第37話:急報
「ルキウス様! アーロン様が捕らえられたとの報告が!」
いきなり飛び込んできた凶報にルキウスは耳を疑った。
真っ青になったエレノアが詳しい状況を説明してくれる。
アーロンがダイアンに切りつけたと聞き、ルキウスは大きく首を振った。
「アーロンがそんなことをするわけないだろう!」
「もちろんアーロン様は否定されていますが、状況証拠とダイアン嬢の証言がありまして……」
「そんな馬鹿な話があるか!」
思わず感情的になってしまったルキウスは、自分の叫びにハッとした。
(これは罠だ)
恥をかかされたとアーロンを逆恨みしたダイアンの仕業だろう。
侍女を下がらせご丁寧に二人きりになったのも計算ずくだ。
(油断した……!)
おそらくは無意識に我が儘な世間知らずの小娘だと侮っていたのだろう。
なんの警戒もせずにアーロンを毒蛇の元へと送り出してしまった。
(私が同席していれば……!)
慎重に対処するならそうすべきだった。
「申し訳ございません!」
エレノアががばっと頭を下げる。
「私が謝罪を受け入れるよう勧めてしまったせいでこんなことに……!」
「いや、あなたに責任はない」
公爵令嬢が悪意を持って王妃を破滅させる罠を仕掛けるなど誰が予想できようか。
しかも自分で自分を切るという思い切った手段で。
(そこまで恨みに思っていたのか、アーロンを)
エレノアが蒼白な顔で胸の前で手を組んだ。
「どうしましょう。密室の出来事ですし、どうやって疑いを晴らせば……」
「落ち着け、エレノア。何か手はあるはずだ」
おろおろするエレノアを宥めつつ、ルキウスは内心歯がみをしていた。
(だが、明らかにまずい状況だ。夫である私がダイアンに直接自白を促せば更に疑いがかかる。権力を使ったもみ消しと思われる。ダイアンの両親に話を聞くか? それとも)
必死で考えを巡らせていると、いきなりドアが開いた。
ノックもせずに入ってきたのはカーティスだった。
その端正な顔からは血の気が引いていた。
「ルキウス様、妖魔が出現したとの知らせが!」
「なんだと!?」
立て続けの急報に、思わず声がうわずる。
「どこだ? まさかまた王宮――」
「いいえ、大妖魔の封印場所付近の森です」
ルキウスはぐっと詰まった。更に悪い知らせと言えよう。
(やはり封印が解けかかっているのか?)
「どうされますか、ルキウス様」
「……」
アーロンのことを放ってはおけない。だが、立て続けの妖魔の出現は放置しておけない。場合によっては国の存亡をかけた戦いになるかもしれないのだ。
「王宮付近で待機している騎士団に出動命令を出せ」
ルキウスは小さく息を吐き、一瞬で覚悟を決めた。
「私も同行する。封印をこの目で確かめる」
「承知しました!」
一瞬ハッとした表情になったカーティスだったが、すぐさまうなずいた。
今や、大妖魔と戦える力を授けられたのはルキウスだけ。
ルキウス自身が現場に足を運ばねば、何も判断できない。
「おまえは王宮に残れ。近衛兵は五人だけ連れていく。前回は王宮に妖魔は現れた。警備を手薄にするな」
「はい!」
伝令を飛ばしにカーティスが部屋を出ていくと、ルキウスはエレノアに向き直った。
「私は封印場所に行かねばなりません。アーロンのことを頼んでもいいでしょうか」
「わかりました!」
エレノアが胸の前できゅっと手を握りしめ、決意を秘めた表情になった。
「私が必ずアーロン様をお守りします。お気を付けてルキウス様」
「ありがとう、エレノア」
(すまないアーロン。すぐに戻ってくるから――)
そのとき、ルキウスはハッとした。
あまりに立て続けに危機が訪れすぎていないか。
(アーロンが罠にかけられたと同時に妖魔の出現)
(私が王になってから急に王宮内が荒れ出した)
(やはり私が……)
目の前がぐらぐらと揺れる。
自分のようなろくでもない親から生まれた王子が、王になどなってはいけなかったのだろうか。
闇に沈みそうな心に、一筋の光が差した。
それはアーロンの言葉だった。
(嵐が来る。だからこそ私が選ばれたとおまえは言ってくれた……)
闇に飲み込まれそうだった自分を、力強い腕が引き上げてくれる。
あの幼かった日に、湖から引き上げてくれたように。
(アーロン、待ってろ。絶対に助けるから!)
ルキウスはマントを羽織ると、執務室を出た。




