第17話:測定不能の身体と、影の使役者
――第19日 11:40/旧工業団地・構造耐久試験区画 C-3
「……百田二士、準備は?」
「はい。いつでも大丈夫です」
返事は、拍子抜けするほど普通だった。
細身。肩幅も狭い。筋肉の盛り上がりも、目立たない。
――どう見ても、測定器を破壊して回るようなタイプには見えない。
それが、百田 遊里という二等陸士だった。
試験内容は、魔法模擬圧力付与を含む、物理と魔法の複合耐久テスト。
「人間が耐えられる限界を、静かに超える」ための、過酷な試験だ。
第一負荷。床が低く沈み込む。
圧力、一・八トン相当。
「……立っていられますか?」
「はい」
百田二士は、少し膝を曲げただけだった。表情一つ変わらない。
第二負荷。模擬魔法粒子が散布される。
それは骨密度に干渉し、筋繊維の伝達を物理的に阻害する。
通常、被験者が立っていられなくなる、あるいは意識を失うラインだ。
「……あれ?」
百田二士が、小さく首を傾げた。
「ちょっと、重たい……ですけど」
観測室では、研究員が顔を上げていた。
「MP-βタンパク質、上昇。上昇速度、想定の三倍……! しかも、本人の意識がほぼ関与していません。自律制御で抗っています」
第三負荷。鷹宮の指示により、負荷が“戦場レベル”まで引き上げられた。
本来なら、即座に中止判断が出る危険領域。
「百田二士。無理だと感じたら、即座に申告しなさい」
「……はい」
百田二士は一拍置いて、不思議そうに問うた。
「……でも、今のところ、『無理』って、どこですか?」
次の瞬間。
――バキッ!
床が、割れた。
百田二士の足元から、強化コンクリートに巨大な亀裂が走る。
彼女は、踏ん張ったわけでも、力を込めたわけでもない。
ただそこに、平然と“立っていた”だけだ。
「MP-βタンパク質、測定限界突破! 数値が……筋力換算、理論上あり得ません!」
研究主任の声が、震えた。
「これ、彼女自身の筋力じゃない。身体そのものが“別の物理法則”で再構成され、支えられている……!」
高木は、腕を組んだまま、低く呟いた。
「……やっぱりな」
「“やっぱり”とは?」
「彼女、力を出してるんじゃない。壊れない身体を、常に生成してるんだ」
その時、事故が起きた。
模擬敵ユニットがシステムエラーで突進したのだ。
「危ない――!」
百田二士は、反射的に、手を伸ばした。
――ゴン。
鈍い音が響き、模擬ユニットは完全に停止した。
百田の手は、ほんの少し赤くなっただけ。
「……あの」
彼女は、申し訳なさそうに言った。
「壊しちゃいましたか?」
誰も、すぐに答えられなかった。
「――試験中止」
鷹宮が静かに命じ、百田遊里は「身体強化型・異常値個体」として分類された。
その夜。百田は簡易ベッドに座り、隣の柳に尋ねた。
「……私、そんなに変ですか?」
「変じゃない」
柳は首を振った。
「……ただ、戦場に立つ理由を、自分で選べる人だと思う」
*
――第20日 09:10/旧変電施設・模擬戦場区画 D-1
「……ここ、なんか嫌な感じしません?」
金山 健一郎は、ヘルメットの下で汗を拭きながら、小声でそう漏らした。
誰も答えなかった。全員、同じ「圧」を感じていたからだ。
年齢四十歳。職業、電気工事士。
小太りで、汗っかき。
――戦闘要員としては、最下位評価の男。
「……あれ?」
柳が、ふと足を止める。
「……金山さん?」
「は、はい?」
「今……あなたの影、動きませんでした?」
金山は、慌てて足元を見る。
影は――確かに、本体の動きから数瞬、遅れて揺れていた。
観測室では、研究員が画面を拡大していた。
「影の輪郭が……マジック粒子を吸い込んでいる……?」
その時、模擬敵ユニットが起動し、施設内の照明が一瞬、暗転した。
「停電!?」
金山が、震える声で言った。
「……あの、呼ばれてる気がするんですけど」
次の瞬間。
金山の足元から、影が、床を離れて“立ち上がった”。
それは不気味な人型。だが、顔はない。
影は、ゆっくりと配電盤の方へ歩み寄り――壁に触れた。
「電圧が……勝手に再配分されている!?」
「回路を経由していない! 影が情報のバイパスになっている……!」
落ちかけた照明が、一転して安定する。
同時に、模擬敵ユニットがその場で完全停止した。
「ち、ちがうんです! 俺、こんなの知らないです! 影が……勝手に……!」
汗だくになり、金山はその場にしゃがみ込んだ。
「落ち着いて」
金山の前に、高木が立つ。
「それ、ずっと前から無意識に使ってたろ? 『影を追えば、どこが悪いか分かる』。配電、漏電、断線……全部、“影に聞いてた”はずだ」
金山は、目を見開いた。
「……これ、インフラ戦の悪夢だ」
研究主任が、戦慄と共に呟く。
物理配線を介さない制御。回路の完全掌握。
「……もう一度、意図的にやってもらいます」
鷹宮が、静かに命じた。
「え……無理です、そんなの……」
「やらなければ、ここで除外です」
西糸島方面の砲声が、微かに響く。
「……分かりました」
震えながら、金山は固く目を閉じた。
「……お願いだから、ちゃんと、戻ってきてくれよ……」
影が、再び動く。今度は、明確な「意図」を持って。
結果、全模擬ユニットは完全停止。電力系統は、一人の電気工事士の手に掌握された。
金山は、泣きながらその場に座り込んだ。
「戦場で、一番怖いのは――銃じゃない。電気を自在に止められる奴だ」
高木の私的メモには、そう記された。
この日、戦わずに勝つ力を持つ「影の使役者」が、特化隊に加わった。
本日も『福岡異世界転移史』をお読みいただき、ありがとうございます!
第一次西糸島事変――福岡の存亡を懸けた戦いは、小説家になろうに初転載になります。ファンタジーの不条理バグに対し、最後まで見届けていただければ嬉しいです。
順次、公開予定です! 面白かった! 続きが気になる! と思っていただけましたら、ページ下部より☆☆☆☆☆の評価とブックマークをよろしくお願いいたします。作者の執筆スピードが(魔法ではなく物理的に)加速します!




