第22話:決戦前夜 ――高木班へのブリーフィング
――異界福岡・糸島戦域/前線仮設指揮所
簡易指揮所の照明は落とされ、壁面に投影された立体地図だけが淡く光っている。
映し出されているのは、糸島市。そして、その外縁部――福岡市へと食い込むように築かれた、異様に巨大な砦だ。
その前に立つのは、高木弘。
福岡県警察・警備局所属、警部補。そして、対魔法特化隊・第1班(通称:高木班)班長。
感情を読ませない無表情のまま、高木は口を開いた。
「現在、糸島市周辺では法皇国連合軍による浸透作戦が最終段階に入っている」
地図上に赤い光点が次々と灯る。それは平和な街が「侵食」されていく冷徹な記録だった。
「複数の浄化部隊が外縁から包囲を進めているが、その中でも――突出して前進している部隊がある。指揮官、イワン=ドルトミール」
空気が一段、重くなる。
「イワンの特徴は三つ。過剰な選民意識。独善的信仰心。人的資源の完全な消耗前提運用。……彼は、兵を“使い捨ての聖具”としか見ていない」
高木は、感情を一切込めずに言葉を並べる。画面には、砦建設に駆り出される農民兵の映像が映し出された。
「教条主義枢機卿派から、総勢300名規模の聖魔導士が追加派遣された。彼らを迎え入れ、イワンはこの砦において――《原初大奇蹟魔法陣》の構築を宣言した」
画面が切り替わる。聖都に存在するものと酷似した魔法陣の構造図。
「これは単なる攻撃魔法ではない。土地そのものを“聖別領域”へ変質させる装置だ。完成すれば、糸島市は“戦場”ではなく、一方的な浄化対象――死の土地になる。つまり、この魔法陣が完成した時点で、我々は敗北する」
断定だった。
「加えて、他部隊からの支援は一切期待できない。航空自衛隊は同伴移転した玄海原発の防衛で手一杯な上、レーダー網がほぼ死んでいるため、管制機からの地上目視による限定的な情報支援しか得られない。海上自衛隊も、唯一転移した護衛艦『あそ』が外洋調査中から急遽博多港へ帰還している最中であり、物理的に作戦への介入は不可能だ」
「以上を踏まえ、本班に与えられた任務は二つ。第一目標、指揮官イワン=ドルトミールの排除。第二目標、砦内部に構築中の魔法陣の完全破壊。……どちらか一方では不十分だ。両方を同時に失わせる」
高木は視線を上げ、全員を見渡す。
警察、自衛隊、民間。年齢も立場もバラバラな彼らを繋ぐのは、英雄的使命感などではない。
「本班は、対魔法特化隊として編成された実働部隊だ。共通点は一つ。マジック粒子に“適応してしまった”特異点であること。我々は、英雄でも救世主でもない。だが――あの魔法陣と、あの男を止められるのは、ここにいる人間だけだ」
「これより、イワン=ドルトミール斬首および《原初大奇蹟魔法陣》破壊作戦の最終準備に入る。……質問は受けない。確認がある者だけ、残れ」
高木はそう告げ、再び地図へと視線を戻した。
* * *
作戦室・ブリーフィング後
扉が閉まり、メンバーたちが退出していく。
一瞬だけ、室内に重い沈黙が落ちた。壁面モニターには、砦と魔法陣の想定配置図が青白く映ったまそうだ。
三浦慎吾は、ポケットから煙草を取り出しかけて、やめた。
「……正直に言いますよ、班長」
高木は、資料から目を離さずに応じる。
「どうぞ」
「倉田くんのレールガンじみた狙撃。あれ、えげつないですよね」
一拍置いて、三浦は続ける。
「でも――あれで終わりじゃないんでしょ?」
その問いに答えたのは、高木ではなかった。傍らに立っていた白衣姿の若い女性――南里技官が、淡々と口を開く。
「終わりません。いえ、終わらせられないんです」
三浦が視線を向ける。
「銃身が持たないんです。理論上は“撃てる”けど、撃てて50発が限界です。それ以上は、銃も――彼の身体も壊れます」
三浦は低く唸った。50発。聖魔導士300人を前にすれば、あまりに心もとない「命の残弾」だ。
「倉田は“切り札の一つ”だ。勝利条件じゃない」
高木は、ようやく顔を上げた。モニターの別ウィンドウには、後藤零の生体データが映っている。
「……後藤が使えるタイミングは、一度だけだ。発動すれば、敵の結界も、魔法も、奇蹟も――全部止まる」
南里が、冷徹な補足をする。
「その代わり、彼自身が戦線から完全に脱落します。マジック粒子の一時的な完全枯渇。最低でも二日は寝込むことになります」
三浦は、壁にもたれかかり、指を立てた。
「つまり。倉田くんは“弾数制限付きの神”、後藤くんは“一回限りの非常停止ボタン”。百田さんは突撃力、遠山さんは防壁、渚ちゃんは世界の分離……どれも強いけど、どれも単独じゃ勝てない」
高木は、静かに頷いた。
「だから“班”だ」
一瞬、間を置いてから。
「それと――この作戦は、簡単に決着がつくようには設計していない」
「……ですよね」
「敵は信仰で動く。信仰は、首を落とせば終わるほど単純じゃない」
南里が、小さく息を呑む。
「だから――一人も欠けずに、全員を使い切る」
三浦は、苦笑した。
「……随分、警察向きじゃない作戦だ」
「そうかもしれない。だが、これが今の福岡の戦い方だ」
作戦室に残るのは、モニターの冷たい光と、決して軽くはない「消耗」の覚悟だけだった。
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第一次西糸島事変――福岡の存亡を懸けた戦いは、小説家になろうに初転載になります。ファンタジーの不条理バグに対し、最後まで見届けていただければ嬉しいです。
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