第4話:王宮での朝
翌朝、侍従が起こしに来るまでアーロンは熟睡してしまった。
(俺としたことが……!)
いまだかつてない上等なベッドでの寝心地が最高すぎた。
慌てて飛び起きるアーロンに、入ってきた侍従が微笑みかける。
「アーロン様初めまして。ルキウス様の侍従をしております、イアンです」
着替えを手に自己紹介してきたイアンは栗色の髪をした美青年だった。
(なんだ、この麗しい男は……!)
思わず目が吸い寄せられてしまう。
貴族でもなかなかお目にかかれない美麗な青年だ。年の頃は同じくらいだろう。
あまりにアーロンが凝視するので、イアンが困ったように微笑んだ。
「私は月の王家で子どもの頃から仕えておりまして。以後、お見知りおきを」
「月の王家……」
ルキウスといい、月の王家は容姿端麗な人間ばかりなのだろうか。
先王は日の王家出身だったので、月の王家の人間を目にする機会がほとんどなかった。
「もしかして、身の回りの侍従たちは月の王家の者ばかりなんですか?」
アーロンの問いにルキウスが当然のようにうなずく。
「おまえの侍女たちも皆そうだ。月の王家で働いていた者たちばかりだから気心が知れている」
「はあ……」
日の王家と月の王家が交互に王位に就くのは知っていたが、どうやら身の回りの世話をする者たちもごっそり入れ替わるらしい。
(まあ当然か。昔から知っている信頼できる者たちをそばに置くのは)
サンムーンド王国は二つの王家による珍しい王制度を取っているが、こうやって交互に王家が入れ替わることによって風通しはよくなるだろうし、権力も分散される。
(だが、政策は方針がころころ変わるだろうから下の人間は大変かもな)
先王の統治は二十五年続いたから、アーロンにとっては初めての新しい王となる。
(お手並み拝見だな)
他人事のように考えていたアーロンだったが、自分が王妃だという事実に気づいて顔をしかめた。
自分もきっと周囲の人間から値踏みされるのだろう。
「お疲れでしょうから、今日は寝室に朝食を運ばせますね」
イアンが気遣うように微笑む。
ああ、どうも――そう言いかけてアーロンはハッとした。
「……っ!」
一拍遅れてイアンの言った言葉の意味に気づく。
(してない! 疲れるようなことなど何もしてない! 断じて!)
誤解を解きたくてルキウスを見たが、しれっと着替えを終えて席についている。
仕方なくアーロンはもそもそと席についた。
(そうだよなあ。誤解されるよな。なんで寝室が一緒なんだろ)
慣例なのかもしれないが、自分のような特殊なケースに限っては融通を利かせてもらいたいものだ。
(まあ、そのうち誤解も解けるだろ)
アーロンは必要以上に考えないことにした。
(それより今は食事だ)
昨晩の夕食では全然足りず、ずっとお腹が空腹を訴えているのだ。
ふんだんにレースを使った美しいテーブルクロスがかけられ、てきぱきとカトラリーが並べられていく。
「お飲み物は何になさいますか?」
「えっ、水で――」
「では、レモン水にしろ。疲れに効く」
ルキウスの言葉に侍女がうなずいて下がる。
慣れない給仕におたおたしているアーロンにルキウスが声をかけてきた。
「食後の飲み物は紅茶、コーヒー、ココア、ミルク、ハーブティーがある。酒もあるが朝はやめておけ」
「……」
騎士見習いになってからずっと、朝は騎士団の食堂で食べていた。
皿にベーコンやウィンナー、目玉焼き、焼き野菜を載せてもらい、パンを手に取り食べていた。
そんなシンプルな朝食とは対照的に、スープと前菜から始まり、次々と見たことのない凝った料理が出てくる。
(さすが王妃の食事は違う……)
アーロンは黙々と舌鼓を打った。
「うまいか?」
ルキウスに声をかけられ、アーロンは頬張りながらうなずいた。
「さすが王宮の料理人ですね。俺にはもったいないくらい繊細な味がする」
ふう、とアーロンは息を吐いた。だが、量が圧倒的に足りない。
「パンってもっともらえたりします?」
「いくらでも」
ルキウスが目配せすると、籠にどっさり入ったパンが運ばれてきた。
「どのパンになさいますか? こちらから、塩パン、白パン、黒パン――」
「全部くれ。籠ごと」
目を丸くする侍女からパンを受け取るとぽいぽいと口に運んでいく。
とにかく腹ごしらえしないと始まらない。
(ああ、現実とは思えないな……)
昨日までは騎士団の宿舎で気楽な一人暮らしだったというのに、今や目の前には王、周囲には侍女たちがいてずっと誰かの視線を感じている。
ふと、自分の住まいのことが気になった。
「あっ、俺の部屋はどうなるんでしょう? 宿舎で一部屋もらってたんですが」
「心配するな。荷物は全部まとめて王宮に送ってもらう」
既に住居について把握されていたようだ。やはり生活をすべて王宮に移行することになるらしい。
(……もうあの部屋に戻ることはないのかな)
切ない思いがこみ上げたが、食べる速度は変わらない。
空腹は前線で戦う騎士にとっては死を意味する。体力が尽きたら終わりだ。
十三歳から一人で生きてきたアーロンが得た知恵だ。
どんなにつらくても疲れていても、絶対に食事はしっかり食べることにしている。
「ふう」
デザートのフルーツまで食べ終えると、アーロンは頼んだコーヒーに口をつけた。
気づくと、イアンは席を外していて二人きり。
今しかない!
「あのっ、ルキウス陛下」
アーロンはずっと気になったことを聞くべく口を開いた。




