第10話:大神殿へ
ようやく群衆が途切れ、大神殿に続く道に馬車が入っていく。
高い壁に囲まれた奥にそびえたつ雪山のような大神殿が見えてくる。
大神殿は女神の清廉さを表すような純白の建物なのだ。
馬車が止まり、ドアが開くと先に降りたルキウスが手を差し伸べてくる。
「行くぞ、アーロン」
「うぐ」
女ではないのだから一人で降りられると思いつつも、王の手を無視することはできない。
アーロンは仕方なく差し出されたルキウスの手に手を重ねる。
ルキウスはそのままアーロンをエスコートするように歩き出した。
ルキウスは大男を自分のパートナーとして連れ立つことに何の抵抗もないようだ。
(本当に変わった奴だよ)
居心地の悪い思いをしながら、アーロンは大人しく並んで歩いた。
大聖堂の扉はあらかじめ大きく開いており、真紅の絨毯が敷かれている。
絨毯の色は血を表し、女神の血族であるという意味らしい。騎士見習いの時に習った知識をアーロンは思い出していた。
「おい」
大聖堂に入り、中央にそびえたつ女神像に向かって歩きながらアーロンはルキウスに囁いた。
「なんだ」
「これ、手を繋がないとダメなのか?」
「夫が妻をエスコートするのは当たり前だろう?」
「そうだけど。逆の方がしっくり来るんじゃないか? 俺は護衛のようなものだし」
ルキウスはふうっとため息をつき、やれやれというように見上げてくる。
「おまえは本当に緊張感がないな。これから女神の力を授かる儀式だぞ」
「えっ何それ」
露骨に呆れた顔をされたが、知らないのだから仕方がない。
「いや、だってさ。いきなり朝になって色々説明されて、情報量が多くてわからないんだよ!」
王妃になると決めたもののまだ足元がふわふわしているのが否めない。
まるで借り物の服を着ているような違和感がついてまわる。
「で、どうしたらいいんだ? 何かするのか?」
「私についてくればいい」
そう言うと、ルキウスが迷いなく足を進める。
女神像の足元にはずらりと白い修道服を着た聖女だちが並んでいた。
その中でも一番年かさの聖女が足を進めてくる。頭につけた飾りといい、修道服の豪華さといい、おそらくは聖女を統べる聖女長だろう。
「ルキウス様、アーロン様、このたびはご結婚おめでとうございます」
深々とお辞儀をされ、アーロンはあたふたと頭を下げた。
「女神様の祝福がありますように」
その声とともに、さっと聖女たちが道を空けた。
ルキウスがアーロンの手を引いて前に進み出る。
(いったいこれから何が起こるんだ?)
内心あわあわしながらも、アーロンなんとか平静を装った。
ルキウスがそっと女神像に手を触れる。
「女神様、第111代王に選ばれたルキウス・ルナホリーと王妃に選ばれたアーロン・アディントンです。我らふたり、サンムーンド王国の繁栄を願い、この身を捧げることを誓います」
朗々とした声が大聖堂に響き、聖女たちがうっとりとルキウスを見つめるのがわかった。
ぼうっと女神像を眺めていたアーロンは足首を蹴られて我に返った。
「いてっ」
何をするんだ、と抗議の目を向けると、ルキウスが目で何やら合図をしてきた。
「?」
要領を得ず首を傾げるアーロンに、若い聖女たちがクスクス笑う。
「女神像に手を置いて、『私も誓います』と言うんだ」
顔を寄せてきたルキウスに囁かれ、アーロンは不貞腐れた顔で女神像に手を置いた。
(女神様、あんたのせいで散々だよ。ほんと、どうしてくれんだよ)
だが、もう後戻りできない。
アーロンは仕方なく口を開いた。
「誓います」
その瞬間、びしっという小さな音がアーロンの手の下から聞こえた。
「?」
ピキピキピキ――小さな音とともに女神像にヒビが入っていく。
「えっえっ」
戸惑うアーロンをよそにヒビはどんどん広がっていき、女神の首辺りでようやく止まった。
「ひっ……!」
事態に気づいた聖女たちが息を呑む。女神像は今にも崩れ落ちてしまいそうな危うい姿となってしまった。
アーロンはおろおろと手を動かした。
「えっ、あの、俺のせい……?」
ただそっと手を置いただけなのに。
(いくら俺が馬鹿力だっていっても、さすがにおかしくないか?)
まじまじと手を見ていると、聖女たちからざわめきが起こった。
「不吉……」
「女神像にヒビが入るなんて」
「男の王妃って……やっぱりおかしいんじゃ……」
彼女たちの不安が伝播する。
アーロンはぎゅっと拳を握りしめた。
(おかしいよな? やっぱり俺、間違って王妃に選ばれたんじゃ……)
「老朽化、かな」
ルキウスがさらっと言った。
アーロンだけでなく、聖女たちもハッとした表情でルキウスを見た。
顎に手を当てたルキウスが、聖女長の方を向く。
「この女神像ももう建立されて百年は経ちますよね? そろそろ新しい女神像に替え時なのでは。ちょうど即位と同じタイミングだし、いい機会だから新しい女神像を考えましょうか」
にこやかに話すルキウスに、聖女たちが落ち着いていくのがわかった。
王がまったく動じていない。そのことが安心感を呼ぶのだろう。
アーロンも例に漏れず、落ち着いてきた。
「あ――」
そのとき、天井から光が降り注いだ。




