第9話:お披露目パレード
「すまねえな、でかくて」
馬車はゆったりしていたが、大柄なルキウスが並んで座るとどうしても窮屈になっていまう。
そもそも、ルキウス自身も長身で決して小柄ではないうえ、マントを羽織っているためぎゅうぎゅうだ。
「構わない。寄り添っていれば仲がいいように見えるだろう」
ルキウスは相変わらず堂々としている。男二人でべったり接近するのに抵抗があるアーロンとは大違いだ。
(こいつは本当に平気なんだな、自分の王妃が男でも……)
もう国民には王妃が男性で騎士団長だと発表されている。
当たり前だが奇異の目にさらされるだろう。
アーロンはもちろん、男を妻にするルキウスも。
なのになぜ平常心でいられるのか理解できない。
(やっぱり王族ってのは平民とは感覚が違うのかな)
(そもそもよく知らない平民といきなり一緒の部屋で寝るとかさ、普通は嫌じゃないか?)
すぐに寝息を立てていたルキウスの寝顔を思い出す。
(やっぱりこいつってちょっと変わってる)
アーロンは腕を組んで天を仰いだ。
「で、俺はどうしたらいいんだ?」
「沿道の国民に笑顔を向けて手を振ればいい。今日は王妃のお披露目だ」
「笑顔……」
愛想笑いは苦手なうえ、緊張していて喉がカラカラだ。
「んんっ!」
咳払いするアーロンの肩にルキウスの手が置かれる。
初見ではどこか酷薄そうに見えた薄紫色の瞳は、今や慈愛と親しみに満ちていた。
ルキウスがこんな風に見てくれているなら大丈夫だろう、と思わせる瞳だ。
自然と肩の力が抜けていく。
ルキウスがにこりと笑った。
「優雅にな。皆、新しい王妃に期待している」
「うっ……」
アーロンの一番苦手な分野だ。男ばかりの騎士団にいても、団員たちにがさつすぎると注意されるというのに。
(もうドアを蹴って開けたり、ソファの上に靴を脱がずに寝転んだりできないのか……)
気楽に振る舞っていた日々が懐かしい。
これからは周囲の人々の注目を浴び、常に監視されることになる。
「うう」
一人苦しむアーロンを、ルキウスが面白そうに見つめる。
「大丈夫だ。おまえならできる」
簡単に言うルキウスを恨めしげに睨んだ時、御者から声がかかった。
「では参ります」
馬車がゆっくりと動き出す。
門をくぐり王城の跳ね橋を渡ると、王都へと向かっていく。
(馬車に乗るのは久しぶりだな)
アーロンは鍛え上げられた騎士なので、基本的に移動は馬に乗る。一番早いからだ。
(騎士見習いの時は買い出しで馬車を使ったりしたけど……)
肘をついて車窓を眺めていたアーロンの視界に、煌びやかなブロードバンドを額につけた馬が入った。
(おっ、護衛か)
通常、パレードの前後は騎士団がつき、馬車の周辺は精鋭の近衛兵が固める。
(今回、俺の団はお披露目パレードの警護を任されなかった……)
(いつか、選ばれるようになりたいな)
ほぼ平民で構成されているフェニックス騎士団だが、それだけに優秀で根性がある者が集まっている。
(決して他の団にひけはとらないが……)
ほぼ貴族の子弟で構成される大多数の騎士団の中では、やはり軽んじられる存在だ。
(出自じゃなくて実力で選ばれるようになったらいいのにな。そういうのも変えていきたいな)
そんなことをぼんやり考えていると、わっという歓声が耳に入った。
「えっ……」
アーロンは沿道にぎっしり集まった群衆に息を呑んだ。
王国中の人間をかき集めたのではないかというくらいの数に圧倒される。
皆、アーロンに向かって笑顔で手を振っている。その目は期待と好意に満ちていた。
だが、よく見ると中には唖然としている者や、笑いを堪えている者もいる。
「やっぱり見世物じゃねえか!」
「仕方あるまい。今日の主役はおまえだ」
アーロンはごくりと唾を飲み込んだ。
同じく神託で選ばれるとはいえ、必ず王家から選ばれる王とは違い、王妃は誰が選ばれるのかわからない。
先々妃やアーロンのように、平民から選ばれることもある。
そのため、王妃選びの儀式は王国の一大イベントになるらしい。
妙齢で独身の女性なら、誰もが王妃に選ばれる可能性があるからだ。
「先王の第110代王の時代は二十五年続いたからな。久々のお祭りに皆浮かれているのだろう。新しい王妃の誕生を祝って酒や食事、お菓子や花などが振る舞われている」
「なるほどね」
二十五歳のアーロンにとっても初めて体験する新王と王妃の即位祝いのお祭りだ。
自分もこの場にいれば気楽に祝っていただろう。
ようやく落ち着いてきたアーロンは群衆に向かって手を振る余裕が出てきた。
「一生のうち、新しい王妃誕生の場に居合わせられる機会は限られているし、先王の統治は大きな問題こそ起きなかったが、いろいろ停滞していたからな。新しい風が吹くことへの期待もあるだろう」
そう話すルキウスの表情が少し翳ったことにアーロンは気がつかなかった。
笑顔を作って手を振るので精一杯だったのだ。
そのとき、アーロンは群衆の中に見知った顔を見つけた。
王都に来たばかりの時、一緒にたむろしていた仲間たちだ。
共に下働きをしたり、屋台飯を食べたり――懐かしさと同時に苦い思い出も浮かんできた。
(もう会うことはないと思っていたが、本当にそうなるんだな……)
いまだ下町にいる彼らと王妃になった自分。
十年の時を経て、これほど遠くなってしまった。
「どうかしたか」
めざとくアーロンの変化に気づいたルキウスが声をかけてくる。
「いや。まだ信じられなくてさ。王妃になったことが」
「不安か?」
肯定するのも癪でアーロンは口をつぐみ車窓に視線を戻した。
(そうか、俺は不安なのか)
これまで感じたことのない感情だ。
たった一人何も持たずに王都に来たときも、騎士見習いとして取り立ててもらった時も新しい世界への期待で胸がいっぱいで不安など感じなかった。
幼さゆえの全能感や無敵感に満ちていた。
世界が広がっていくのが楽しくて、どんなつらい思いをしてもまっすぐ前だけ向いて突き進んだ。
(それは俺が選んだ道だからだ)
他者によって生き方を変えるのはこんなにも戸惑い、恐ろしく思ってしまうのか。
(恨むぜ、女神様)
こうして笑顔を浮かべて手を振り続けるなんて向いていない。
だんだん顔が引きつってくる。
(ああ、外で馬に乗って周囲を警戒する方が楽だなあ)
アーロンは恨めしい思いで周囲を固めている近衛兵を見つめた。
いつまでの途切れない群衆の姿にだんだん疲れてくる。
「ルキウス、これはいつまで続くんだ?」
「大神殿までだ」
大神殿とは女神が降臨したと言われる場所に立った、王国一の規模を誇る神殿だ。
中央に巨大な女神像を飾った大聖堂があり、王家絡みの行事は必ず大神殿で行われる。
「そこで夫婦となった誓いを女神様に報告する」
「えっ……」
「説明を聞いてなかったのか? それで婚姻の儀が終わる」
「ハア」
そう言えば、大神殿がどうのこうのとミランダが話していた気がする。
とにかく説明事項が多く長かったので、途中で集中力を切らしていた。
ミランダに知られたらまた叱られるだろう。
「騎士団長なら行ったことがあるだろう?」
「叙勲されたときに行ったきりだけどな」
驚くほど高い天井と巨大な女神像に圧倒されたことしか覚えていない。
次に行くのは総大将になった時だと勝手に思っていた。
(まさか王妃として行くことになるとはなあ)




