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第35話:思わぬ連絡

 翌日、朝食後にアーロンはルキウスを森に誘った。


「少しなら構わないが……授業は?」

「エレノアには許可をもらった。午前中ならいいって」


 ルキウスと内密の話をしたいこと、加えて気晴らしをしたいと話すとエレノアは快諾してくれた。おそらく、彼女はアーロンが何を話すのか薄々気づいているのかもしれない。


「護衛は連れていくけど、手前までな」


 馬に乗ったアーロンが案内したのは、森の奥にある小さな泉だ。

 そこだけ木々の隙間を抜けて日があたり、どこか神秘的な雰囲気がある。


「いい場所だろ! しんどくなったらここで休んだりしていたんだ」


 馬を降りたルキウスがゆっくり泉のそばへと近づいていく。


「なるほど。ちょうど座れそうな岩もあるな」


 岩に腰掛けたルキウスがそっと空を見上げる。

 護衛たちの姿も見えず、しばし小鳥のさえずりに耳を澄ませた。


「たまにはこういう時間もないとな! 息が詰まる」


 王族が一人になれる時間は少ない。いつも誰かの目があるし、暗殺も警戒しなくてはいけない。

 ルキウスがふっと笑った。


「腕の立つおまえがそばにいるから、護衛たちも遠ざけておける。おまえが王妃でよかった理由がまた見つかったな」

「まーな」


 確かにアーロンがか弱い女性なら、ルキウスはもっと神経を研ぎ澄ませる必要があるだろう。常に王妃を守らなくてはと気を張らなくてはならない。


(ま、俺が王妃で少しでもルキウスがくつろげるならよかった)


「何かあったのか? わざわざおまえから気晴らしを提案したんだ。何か話があるのだろう?」


 アーロンは周囲を窺い、声をひそめた。


「前に言ってただろ? 先王の時代、腐敗が横行して今それを正すって」


 アーロンは昨日孤児院で見聞きしたことを話した。


「やっぱり不正をして私腹を肥やしている者がいるってことだよな?」

「だいぶ調べがついてきた。不正を行っている人間はやはり日の王家に繋がっている」

「だよな……」


 先王たちが見て見ぬ振りをしていたのか定かではないが、これほど大がかりな不正は治世を行っていた日の王家の人間が関与していなくては無理だ。


「一部の豪商から賄賂をもらい、帳簿の改ざんなど行っているようだ。しかも他国まで絡んでいる可能性がある。証拠を集め、今後の議会で徹底的に追及するつもりだ」

「俺も手伝うよ。孤児院の件を何とかしたい」

「では、イアンに話しておこう」


 ルキウスが着実に国の立て直しを図っているのを知れて、アーロンはホッとした。


(やっぱりこいつ有能だよなあ)


「おまえ、すごいよな。大変だろ。ずっと王になったらやりたかったのか?」


 ルキウスが即位したのは王妃を決める儀式の一ヶ月ほど前だ。つまり、即位してすぐに問題に着手していることになる。


「半分は自分のためだ。王にふさわしい清廉潔白な人間と思われる必要があった」

「へ?」

「私の父の話は聞いたか、アーロン?」

「先々王のヴィクトル様だろ?」

「彼の噂は?」

「あ――」


 カーティスから聞いた話が思い出される。

 王族殺しの疑惑の王と言われていた。


「その様子では聞いているな。その過去のせいで父に恨みをもっている人間がたくさんいるんだ。当然、息子の私にも厳しい目が向けられている」

「そんな……!」


 理不尽な、と言いかけてアーロンはぐっと詰まった。


 息子を殺そうとするイリーナが母で父が王族殺しの噂持ち。あのふたりが親だと色眼鏡で見る人間がいてもおかしくない。


「だからこそ誠実な行動をとり、実績を作るしかない。私は立派な王になりたいんだ。この国を守りたい」


 完璧な王――それがアーロンから見たルキウスだった。

 だが、陰でこんなに苦労しているとは知らなかった。


(おまえはほんと、そういうところを見せないよな)


「俺も手伝うよ」


 アーロンはルキウスの肩に手を置いた。


「おまえを支えるし、さすがあのルキウス様の妻だって言われるよう頑張る」

「頼もしいな」


 微笑んだルキウスが手を重ねてきた。


*


 その夜、張り切って帳簿を見ていたアーロンの元に意外な連絡が来た。


「ダイアンから……?」


 お茶会の蛇の一件から沈黙していたダイアンから手紙が来たのだ。


「こちらお手紙になります」


 ミランダから手渡され、アーロンはおそるおそる公爵家の封蝋がされた封筒を開けた。


(なんだ? 謝罪に来いとでも? それとも賠償とか……)


 ぱっと手紙を開くと、『謝罪』という文字が目に飛び込んできた。


(やっぱりな! さて、どうするか……)


 改めて手紙を読み直したアーロンは自分の勘違いに気づいた。


「んん……? 謝罪をしたい?」


 手紙には自分の浅はかさを悔い、王妃に対して失礼な態度を取ってしまったことを直接謝りたい旨が丁寧にしたためられていた。


「マジか」


 あれから両親にたしなめられたのだろうか。


「どうしたもんかな」


 正直、アーロンは嫌がらせを特に気にしていない。


「気にしてない、って手紙を書けばいいのか」


 だが、直接出向くと言っている相手に対し、会う必要はないというのも素っ気ない気がする。


「どうしたらいいんだ? わからねえ……」


 悩んだ末、アーロンはエレノアに相談することにした。


「ダイアン嬢から手紙が? ずいぶん気落ちしていたみたいですから、自分のしたことの大きさにようやく気づいたのかもしれませんね」

「これってどう対応したらいいんだ? 手紙でいいかな?」


「……ダイアン嬢は良くも悪くも令嬢たちの間で影響力がある人。ここで王妃が会うのを拒否したら、王妃は冷たい人間だと思われそうですね。面倒ですが、時間を作ってさしあげては? そんな改まった場にする必要もないですし。少し時間を取って顔を合わせて仲直り。それが一番波風が立たないかと」

「なるほど」


 やはり顔を合わせ、はっきり謝罪を受けたほうがいいようだ。


「助かったよ、先生。じゃあ、時間を取る」


 アーロンはエレノアの指導のもと、ダイアンへの返事を書いた。


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