第36話:ダイアン
数日後、アーロンは王宮の一室でダイアンを会うことになった。
「お時間を取っていただきありがとうございます。アーロン様」
しずしずとダイアンが入ってきた。
少しやつれただろうか。服装も派手なものから一転、シンプルなワンピースになっている。髪は結い上げず、後ろで縛っている。
「どうぞ、ダイアン嬢」
ソファを勧めると、ダイアンが後ろをついてきた侍女を振り返る。
「アーロン様と二人きりになりたいから、おまえはお下がり」
そう言われ、お付きの侍女が一礼して部屋を出ていく。
かなり気位の高いダイアンのことだ。頭を下げる姿を侍女に見られたくないのかもしれない。
ダイアンがきゅっと手を前で握りしめた。
「私の幼く愚かな行動によって、不愉快な思いをさせてしまったこと、心から申し訳なく思っております」
深く頭を下げられ、アーロンはソファから立ち上がった。
「いや、もう気にしていないから。それより大丈夫だったか? まさか死んだ蛇が飛ぶとは」
顔をしかめると思ったダイアンだが、意外にもくすっと笑った。
「あれには本当に驚きましたわ」
「悪かったな。あんなことになるとは……」
「事故ですわ。それか、私に対する天罰かも。女神様に選ばれた王妃様に失礼なことをしてしまったから」
ダイアンがまっすぐアーロンを見た。
「本当は合わせる顔もなかったんですけれど、こうしてお時間をとっていただいたおかげで直接お話しできて感謝しております」
ダイアンがちらっとドアの方を見た。
「邪魔者もいないようですね」
「え……?」
ダイアンがすっと袖の中から取りだしたのは小さなナイフだった。
「あなたが悪いんですよ。私だけでなく、婚約者のダリルにまで恥をかかせて」
「ダリル……?」
アーロンはハッとした。
「ブラックホーク騎士団の?」
自分を目の敵にしていたダリルはお披露目パレードを外され、それ以来どうしているのか聞いていない。
(ダイアンの婚約者だったのか!)
にやりとダイアンが笑う。
おもむろにダイアンがナイフを自分の手に当てた。
「やめろ!」
アーロンが飛びつくと同時にダイアンが自分の腕を切った。
慌てて手首をつかむと、血の付いたナイフが床に落ちた。
「きゃああああああ!!」
ダイアンが金切り声を上げる。アーロンは反射的にダイアンの手を離した。
「助けて!!」
騒ぎを聞きつけた侍女や兵士が部屋に雪崩れ込んできた。
全員の目が呆然と突っ立っているアーロンと、その前でうずくまっているダイアンに注がれる。
ダイアンが泣きながら床を這う。
「誰か助けて! 王妃様が私にいきなり切りつけてきて!」
「なっ……!」
血まみれの腕を押さえながら、ダイアンが涙ながらに訴える。
侍女たちに守られるようにしてダイアンが連れて行かれた。
取り残されたアーロンは兵士たちに取り囲まれた。
いずれも戸惑いの表情を見せているが、それでもアーロンに対して警戒を怠っていない。
「王妃様、お話を聞かせていただきます。別室へ」
断固たる口調で兵士長がアーロンを促す。
「俺は何もしていない!」
必死に叫ぶ自分の声が虚ろに響く。
(やられた……)
見事な狂言だ。
二人きりの密室。屈強な騎士団長とか弱い公爵令嬢。傷を負った令嬢が襲われたと言えば、誰が疑うというのだろう。
しかも、アーロンがダイアンから嫌がらせをされた事実は皆が知っている。
アーロンがカッとなって謝罪に来たダイアンを傷つけた――簡単に浮かぶシナリオだ。
(衝動的なものじゃない。周到に練られた罠だ)
しおらしくダイアンが謝罪すると考えた自分が甘かった。
「ルキウスを呼んでくれ」
「王妃様」
兵士長の目が光る。
「相手は公爵令嬢です。王の権威をもってしても看過できる事態ではございません。事件を握りつぶそうなどと考えられては困ります」
「違う! 俺は本当に何もしてないんだ。ダイアンが勝手に――!」
自分に向けられる白い目に、無実を主張すればするほど不利になっていく。
(どうしたらいいんだ!?)




