第34話:視察
「じゃあ、行ってくる」
三日後、アーロンはマーガレットたちと一緒に王都へ視察に行くことになった。
いずれもパーティーで見知った婦人たちで、全員教育庁の仕事もしている。
屋敷の切り盛りという女主人の仕事と両立させている人たちだけあり、てきぱきと手続きをしてくれた。
王都に行くだけなので護衛は断ったが、どうしてもと言われて近衛兵を二名連れていくことになった。
馬車で王都の入り口に降り立つと、周囲の人々が一斉に驚きの目を向けてくる。
「お、王妃様……?」
「王妃様がなんで……」
それでなくともアーロンは背が高くて目立つ。数人が無邪気に「王妃様ー!」と駆け寄ってきたので、慌てて近衛兵が物見高い民たちを下がらせてくれた。
(王妃ってこんなに注目されるのか。いや、当たり前か)
アーロンは騎士団長だったが、先王夫妻を身近で見たことがない。
せいぜい護衛の時に遠くから拝謁したくらいだ。
しかも行事ではなくふらっと王都に来るなどあり得ない。
民たちが興奮するのも無理はなかった。
「王妃様ーーーー!」
「アーロン様!」
あちこちで声がかかり、反射的に手を振るとわっと歓声が上がった。
思わぬ激しい反応に、あわあわするアーロンに近寄ってきたのはマーガレットたち教育庁所属の婦人たちだった。
「大人気ですわね、王妃」
マーガレットが穏やかに微笑んでいる。
「もっと密かに来ていただきたかったけれどあなたは目を引くし、仕方ありませんわね」
「い、いやあのすいません……」
「ふふ、やっぱり王妃様が来ると大変な騒ぎになるわねえ」
マーガレットは予想していたようで、落ち着いた様子で民たちを見回す。
「近衛兵は二人だけ? こんなふうに身軽に王都に現れる王妃様なんて初めてじゃないかしら」
「ですよね……」
騎士団長時代にもし王妃が視察に行くとなったら、大騒動になっただろう。
護衛の編成、ルートの安全確保、いざという時の逃走経路――考えることは山ほどある。
マーガレットが連れてきた護衛たちが慣れた様子で民衆たちを整理し始めた。
「いやあの、まだあんまり自覚がなくて申し訳ない」
こんな騒ぎになると思わなかったアーロンは頭を下げた。
「悪いことばかりではないわ。王妃様が孤児院を気に掛けているということが周知されることになりますし」
「今日はよろしくお願いします」
神妙な面持ちで言うと、マーガレットたちが優雅に微笑んだ。
「では、まずは孤児院に行きましょう」
王都に孤児院は一つしかない。王都の外れにあるその場所にアーロンは見覚えがあった。
(ここなら知ってる……)
十三歳のとき、王都に辿り着いたアーロンはほぼ無一文だった。
それで頼る場所を探し行き着いたが、孤児院に入れるのは十歳までと言われたのだ。
仕方なく下町をうろつき、同じような境遇の孤児たちが根城にしている小屋に辿り着いた。
(あの時、孤児院に入れたらもう少しマシな暮らしができただろうな)
アーロンは孤児院を見回した。
孤児院の敷地には、中に入れず食事のおこぼれを待っている浮浪児たちがちらほらいた。
(オレみたいに行き場のない子どもたちが今もやっぱりいる……)
そのことに思いを馳せなかったわけではない。だが、自分が生きるのに精一杯だった。
(でも今の俺なら……王妃なら……)
孤児院の状態を見たご婦人たちは一様に顔をしかめていた。
「ひどい……」
「ええ」
飢えた子どもたちがうろうろしているだけではない。
建物のあちこちが傷み、今にも崩れそうだ。
マーガレットが目を細める。
「おかしいわ……。孤児院の補修費用は確保されているはずなのに」
皆が同じことを思っているのは明らかだ。
「……これは調べる必要がありますね」
先王の時代、王が政治に関わらないのをいいことに、好き放題不正をしていた奴らがいるとは聞いていた。
だが、腐敗を目の当たりにして、アーロンは衝撃を受けた。
(平和な世界だと思っていたけれど……ハリボテだったってことか)
アーロンはぎゅっと拳を握った。
*
そのあと、アーロンは何かしたくて急遽食べ物を差し入れた。
焼け石に水だとわかっていたが、何かせずにおられなかった。アーロンは孤児院の許可をとって炊き出しもした。
すぐに子どもたちが集まり、貪るようにしてスープとパンを食べる。
(ご飯ですらまともに食えない子どもがこんなに……)
やるせない思いを抱え、王宮に戻ったアーロンはさっそく報告書と改善案に取りかかった。
「まずは孤児院に適切な支援を! それから孤児院が足りない! 誰でも通える学校も!」
意気込むアーロンの話を静かに聞いていたルキウスが口を開いた。
「むろん福祉事業にも力を入れるつもりだ。だが、まずは計上されている予算が適切に運用されていない実態を調査する必要があるな」
「そうなんだよ! 建物はあちこちガタがきてるし、食料もギリギリ。人手も足りてない」
アーロンは報告書を握りしめた。
「苦しんでいる弱者の声は上に届かない。定期的な視察もしたい」
「では、それが王妃としてのおまえの最初の仕事になるな」
ルキウスがペンを取るとサラサラと書類にサインを書いた。
「おまえを教育庁の顧問に任命する。長官であるマーガレットたちと連携をとって福祉計画を練って遂行するように」
「あ、ありがとう! あとさ、予算が下りるまで俺の小遣いを孤児院に寄付したいんだけど」
ルキウスが軽く肩をすくめる。
「好きにしたらいい。それも王妃の特権だ」
アーロンはこくりとうなずいた。
自分はまだ王妃になったばかり。視野も狭い。できることは限られている。
だから、せめて自分の目と手が届く範囲だけでもよくしたい。
(騎士団と孤児たちへの支援……)
その二つだけでも大変だ。
(国中に目を光らせる王って本当にすごいんだな……)
書類に目を通すルキウスを尊敬の眼差しを向ける。
彼の精神的な負担はいかほどだろう。
(ああ、先王が側近たちの言いなりだったのもわかる……。やりたいならともかく、神託で選ばれてこんなしんどいことやってられないよな)
王たる自覚のないものが王位に座する――それは罪に等しいのではないか、とアーロンは思った。
(被害をこうむるのは弱者。国が傾けば最悪他国につけ込まれることも有りうる)
アーロンはぞっとした。




