表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/41

第18話:空間の魔人と、福岡の魔女

 ――第21日 07:42/旧物流倉庫・模擬災害区画 C-3


「……ここ、寒いですね」


 遠山えりこは、両腕をさすりながらそう言った。


 誰も“気温が低い”とは感じていない。

 だが、彼女の周囲だけ、空気が妙に張りつめていた。


 遠山 えりこ。年齢39歳、職業は主婦。

 中学2年の息子がいる。

 穏やかだが、肝が据わっている性格。過去に特記すべき経歴はない。


 ――戦闘適性:最低評価。


 少なくとも、試験前の書類上はそうだった。


 試験の目的は、高ストレス下での防御反応の確認と、非戦闘員における魔法粒子反応限界の測定。

 要するに、「何も起きないこと」を確認する試験だったはずだ。


 * * *


 07:55。模擬事象が開始される。


 倉庫内に破裂音が響き、天井の一部が崩れ、金属片が落下する。


「危ない!」


 警告が出るより早く、“それ”は起きた。


 空気が、止まった。


 遠山えりこの周囲――半径、約1.5メートル。

 落下していた金属片が、見えない壁に当たって止まったのだ。


 音が、しない。

 ぶつかる衝撃すら、吸収されたように消えた。


 観測室がざわめく。


「……空間圧、急上昇」

「MP-σ酵素、常時生成状態からさらに増幅……」

「壁じゃない……密度そのものが変わってる」


 続いて、模擬的に魔法粒子濃度を上昇させる第二段階。

 通常なら、被験者は不快感や眩暈を訴える。


 だが――遠山は、眉をひそめただけだった。


「……嫌な感じですね」


 その瞬間。彼女の周囲の空気が、水のように揺れた。


 熱を通さず、圧力を逃がし、魔法粒子を拡散させる見えない“壁”。

 攻撃でも、反射でもない。ただ、存在を拒否している。


「……意図的に、範囲を広げられますか?」


 鷹宮の指示に、遠山は困ったように首を傾げた。


「ええと……子どもが危ない時みたいに、ですか?」


 遠山が、深く息を吸う。

 思い浮かべたのは、横断歩道に飛び出しそうになった息子の背中。

 自転車で転びかけた時の小さな手。


「……ダメ」


 小さな声。だが、空間が応えた。


 倉庫の床が、わずかに沈む。

 圧縮された空気が、ドーム状に形成される。半径10メートル。


 内部は静寂。外部の音は、遠くに歪んで聞こえる。


 観測室は、言葉を失っていた。


「……攻撃じゃない」

 研究主任が、掠れた声で言う。

「完全防護……いや、“存在保護”だ」


 高木は、遠山を見つめていた。


「……この人、最初から、守るつもりしかなかった」


 そして彼は、非公式にこう名付けた。


「……この人は、空間の魔人だ」


 誰も、それを否定しなかった。


 * * *


 ――第22日 07:05/旧市街地下構造物(封鎖区域)


 翌日。

 試験場は、崩落防止用の簡易支柱とマジック粒子遮断シートが張られた地下空間だった。


 想定敵は、複数属性の魔法を使用する散開小編隊。

 通常であれば、民間人を投入する試験ではない。


 だが、被験者リストの末尾には、一人の名が書き込まれていた。


 時田 渚。17歳。私立高校の2年生。


 08:21。観測班のブースで、研究員が声を上げる。


「……反応、来ます」


 その声には、困惑が含まれていた。


「MP-α酵素、上昇……ですが、特定属性への偏りがありません」

「全部、同時に……?」


 詠唱はない。意識誘導も、特定の集中点も確認できない。


 地下の模擬フィールドで、時田渚は軽い口調のまま立っていた。


(……なんか、分かる)


 火が出せる。水も、風も、土も。

 いや――出せるかどうかを考える必要すらなかった。


 高木の「想像しろ。使おうとするな」という言葉を思い出す。


「そこにあるって思えば、あるだけじゃん」

「じゃあ……」


 時田が視線を向けた瞬間、火球が生まれ、背後では水流が壁を作り、足元の床がわずかに隆起した。

 暗部に溜まっていたマジック粒子が光弾として反転する。


 複数属性、同時展開。

 切り替えではなく、併用ですらない。


「彼女は、属性を“選択”していません」


 高木が鷹宮に説明する。


「火・水・風・土・光・闇。それらを別物として扱っていない。世界に存在する“作用”を、そのまま引き出している。だから詠唱が不要で、切り替えも発生しない」


 高木は言葉を選んだ。


「最初から、全部が一つの操作体系にある」


 模擬戦は数分で終了した。

 想定敵マーカーは全沈黙。時田は無傷。


「え? もう終わり?」


 首を傾げる時田を前に、鷹宮は記録にこう記した。


『既存の属性分類に依存しない魔法運用個体』


 のちに彼女が「福岡の魔女」と呼ばれることになるとは、まだ誰も知らない。


本日も『福岡異世界転移史』をお読みいただき、ありがとうございます!

第一次西糸島事変――福岡の存亡を懸けた戦いは、小説家になろうに初転載になります。ファンタジーの不条理バグに対し、最後まで見届けていただければ嬉しいです。


順次、公開予定です! 面白かった! 続きが気になる! と思っていただけましたら、ページ下部より☆☆☆☆☆の評価とブックマークをよろしくお願いいたします。作者の執筆スピードが(魔法ではなく物理的に)加速します!


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ