がいつもの軽薄さを消して答えた直後、防壁の縁に、何かが触れた。鈍い衝撃。
「……硬いわね」
遠山の視界の歪みの向こうに、整然と並ぶ重装槍兵の影が浮かび上がった。蒼紋の刻まれた盾。異様に太い槍。人の身体を逸脱した筋肉。
西アヴェル王国の管理区域を守る、防御特化の部隊――蒼盾槍兵団だった。
時田が一歩前に出た。その瞬間。金属音もなく、不自然な速度で槍が伸びた。
「――っ!」
時田が圧縮された突風を正面から叩きつける。だが、盾は耐えた。次の瞬間、盾越しに物理法則を無視した衝撃が返ってくる。遠山の防壁が、きしりと鳴いた。
「……防御特化型ね」
遠山が息を吐く。
「渚ちゃん、零くん。これは――正面突破は無理よ」
「じゃ、どうする?」
「俺と零で抜ける。渚ちゃんと遠山さんは――」
「足止め、でしょ? 任せて」
時田がニヤッと笑う。
* * *
そのときだった。
くす、くすくす……。
笑い声とも、息漏れともつかぬ音が、高い位置から降ってきた。
砦の天井を縫うように張り巡らされた梁の影に、逆さまでぶら下がる影。
白塗りの仮面。誇張された笑み。左右非対称の彩色。
まるで、悪趣味な人形劇から抜け出してきた道化師だった。
「いやぁ……はじめまして? 私、西アヴェル王国・宮廷魔術師ガベル」
声は甲高く、湿り気を帯びている。仮面の奥にある瞳が、異様な熱を孕んで爛々と輝いた。
「絶対空間? 無詠唱? ああ……素晴らしい! 素晴らしいよ! 計算外の変数こそ、物語のスパイスだ!」
「……ねぇ三浦さん。あれ、どう見ても変態だよね?」
「否定できないね」
三浦と時田が呆れたように見上げる中、ガベルの指がぱちんと鳴った。
床が内側から破れ、赤黒い魔力が滲み出し、三つ首の影が這い上がってくる。ケルベロス。一体、二体、三体――獣臭と熱気が、通路を満たす。
「……多くない?」
「“セールで買いすぎた冷凍食品”レベルね」
遠山が苦笑する。
「三浦さん、リアル厨。行って。ここは私たちが――『主婦の意地』で見せてあげるから」
時田が前に出て、雷と炎を同時に立ち上げる。三浦は一瞬だけ二人を見て頷いた。防壁が一瞬だけ“開き”、三浦と後藤がその隙間を駆け抜ける。
背後で爆音と咆哮が重なったが、二人は振り返らずに奥へと走った。
* * *
通路の空気が、爆ぜた。
時田渚が踏み込む。無詠唱。炎、雷、風。属性は混ざり合い、区別を失い、ただ“破壊の現象”として前方へ解き放たれる。
だが、蒼盾槍兵団は崩れない。前列の盾が一斉に角度を変え、衝撃を真正面から受け止めず、斜めに逃がす。防御理論で攻撃を“解体”し、隊列全体で拡散する。
「……めんどくさ」
時田が舌打ちする。
梁の上で、ガベルが楽しそうに足をぶらつかせた。
「いいねぇ……! 力で押すほど、その理屈に削られる構造。理論派の兵団に、天才型の暴力……普通なら――ここで詰み(チェックメイト)、かな?」
その言葉に、遠山えりこの眉が動いた。
彼女の足元で、《絶対空間防壁》が――波打つように歪む。
「……ねぇ。主婦ってね、決まった予算と時間の中で、どうにかしなきゃいけない生き物なのよ」
防壁の縁が、鋭く研ぎ澄まされる。空気が、目に見えないほど薄く、鋭利な「刃」の形を取り始めた。
「えりこさん?」
「大丈夫。……少し、効率的な包丁に変えるだけだから」
次の瞬間。絶対防壁の外縁が、蒼盾の盾に接触した。
――削れた。
法術強化された鋼鉄の盾が、チーズを削ぐように、音もなく数ミリ剥がれ落ちる。
ガベルの拍手が、ぴたりと止まった。
「……空間を……“防御の面”じゃなく、“攻撃の幾何学”として定義し直した……?」
予期せぬ事態に、蒼盾槍兵の一人が、反射的に盾を引いた。鉄壁の隊列に、わずかな、だが致命的なズレが生じる。
時田渚が、獰猛な笑みを浮かべた。
「……っし! 隙あり!」
空間を裂く「防壁の刃」に沿って、時田の全属性を圧縮して叩き込む。
爆音。衝撃。
物理干渉すら拒絶していた蒼盾の隊列が、たった二人の「素人」によって、半歩、後退を余儀なくされた。
* * *
ガベルが、ゆっくりと、今度は噛みしめるように拍手をした。
「……いい。実にいい。君たちは、私の想像を少しだけ超えてくれた」
ガベルは梁から飛び降りると、優雅な所作で着地した。その視線は、もはや目の前の戦闘にはない。もっと遠く、砦の中心――《原初大奇蹟魔法陣》、そしてそこへ向かった高木班の「王」へと向けられていた。
「槍兵団、盾を収めなさい。……お二人。お通りください」
蒼盾槍兵団に動揺が走るが、宮廷魔術師の命令は絶対だ。無言のまま隊列が二手に分かれ、六角の陣が割れる。
「どうぞ。先をお急ぎください。……君たちのその『歪な意志』が、この退屈な儀式をどう壊してくれるのか、最後まで特等席で見守らせてもらうよ」
時田と遠山は顔を見合わせ、警戒を解かぬまま、ゆっくりとその間を抜けていく。
ガベルは振り返らず、中心部で生じつつある“決定された未来の揺らぎ”に目を細めていた。
(ああ……なるほど。これは、教皇様がおっしゃっていたシナリオとは――だいぶ違う方向に転がりそうだ)
仮面の奥で、道化師はただ一人、誰よりもこの狂った舞台の「結末」に期待を膨らませていた。
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第一次西糸島事変――福岡の存亡を懸けた戦いは、小説家になろうに初転載になります。ファンタジーの不条理バグに対し、最後まで見届けていただければ嬉しいです。
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