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第11話:女神の祝福

「わっ! なんだ?」


 キラキラと金色の雪のようなものは、よく見ると小さな光の粒だった。


 手で触れようとしてもすり抜けていく。まるで雪の結晶のような(はかな)さだ。


 聖女たちの間からも驚きの声が漏れる。


「落ち着け。これは『女神の祝福』だ」


 ルキウスが安心させるように手を握ってきた。


(そ、そうなのか)


 何が起こるのか知らなかったアーロンはまだ心臓の鼓動が早い。


(すげえ綺麗だな。これが女神の力の顕現なのか)


 アーロンはちらっと聖女たちを見た。

 自分と同様、若い聖女たちが動揺するのも無理はない。


 二十五年ぶりの儀式だ。若い聖女たちにとって知識はあっても初めて見る光景なのだろう。


(指輪が……!)


 光の粒に呼応するように、薬指にはまった指輪が輝き始めた。


 ルキウスはじっと目を閉じ、降り注ぐ光を受け入れている。

 しばらくして光は消えていった。


「ほら、女神は婚姻を認めたということだ」


 ルキウスがアクシデントなどなかったかのようににこりと笑う。


(そう、なのか……?)


 アーロンは女神像のヒビをじっと見つめた。


「婚姻の儀式は終了になります。おふたりに女神のご加護がありますように」


 聖女長の言葉にルキウスがうなずく。

 大聖堂を出ると、ようやくルキウスが手を離した。


「んー、緊張した!」


 アーロンは大きく伸びをし、ハッとした。

 今のは王妃らしからぬ振る舞いだ。


 慌てて居住まいを正すアーロンをルキウスが見た。


「これで私たちは正式な王と王妃になった」

「女神様のお墨付きってことか」

「これからよろしく頼む」


 改めてルキウスに言われ、アーロンは思わずうなずいていた。


「おう。おまえは俺が守る」

「それは夫の台詞だがな」


 ルキウスがくすくすと笑う。


「これで儀式は終わりか」

「ああ。帰りは裏の街道を通って帰る。窓にもシェードがかかるから楽にしていろ」


 ルキウスの言葉にホッとしながら、アーロンは馬車に乗り込んだ。


「ところでさ、さっきの光ってなんだ?」

「あれは女神の力を授かる儀式だ」

「女神の力?」

「おまえも習ったことがあるだろう。女神はこの国を滅ぼそうとした大妖魔を封じ込めた。そして代々、自分の末裔に力を授ける」

「そう言えば、聞いたことあるな」


 教養として王国の歴史として講義を受けたが、おぼろげにしか覚えていない。


「じゃあ、大妖魔を倒せる力をもらったってことか?」

「そうだ」

「マジか!」


 思わず自分の手を見たアーロンに、ルキウスが苦笑した。


「残念ながらそれは王だけの力だ」

「えっ、じゃあ俺は?」

「これまでの歴史の中で、王妃に何らかの力が宿ったとの記録はない」

「え、なんで? 俺にも光は降ってきたけど?」

「王が王妃を守れということだろう」


 アーロンは納得がいかず、鼻の穴を膨らませて唇を尖らせた。


(なんだよ、それ。王妃って力ももらえないのかよ)


 なんとなく自分が不甲斐なく感じた。

 子どもも産めない、女神の力もない。


(じゃあ、なんで俺は王妃に選ばれた? 王妃の仕事ってなんだ? ただそばにいて守られるだけなのか? 冗談じゃねえ)


 アーロンは憤然と腕を組んだ。


(そもそも、男である俺が王妃に選ばれた意味がなんかあるはずだ)


 鼻息が荒かったのか、ルキウスがちらりと見てきた。


「不満げだな」

「そりゃそうだろ。王妃ってお飾りなのかよ」

「それはおまえ次第だな」


 ルキウスが試すように微笑む。


「でもさ、俺何もできないし」

「私のそばにいるだろう? それで充分だ」


 あまりに甘い言葉にアーロンは驚いた。


 ルキウスは、アーロンに妻の務めを求めなかった。そして今、たとえ無能であっても構わないとまで言っている。


 ふと思い返すと、これまで誰かに守られたことはなかった。

 親からも、王都に来た時も、騎士見習いになった時も誰も守ってはくれなかった。


(そうか、これが守られるって絶対的な味方がいるってことか)


 今まで感じたことのない、心地のいい安心感が満ちてくる。

 なんとなくくすぐったい気分で、アーロンはもぞもぞと体を動かした。


「おまえ、女ったらしって言われなかったか?」


 照れくさくてついぶっきらぼうに言ってしまう。


「そんな風に言われたことはないな」

「ふーん」


 絶対にモテていたはずだ、と思う。あのお堅い聖女たちだってうっとりとルキウスを見つめていた。


(恋人とかいなかったのかな)


 もやもやしてしまい、アーロンはハッとした。


(なんで過去の女を気にしてるんだよ、俺!)


 まるで夫の昔の恋人に嫉妬する女みたいではないか。


 変な想像を振り払おうとバシバシと頬を叩いていると、手をつかまれた。


 ルキウスがじっと見つめてくる。その目には若干の怒りがあった。


「やめろ、自分を傷つけるな」

「えっ、別にこれくらいたいしたことじゃ」

「ダメだ。おまえは私の妻だ。大事にすると誓った」


 優しく手を下ろされ、アーロンは顔に血が上るのを感じた。


(これ、俺が女だったらすげえ嬉しいんだろうなあ……)

(俺は男だがかなり気分がいい)


 すごく美しく優しい夫が自分を気遣い守ってくれる――。


(なんか王妃ってのも悪くないのかな)


 呑気にそう思っていたアーロンだったが、翌日からのハードスケジュールを知るよしもなかった。

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