第15話:極秘生体適応選定 ――「壊れない男」高木弘
――福岡県警察本部/幹部会議室 ―― 非公開協議
糸島市街地での戦闘が終結して、三日目。
福岡県警察本部七階。ブラインドを下ろした会議室には、ごく限られた幹部だけが集められていた。
最初に口を開いたのは、警備部長の鷲尾一史だった。
「……確認ですが」
声は低く、抑制されている。
「AMDI――今回、糸島で使用されたあの特殊防衛設備の存在は、本部長、副本部長、それから警備部の一部幹部にのみ共有されていた、という理解でよろしいですか」
「“設備”という言い方は、やや誤解を招くな」
副本部長の森川が応じる。
「自衛隊管轄。県庁主導。警察は協力機関という位置づけだった。敵性勢力が、魔法と呼ぶ手段を用いている以上、漏洩のリスクは極力排除せねばならなかった」
鷲尾の声には、感情が乗らない。
「住民説明、避難誘導、事後の治安維持――その全てを担うのは警察です。我々が知らない“切り札”が存在する状況は、運用上、歪みを生みます」
誰も否定しなかった。
鷲尾は、手元のメモを閉じて言った。
「一点、確認させてください。西側――侵入してきた勢力に、“話が通じる余地”はありますか」
「……なぜ、そう思う?」
「現場報告の中に、組織だった撤退行動が見えます。狂信だけでは、説明がつかない動きがある」
中原は、否定も肯定もしなかった。
「可能性論としては、否定しない」
鷲尾は、それ以上踏み込まない。
会議は、結論を出さないまま終わった。
だが、この場にいた全員が理解していた。
福岡県の治安は、政治でも軍事でもなく、いずれ警察の判断が問われる局面に入る。
* * *
――九州大学・旧医学部別棟/生体適応研究所(暫定)
夜。正規の研究棟から外れた建物の一室で、一人の男が無言でモニターを見つめていた。
鷹宮純一郎。
「……今日集められた者たちは、全員“適応”の兆候がある」
彼の前には、被験者の生体反応がリアルタイムで表示される複数のモニター。
マジック粒子密度が高い場所に長時間いた者たちの中に、特定のタンパク質や酵素が急増している者がいる。
それは兵器ではない。「適応」だった。
地下三層。外界から完全に遮断された区画で、高酸素カプセルを使った負荷試験が行われていた。
魔力振動と神経刺激を、あえて不快な周期で重ねる「位相ずらし刺激」。
多くの被験者が激しい悪寒や嘔吐、方向感覚喪失を引き起こし、脱落していく。
「基準値以下は、即時除外で構いません」
鷹宮は、感情を乗せずに言った。
その中で――一人だけ、明らかに異質な被験者がいた。
高木弘。福岡県警・警備局所属、警部補。
数値は、どれも平均値。突出はない。欠損もない。
だが。
刺激が始まる直前、彼は一瞬、呼吸を整えた。
そして、刺激が来る瞬間――力を抜いた。
筋緊張を最小化し、刺激が抜ける“隙間”に合わせて呼吸を刻む。
結果。
心拍:安定。
酵素反応:基準内。
神経位相:乱れなし。
鷹宮の指が、わずかに止まった。
次の試験。さらに強い刺激。
高木は、やはり同じだった。
無理をしない。抗わない。
だが、崩れない。
まるで――来るものを、最初から受け入れていたかのように。
「……突出した数値はない」
補佐官が言う。
「ですが、全試験を通過しています」
「平均値で、だ」
鷹宮は、小さく息を吐いた。
(最も扱いにくいタイプだ)
天才でもない。怪物でもない。
だが――壊れない。
「……興味深い」
それは、鷹宮がこの選定で初めて口にした、個人的感想だった。
「次の段階に回す。優先観察対象だ」
高木は、その言葉を聞いても、特別な反応を見せなかった。
まるで――そうなることを、最初から知っていたかのように。
この日、表向きの組織図には存在しない「対魔法特化隊」の核となる男が、静かにその場に立っていた。
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第一次西糸島事変――福岡の存亡を懸けた戦いは、小説家になろうに初転載になります。ファンタジーの不条理バグに対し、最後まで見届けていただければ嬉しいです。
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