第2話:発生記録(転移元年)――音が消えた日
――アーカイブ抜粋:福岡転移現象・発生記録(転移元年)
令和X年四月某日、十二時十二分。
九州北部、福岡市を中心とした直下型地震が発生した。
気象庁福岡支部の速報では、震度五強。
揺れそのものは、都市機能を破壊するほどのものではなかったと記録されている。
だが――この地震は、揺れだけでは終わらなかった。
『――こちら臨時ニュースです。福岡市内および周辺地域で強い揺れが観測されました。現在、被害状況の――』
その瞬間、放送は中断された。
市街地上空の空が、突如として暗転したのである。
正午の太陽は失われ、雲とも夜とも違う、重く沈んだ闇が都市を覆い尽くした。
続いて、福岡市を中心に半径およそ三百キロ。
九州北部一帯を円環状に取り囲むように――。
虹色のオーロラにも似た閃光が、空と大地の境界を走った。
「それは発光ではなく、“裂け目”が光っているかのようだった」
後に多くの住民が、そう証言している。
次の瞬間。
音が、消えた。
車のクラクションも、人々の悲鳴も、遠くの工場音も。
あらゆる音が、一斉に途切れた。
静寂という言葉では足りない。
世界から「振動」そのものが失われたような感覚だった。
だが、その沈黙を破るように、暗転した空間全体を貫く――。
空気の塊が叩きつけられるような衝撃が、住民たちの身体を揺さぶった。
それは爆風ではなく、圧力でもない。
「空気が、通り抜けた」
多くの生存者が、後にそう表現している。
そして、衝撃が過ぎ去った刹那。
暗転していた空は、何事もなかったかのように瞬時に晴れ渡った。
雲一つない、春の青空だった。
* * *
この一連の現象は、気象庁福岡支部および陸上自衛隊春日駐屯地の計測装置にも記録されている。
【観測データ】
・地震波形:観測あり
・電磁異常:広域で同時発生
・気圧変動:瞬間的に測定不能
・物的被害:ほぼ皆無
建物倒壊なし。死傷者報告なし。ライフラインは正常稼働。
「震度五の地震としては、あり得ないほど被害が少ない」
当時の担当官は、そう記録を残している。
だが、この時点では――まだ誰も、本当の異変に気づいていなかった。
地震発生から、およそ一時間。
九州北部一帯、特に福岡県南部の県境地域から、相次いで不可解な通報が寄せられ始めた。
『……森が、あるんです』
『昨日まで、こんなものは無かった』
『県境の向こうが、全部、森になってる』
最初の報告は、大牟田市だった。
市街地を抜け、有明海へ向かうはずの道の先に、鬱蒼とした原生林が広がっているという。
続いて、佐賀県境・大川市。大分県境・吉富町、築上町、上毛町、豊前市。
いずれの地点でも、県境線をなぞるように、同質の森が出現していた。
後に「隔絶の森」と呼ばれることになるこの森林帯は、地震直後、あの虹色の閃光と同時に現れたという証言が複数確認されている。
それは拡大したのではない。最初からそこに在ったかのようだった。
この一連の出来事が、単なる地震でも異常気象でもないと公式に認知されるまで、丸三日を要した。
外部との通信は途絶。有明海は消失。
地図は意味を失い、福岡県は、世界から切り離されていた。
後に、この現象は「福岡転移現象」と名付けられる。
そして――。
この現象を、最初に「物理現象」として捉えようとした男がいた。
当時、九州大学附設宇宙物理研究所に籍を置いていた一研究者。
十 歩。
後に人々は、畏敬と親しみを込めて、彼をこう呼ぶ。
――十歩先生、と。
彼が残した一文が、二十年後、再び注目されることになるとは、この時誰も知らなかった。
『未知粒子の存在は、《《物理法則》》と《《意志》》の境界を曖昧にする』
本日も『福岡異世界転移史』をお読みいただき、ありがとうございます!
第一次西糸島事変――福岡の存亡を懸けた戦いは、小説家になろうに初転載になります。ファンタジーの不条理バグに対し、最後まで見届けていただければ嬉しいです。
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