第13話:奇蹟の沈黙と、捕虜となった王
――糸島市内・中心部
馬上のエルバート三世は、状況が理解できなかった。
「なぜだ……?」
「神の加護は……?」
周囲で、魔術師たちが次々と倒れていく。
「怯むな!」
「前へ――」
その言葉は、歪んだ表情のまま途切れた。
衝撃。
銃弾が、肩を打つ。
加護はない。障壁もない。
彼は、ただの若い王だった。
バランスを失い、馬上から地面へ転がり落ちる。
周囲で、幕僚が次々と倒れていく。
「王を――」
「王が――!」
叫びは、混乱に飲まれた。
「魔法が使えぬ……なぜだ!」
答えはない。銃声だけが、続く。
若き王は、地に伏す。
幕僚は、討ち倒される。
指揮は消え、秩序は崩れた。
叫び。混乱。逃走。
逃げ場は、もうなかった。
* * *
――掃討戦後・糸島市内
戦闘は終わった。だが、街は終わっていなかった。
糸島市中心部。交差点に横倒しになった信号機が、赤と黄を無意味に点滅させている。
アスファルトには履帯痕と蹄の跡が交錯し、破砕されたガラスと瓦礫が靴底を軋ませた。
避難所だった体育館の外壁は抉られ、入口付近には血と土が混じった痕が残る。
中は静かだ。静かすぎる。
「……住民の方、全員確認終わりました」
「軽傷者は西の臨時医療所へ搬送済みです」
淡々と報告する隊員の声が、逆に異様だった。
感情を切り離さなければ、立っていられない空気。
自衛隊と県警が合同で市内を制圧し、残存した法皇国連合兵は掃討された。
オークの死体、騎士の破損した甲冑、魔術具の残骸。
AMDI起動後、彼らは“ただの侵略者”になり、近代火器の前に屈した。
だが――勝利の実感は、どこにもなかった。
伊藤一佐は、無言で街を歩いていた。
瓦礫の山を前に、拳を強く握る。爪が食い込み、皮膚が白くなる。
(ここは、戦場じゃない……生活圏だ。市民の街だ)
焼け焦げた軽トラック。中には農具がそのまま積まれている。逃げる途中だったのだろう。
「……ふざけるな」
低く、抑えた声。隣にいた幕僚が一瞬、息を詰める。
「“聖戦”だの“浄化”だの……その言葉で、この光景を正当化できると思っているのか」
伊藤は、あえて視線を逸らさなかった。
目を背ければ、怒りが曖昧になる気がした。
* * *
――捕虜収容所
仮設の収容施設。簡易ベッドに横たわる若き王、エルバート三世。
肩から胸にかけて分厚く巻かれた包帯。浅く、時折途切れる呼吸。
致命傷ではないが、戦場に立つことはもう叶わない身体だった。
伊藤一佐は、テントの入口で一瞬立ち止まる。
左耳には小型イヤホン。胸元の迷彩服には、拳ほどの薄い装置が固定されている。
――異文化研究所と民間企業が作り上げた、携帯式自動翻訳機。
この場では、銃よりも重要な装備だった。
伊藤が一歩踏み出す。
「……確認する。貴殿が、法皇国連合軍を率いた指揮官。セルディア王国国王、エルバート三世で間違いないな」
エルバートは天井を見つめたまま、かすかに口元を歪める。
「……その声……異国の響きだが……意味は、分かる……」
彼の呟きは、即座に伊藤のイヤホンに日本語として流れ込む。
「なぜだ……なぜ、加護が消えた……なぜ、奇蹟が……応えなかった……」
伊藤の眉が、わずかに動いた。
「質問に答えろ」
言葉は冷静だが、声の奥に硬さがある。
「ここは日本国、福岡県だ。貴殿は県境を越えて侵入し、武装勢力を率いて市街地に突入した。結果として、多数の民間人が危険に晒された」
エルバートは、ゆっくりと首を動かし、伊藤を見る。
「……それが、戦だ……」
翻訳された言葉が、耳に刺さる。
「我らは、神意に従っただけ……浄めよと……示された……」
――噛み合わない。
同じ言語に変換されても、思考の地盤そのものが違う。
伊藤の胸の奥で、鈍い音がした。
(完全翻訳でも、埋まらない溝がある。文化でも、技術でもない……“価値”の断絶だ)
伊藤は一歩、距離を詰める。
「貴殿は捕虜だ。日本国および関係法規に基づき、国際法に準じた扱いを受ける」
「――私情による処刑は行わない」
エルバートの瞳が、わずかに揺れた。
「……なぜだ……」
その声は、かすれている。
「我らは……そなたの民を、傷つけた……なぜ、怒らぬ……?」
伊藤は、即答しなかった。
イヤホン越しに流れる呼吸音が、妙に生々しい。
(憎いに決まっている。この街を、ここまで壊した張本人だ)
一瞬、胸の奥に熱が走る。引き金を引く感触が、脳裏をよぎる。
だが――伊藤は、軍人だった。
「怒りで判断すれば、我々も、貴殿と同じ場所に立つことになる」
翻訳機が、その言葉を正確に、淡々と伝える。
「それだけは、許されない」
エルバートは何か言おうとして、言葉を失った。
伊藤は踵を返す。
テントを出る直前、背後で低い呻き声が響いた。
(この怒りは、消えない。だが、技術も理性も――“踏みとどまるため”にある)
外に出ると、瓦礫の街が広がっていた。
伊藤一佐は、翻訳機の電源を切らず、静かに次の現場へと歩き出した。
* * *
――西糸島防衛指揮所
「一佐。現在までの暫定集計です」
幕僚の報告は、正確で、簡潔で、感情がなかった。
「糸島市内侵入区域における民間被害――死亡者、現認分で百二十三名。重軽傷者、二百九十六名。うち、警察官四十七名。殉職者は十二名です」
伊藤は、歩みを止めず、頷く。
「建造物被害。全壊四十七棟、半壊百三棟。避難所指定施設三か所が、敵襲を受けています」
伊藤は、倒壊した住宅の前で足を止めた。
家の壁には、聖刻らしき刃痕が残っている。
ここに住んでいた人間は、神を冒涜した覚えなど、あっただろうか。
伊藤は、深く息を吐いた。
(信仰を理由に、この街を踏み潰していい理由にはならない。これは、戦争ではない。虐殺だ)
怒りが、ゆっくりと、しかし確実に腹の底に溜まっていく。
だが、伊藤は表情を変えない。
「……続けろ」
低い声で言う。
「残敵掃討と、浄化部隊の再侵入に備える。市街地を、二度と戦場にするな」
それは命令であり、同時に――自分自身への誓いだった。
怒りを、引き金ではなく、責任へと変えるために。
本日も『福岡異世界転移史』をお読みいただき、ありがとうございます!
第一次西糸島事変――福岡の存亡を懸けた戦いは、小説家になろうに初転載になります。ファンタジーの不条理バグに対し、最後まで見届けていただければ嬉しいです。
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