第21話:イワンの巨大拠点砦と、潜入要員の目撃
――糸島市郊外・巨大拠点砦
糸島市を囲む包囲網は、もはや「線」ではなかった。それは、ゆっくりと呼吸する生き物のように、面として広がっていた。
法皇国連合軍の浸透作戦は、着実に成果を上げている。散開した浄化部隊がそれぞれ独立した拠点を築き、糸島市の外縁部に無数の棘を打ち込んでいく。
その中で――ひときわ異様な速度と苛烈さで前進する部隊があった。
イワン=ドルトミール。 聖ラグニア侯国侯爵家子息であり、苛烈なる浄化部隊の指揮官。
他の浄化部隊が慎重に前線を整える中、イワン率いる部隊は糸島市郊外を大きく回り込み、すでに福岡市側へと肉薄していた。
それは戦術的大胆さというより――信仰による確信だった。
「神は我らの前に道を拓かれる」
イワンは、それを疑ったことがない。
彼らが築き上げた砦は、急ごしらえとは思えぬ規模だった。 石。土。伐り出された木材。 それらを積み上げているのは、強制徴用された農民兵たちだった。彼らは武装も訓練もない。鍬を剣に持ち替えただけの存在だ。
「手を止めるな!祈りが足りぬ者は、神に見放されるぞ!」
浄化部隊の監督官が怒鳴りつける。 農民兵たちは無言で石を運ぶ。反抗はしない。できないのだ。
その日、砦は異様な熱気に包まれた。
法皇国・聖都から――教条主義枢機卿派によって選抜された三百名の聖魔導士が到着したのだ。 白と金の法衣。聖印で飾られた杖。
彼らの到来は、この拠点が単なる前進基地ではないことを意味していた。
* * *
夜。砦の中央広場。
長卓には肉と酒が並び、聖魔導士と浄化部隊幹部たちが席を占める。 その中央に、イワン=ドルトミールは立っていた。
若く、美しく、そして疑いようもなく傲慢な表情。
「神の祝福を受けし諸君!」
彼は両腕を広げる。
「我らは、異端の地をここまで切り裂いた! 糸島は、もはや孤立した聖域に過ぎぬ!」
歓声。
「そして――我が砦にて、我は宣言する!」
イワンは高々と告げた。
「ここに、《原初大奇蹟魔法陣》を構築する!」
ざわめきが走る。
「聖都と同じ奇蹟を、この異端の最前線に再現するのだ!」
彼の瞳は、陶酔していた。
「神は我らを選んだ。我が名は、その証だ!」
彼にとって、農民兵の疲弊も、犠牲も、すべては奇蹟のための供物でしかない。
* * *
砦の外れ。
焚き火を囲み、農民兵たちは粗末な粥をすすっていた。 肉はない。酒もない。 遠くから聞こえる宴の音。笑い声。歌。
誰かが呟く。
「……あれが、神の御業か」
誰も答えない。 彼らは、イワンの傲慢さと粗暴さを言葉にしないまま噛みしめていた。
その中に、一人。 陸上自衛隊 異界特殊作戦群・島本修二 1等陸曹(潜入名:ランドルフ)。
島本は石を積みながら、視線を落としたまま耳を澄ませていた。
(……プロト・ミラクリオン)
内心で、冷や汗が流れる。 彼は東南アジア系の顔立ちをしている。福岡の人間とは違う。それが、ここでは「都合が良い」。
(砦一つで済む話じゃないな……)
この規模の魔法陣は、戦略兵器に等しい。
少し離れた炊事班の片隅では、別の潜入員が鍋をかき混ぜていた。 福岡県警 警備局外事課・古里美香 警部補(潜入名:ミラ)。
笑顔を作り、聖魔導士に水を差し出す。 だが、内心は冷え切っている。
(……酔ってる。自分たちの力に)
イワンの声が、遠くで響く。
(この男は……自分が“神に選ばれた存在”だと、本気で信じてる)
だからこそ、危険だ。 焚き火がはぜる。島本は、農民兵として俯きながら確信していた。
(……この砦は、放置すれば“核”になる)
宴の光の中、イワン=ドルトミールは高らかに笑っている。 その背後で――異界の戦争は、確実に次の段階へ進もうとしていた。
* * *
――数日後/早朝 福岡異界防衛統合司令部
警報ではなかった。だが、空気が変わった。
「――こちら〈シラサギ2〉。西糸島南西、敵前進拠点上空。異常な魔力集中反応を確認」
統合司令部のモニターに、赤い円がゆっくりと描かれていく。
「規模は?」
「……既存の結界とは比較になりません。構築型・長期常設を前提とした大魔法陣と推定」
一瞬の沈黙。
谷川剛 陸将補は、椅子に深く座ったまま、短く言った。
「……辻二佐」
「はい」
「情報科と異界特殊作戦群、同時に走らせろ。裏取りはいらん。“全部”集めろ」
声は低い。だが、迷いはなかった。
捕虜となったエルバート三世の尋問、そして島本と古里からの回収情報を重ね合わせ、事態の輪郭が浮き彫りになる。
魔法陣規模:聖都級 聖魔導士:約300 中心:砦中央/地脈集中点 工期:一週間以内
「捕虜証言、潜入情報、偵察機報告――すべて一致しています」
辻が要点をまとめる。
「敵は、《原初大奇蹟魔法陣》を前提に糸島市陥落を狙っている」
黒沢が続ける。
「完成すれば、通常戦力では介入不可能です」
谷川は、腕を組んだまま、地図を見つめていた。 長い沈黙。やがて、低く言った。
「……突出しているのは、イワンの部隊だな」
「はい」
「なら――切るなら、今しかない」
辻は、一瞬だけ視線を落とし、そして頷いた。
「斬首と同時に、魔法陣を使用不能にする必要があります」
谷川は、それ以上を言わない。 だが、参謀たちは理解していた。
(――“あれ”を使う)
誰も、口には出さなかった。 この戦争は、次の局面に入った。そして――まだ名も告げられぬ者たちが、その中心へ向かう。
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第一次西糸島事変――福岡の存亡を懸けた戦いは、小説家になろうに初転載になります。ファンタジーの不条理バグに対し、最後まで見届けていただければ嬉しいです。
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