第7話:騒動
「ええっ、こんな派手な服を着るのか!」
アーロンは悲鳴のような声を上げた。
部屋に戻るなり、超特急で仕立てあげられた王族の礼服を着せられたのだ。
王妃になったことを後悔するような華やかな刺繍の入った服だ。
上品でいて優美な服に、自分が見合っていない気がして落ち着かない。
そわそわと服を引っ張ったりするアーロンを、ミランダがキッとにらんでくる。
「これでも地味なんですよ。男性用ですから! 本当ならもっとレースをふんだんに使った華やかなドレスを着ていただくつもりでした!」
さっと出されたふわふわのピンク色のドレスに、ルキウスの顔が引きつる。
「私どもはこちらを着ていただいても構いませんが?」
「わかったわかった、これでいい!」
恫喝に近いミランダの言葉に、アーロンは慌てて矛を収めた。
朝食を終えたアーロンに待っていたのは、王妃のお披露目の準備だった。
「ちょっと待てよ、昨日の今日でもうお披露目なのか!?」
アーロンの抗議にミランダがため息をつく。
「当たり前ですよ。昨日、王妃選びの儀が行われたことは周知の事実。国民たちは新しい王妃を一刻も早く見たいんです!」
わくわくしている国民たちの前に現れるのがむくつけき大男。
皆の落胆する顔が浮かび、胃がきゅっと痛んだ。
いや、それどころか指を差して笑われるかもしれない。
(王より大きい王妃様だよ! とか子どもたちに言われそうだ……)
ミランダがてきぱきと予定を説明してくれる。
「王と一緒の馬車に乗っていただき、王都の大通りを通りながらゆっくり顔見せします」
「さ、さらし者じゃねえか!」
てっきり城のバルコニーから手を振るくらいだと思っていたアーロンは悲鳴のような声を上げた。
「そんなことはありません。立派なお姿を見せて国民を安心させてください!」
アーロンはげっそりとして椅子に腰掛けた。
背中を丸めて深いため息をつく。
(俺、じっとしているのが性に合わないんだよな……)
(たらたら馬車とか……馬に乗ってかっ飛ばしたい)
うじうじしているとルキウスが部屋に入ってきた。
「どうだ、用意はできたか」
華やかな礼服に赤いロイヤルマントを羽織ったルキウスは王の風格と威厳に満ちていて目を奪われる。
さしもの侍女たちもうっとりとした眼差しを送っていた。
ルキウスはめざとくアーロンの異変に気づいた。
「なんだ、その情けない顔は」
「だって俺……王妃なんて柄じゃないし」
「堂々としていろ。女神様に選ばれたのだから」
アーロンは薬指の指輪を恨めしげに見た。
「行くぞ。馬車の用意はできている」
ルキウスが白い手袋をはめた手を差し出してきた。
「うう」
王妃としてやっていくと決めたばかりなのに、いきなり出鼻を挫かれた気分だ。
アーロンは手を引かれるようにして部屋を出た。
城を出ると、立派な八頭立ての馬車が用意されており、護衛の近衛兵たちがずらりと並んでいた。
更には見送りに来たのか、王族や高官たちの姿もある。
一応笑顔を浮かべているが、やはり微妙な空気が流れている。
(そうだよな、俺だってこの場にそぐわないってわかる)
歴代初めての男の王妃誕生に誰もが戸惑いを隠せない。
馬車に向かって歩きだそうとした時、アーロンに近づく人影があった。
「……ダリル!」
目の前にやってきたのは、正装をしたブラックホーク騎士団の団長のダリルだった。
ブラックホーク団は全員が侯爵以上の爵位を持った家の出だ。高位の貴族の子息揃いで騎士団の中でも地位が高い。
ダリルは騎士見習いの時に同期だったが、当時からずっと平民のアーロンを見下し嫌がらせをしてきた。
目が合うと、ダリルが嘲るように笑みを浮かべた。
「ぷっ。似合ってないな。やっぱり爵位がない奴はダメだな」
自慢の金髪をきっちり整えたダリルがじろじろ見てくる。
ダリルは公爵家の次男なのを鼻に掛け、何かにつけつっかかってくる。
「ずいぶん出世したもんだな」
笑いをこらえるように口に手を当てるダリルに、アーロンはぎゅっと拳を握りしめた。
殴りかかりたいのをぐっと堪える。
「平民のおまえにとってはすごい出世だな。女神様の靴でも舐めたのか」
あまりに下卑た言葉に堪忍袋の緒が切れそうになった瞬間だった。
「私の妻に何か用か」
冷ややかな声がにらみ合うふたりを我に返させた。
ルキウスが静かにダリルを睨めつけていた。
そして、ルキウスの周辺には侍従のイアンはもちろんのこと、近衛兵だちが集まっていた。
皆、剣に手を当てている。
そしてその視線が集まる先にいるのはダリルだ。
一触即発のビリビリとした緊張が場を支配している。
緊迫した状況にダリルの喉仏が大きく動く。唾を飲み込むごくりという音がアーロンにまで聞こえた。
ダリルはようやく自分の立ち位置に気づいたようだ。王族への侮辱はその場での成敗が許されている。
「アーロンを……王妃を愚弄する気か?」
「め、滅相もない」
蒼白になったダリルが慌てたように手を振った。みっともないくらい腰が引けている。
いつも傲慢で自信満々なダリルのこんな情けない姿は初めて見た。
「妻への侮辱は私への侮辱とみなす。二度はないぞ」
ルキウスの言葉に声もなくダリルが頭を何度も振る。
「は、はいっ!」
「今日は記念すべき王妃のお披露目だ。血を流しては幸先が悪い」
汚らわしいものを払うように、ルキウスが手を振った。
「だから今回は見逃してやる。すぐに下がれ」
「承知いたしました!」
ダリルが尻尾を巻いた犬のように逃げていく。十年来の付き合いで初めて見る、ダリルの負け犬姿だった。




