第20話:第1班初の模擬投入と、三自衛隊合同評価会議
――第30日 06:20/旧自衛隊演習場・広域模擬市街地
緊急招集から一ヶ月が経とうとしていた。
指揮車両の中で、柳美緒は立ったままモニターを見つめている。
映像は一つではない。俯瞰、地表、地下構造、マジック粒子濃度、風向、湿度。それら膨大な情報が、彼女の脳内で一つの“景色”として再構築されていた。
(……配置、確定)
柳はインカムに指を添えた。
その指先は微かに震えている。情報を「視る」ことは、世界が孕む不協和音を直接、魂で聴くことに等しい。
「――第1班、聞こえる?」
即座に返る、二つの声。
「二等陸士・倉田、聞こえてます」
「二等陸士・百田、異常ありません」
柳は地図をなぞらない。彼女の網膜には、すでに敵の運命が赤い線となって焼き付いている。
「現在位置基準を伝える。――模擬市街地中心部、十字路。北北東に48メートル、瓦礫裏。標的アンカー、模擬魔術士1名。……その周囲に護衛騎士5体。装甲想定“重”」
一拍。柳の声から体温が消える。
「倉田2士。君は空中射撃。アンカーのみを処理。護衛は無視していい」
「百田2士。倉田の射撃確認後、即突入。アンカーは既に存在しない前提で動け」
柳は、胃の底からせり上がる、冷たい吐き気を飲み込んだ。
モニターの向こうにあるのは模擬標的だ。しかし、彼女の「眼」には、それが生きた人間として糸島で再構成される未来が視えている。
「これは“殲滅”じゃない。糸島で同じことが起きた場合、どうなるかを見る演習だ。……各員、開始せよ」
* * *
――高度:海抜約600メートル/UH-60JA 多用途ヘリコプター機内
機内は、低い振動音に満たされていた。
中央に鎮座するのは、九大臨時開発――超長距離狙撃用レールガン。異様に細長い砲身は、兵器というよりは冷徹な「審判の杖」に見えた。
「電圧安定。……南里百合、発射系統、問題なしです」
白衣の上にフライトジャケットを羽織った技師、南里の報告。
倉田隆俊は、所在なさげに窓の外を眺めていた。10キロ先。肉眼では、そこにあるはずの街さえ霞んで見えない。
「……ずいぶん遠いなぁ」
独り言のように呟く。倉田は照準器を覗かない。
柳美緒が示した「座標」が、彼の意識の中で絶対的な真実として固定されている。外れるという概念そのものが、そこには存在しなかった。
「……じゃ、いきますか」
軽い。まるでお菓子の袋を開けるような無造作さで、彼は引き金を引いた。
――次の瞬間。空気が、遅れて絶叫した。
レールガン弾は、発射と同時に因果を飛び越える。
10キロ先――。
標的アンカーは、吹き飛ぶ暇さえ与えられなかった。
コンクリートの塊が、衝撃そのもので分子レベルまで粉砕され、虚空へと消える。数拍遅れて届いた衝撃波が、地表を蹂躙するように走った。
「……命中、確認」
南里の声が、震えている。
倉田は、もう飽きたように背伸びをした。
「んー……まぁ、こんなもんかなぁ。遠いってだけで、やること一緒だし」
ゴーグルを外した彼の瞳には、自らの放った一撃がもたらす破壊への、底知れない無関心が宿っていた。
* * *
地上 ―― 暴走する身体
アンカーは、もういない。
百田遊里は、静止したまま自身の身体を見つめていた。
(……なんか、重い)
マジック粒子が、身体の輪郭にまとわりつく。それは心地よい鎧ではなく、血管の隅々まで入り込もうとする、ドロリとした熱い泥のような感覚。
一歩。地面が、爆ぜた。
百田の姿が消える。
超加速。背後の空気が悲鳴を上げ、衝撃波が土煙を放射状に撒き散らす。
一体目。百田の拳が、騎士の胸部に触れる。
衝撃は、触れた瞬間に「発生」した。
コンクリートの装甲が、内部から爆発するように霧散する。マジック粒子が筋肉と融解し、人の形をした暴力となって空間を蹂躙する。
二体目、三体目。
百田は止まらない。いや、止まることができない。
拳、肘、膝。その一つひとつが戦術核に近い質量兵器と化している。彼女の動きに合わせ、世界が紙細工のように破り捨てられていく。
最後の一体。百田は、正面から肩をぶつけた。
衝突点から、空間を断ち切るような亀裂が走る。コンクリートブロック全体が粉塵となって消え去る中、彼女はただ、立ち尽くした。
「……護衛、排除、完了です」
息は乱れていない。だが、彼女の指先は、過剰な力を持て余すように微かに痙攣していた。
* * *
06:29 ―― 空間の再定義
拠点侵入。
三浦慎吾が、いつもの気の抜けた声で指示を出す。
「じゃ、ここから拠点侵入ね。遠山さん、正面。時田さんは右。金山さん……怖かったら、影だけでいいから」
遠山えりこが、静かに膝をついた。
その瞬間、彼女の周囲一帯から「時間」が消えた。
風は吹いているのに、粉塵は空中で静止する。音は鳴っているのに、波動は伝わらない。
「変化を拒絶する」という彼女の妄信が、物理法則を上書きしていく。
「……通さない」
その鉄壁の背後で、時田渚が軽く肩を回した。
「了解~。じゃ、分けるね」
彼女は、空間を「紙」として捉えていた。
指先でなぞるように。ただ、頭の中で線を引く。
次の瞬間、空間の応力分布が一直線に変形し、世界が二つに分断された。
破壊ではない。最初から「別の場所」であったかのように、敵の連携が物理的に引き裂かれる。
後方。金山健一郎は、半ば泣きそうな顔で影を操っていた。
彼の影は、主人の意志に反して歓喜するように伸び、街灯の神経を焼き切り、拠点の命脈を音もなく絶っていく。
「……頼むから、壊れないでくれよ……」
その祈りは虚しく、影が触れた場所から世界の色彩が失われていく。
* * *
そのとき。後藤零だけが、空気の変質を感じ取った。
「……あ」
笑う。無邪気な中学生の顔。
だが、その瞳だけが、この場の誰よりも深い「淵」を覗き込んでいた。
「――来る」
瞬間、観測班のモニターが狂ったように乱舞した。
標的アンカーの評価値がゼロを通り越し、測定不能の領域へ転落する。
後藤の周囲で、マジック粒子の分布が反転――「無」が、現実を侵食し始めた。
強化でも攻撃でもない。
ただそこに在るだけで、敵が「戦う」という意志そのものを保持できなくなる、絶対的な否定。
「すげぇ……これ、全部止まってる」
誇らしげに言った直後。
後藤の顔面から血の気が失われた。
「……っ」
膝をつき、どろりとした緑色の汚物を吐き出す。
体内から魂を削り取られたような脱力感。彼は、自分が何を引き換えたのかも理解せぬまま、意識の闇へと沈んでいった。
「はい、演習終了」
後藤を担ぎ上げた三浦慎吾の顔に、いつもの不真面目さはなかった。
「……やっぱりさ。中学生に背負わせる“限界”じゃないよ、これ」
* * *
――三自衛隊合同評価会議
会議室の空気は、凍りついていた。
中央スクリーンには、演習の結果という名の「異形」が映し出されている。
「議題は一点。対魔法特化隊 第1班――高木班の実戦投入是非」
谷川剛陸将補の言葉に、倉山技官が冷徹なデータを突きつける。
「高木班は、既存の兵器体系では評価不能です。……柳3曹の空間把握による標的指定精度、倉田2士の現象固定、百田2士の逸脱した制圧。これらはまだ、戦力と言えます」
スクリーンに映し出された柳の『配置誤差、平均0.3メートル以下』という異常な観測データを前に、航空団司令席に座る平山道隆空将補が、わずかに眉を動かした。
(既存のレーダー網が死んでいる今の空において、この「眼」は代替不能な価値を持つ――)
平山は他の幹部たちに悟られぬよう、手元の端末へ柳の個人データを静かに転送し、冷徹な計算を巡らせていた。
やがて、画面が意識不明の後藤零に切り替わる。
「問題は、後藤零です。彼は戦闘を成立させる前提を破壊する。投入すれば勝てる。しかし――彼らが、人間として戻ってくる保証はどこにもありません」
生体適応研究所の鷹宮が、苦渋に満ちた声を出す。
「彼らは部隊ではない。異界環境に適応しすぎてしまった、特異点の集合体です。特に未成年者の生理的限界は観測不能。使えば使うほど、彼らは『向こう側』の存在へと変わっていく」
沈黙。
「使えば勝てる。しかし、戻る保証はない」。
統合作戦参謀の辻二佐が、絞り出すように結論を述べた。
「現状戦況を反転させる手段は、第1班以外に存在しません。……ただし、常用戦力として投入すべきではない」
谷川が頷く。
「結論とする。対魔法特化隊第1班は、使用条件付き・最優先投入戦力とする。投入判断は、私と辻の合議によってのみ行う」
谷川は、西糸島防衛隊司令官の伊藤一佐を見つめた。
「伊藤。君は、命令を受け取る側だ」
「了解しました」
伊藤は、一拍置いて答えた。
その声には、自分たちがこれから少年少女を「地獄の底」へ投げ込もうとしていることへの、重い自覚がこもっていた。
「――彼らを使う時は、この世界の終わりだと理解しています」
会議室の照明が戻る。
それは“戦力の投入”ではない。
少年たちの人間性を生贄に捧げ、崩壊しかけた世界の輪郭を繋ぎ止めようとする、残酷な決断だった。
本日も『福岡異世界転移史』をお読みいただき、ありがとうございます!
第一次西糸島事変――福岡の存亡を懸けた戦いは、小説家になろうに初転載になります。ファンタジーの不条理バグに対し、最後まで見届けていただければ嬉しいです。
順次、公開予定です! 面白かった! 続きが気になる! と思っていただけましたら、ページ下部より☆☆☆☆☆の評価とブックマークをよろしくお願いいたします。作者の執筆スピードが(魔法ではなく物理的に)加速します!




