第31話:カーティスの報告
翌日、アーロンはウキウキと馬に乗って、フェニックス騎士団の駐屯地へと向かった。
(そろそろルキウスの報告書が上がってくる頃だな……)
「団長!」
駐屯地に着くや否や、カーティスが駆けよってきた。
「ちょうどご連絡しようと思っておりました」
「おう! じゃあ話を聞かせてくれ」
アーロンはカーティスと共に団長室へと入った。
「へえ、綺麗にしてくれてるんだなあ」
「もちろん毎日掃除と空気の入れ換えをしています。いつでも使っていただけるように」
カーティスたちの心遣いがありがたい。
(ここに戻りたいって思ってしまう……)
郷愁を押さえ込み、アーロンは椅子に腰掛けた。
「ルキウスって先々王の子どもなんだよな?」
「はい。ルキウス陛下は先々王のヴィクトル様のご長男です」
そこまではアーロンも知っている。
「先々王の在位は一年と短かったと聞くが……どんな王だったんだ? ルキウスの父親は」
カーティスが言いにくそうに一瞬逡巡した。
「ルキウス様の父、ヴィクトル様は『疑惑の王』と言われていまして評判があまり……」
「疑惑の王、ってなんだ?」
「ヴィクトル様は王位をずっと狙ってらして、自分が王に選ばれるためにライバルとなる同年代の王族を殺したのでは、と噂に」
「……! 王族が殺されたのか?」
そんな大事件が自分の生まれる前にあったとは知らなかった。
「毒を飲まされたのではないかと……。真偽のほどは定かではないですが」
アーロンは考え込んだ。
神託による王選び。
王妃と違って王は必ず王族の中から選ばれてきた。いずれも独身の若い男性だ。
女神の末裔を王にするのだから当然と言えよう。
該当者はおのずと少なくなる。もし独身の若い男性がそのとき自分しかいなかったらほぼ間違いなく選ばれる。
つまり、王に選ばれたければ該当者を亡き者にすればいい。
権力がほしい者にとってはチャンスだろう。だが、もちろんリスクは伴う。
王族の殺害は死罪。それは犯人が王族であっても変わらない。
(本当に殺害したのであれば、すごい胆力ではあるな……。もしくは何も考えていない馬鹿とか)
どちらにしろ、あのルキウスの父とは思えない。
ルキウスは理性的で思いやりもある。
「在位がたった一年だったのも、その疑惑が確かなものであったとも言われ……」
アーロンは小さく唸った。
(おれよりよっぽどスキャンダラスじゃねえか。なんで女神はヴィクトルを王位に就けたんだ?)
月の王家に若い独身の男が他にいなかったとしても、殺人犯よりはマシだろう。
(それとも殺人犯じゃなかった? 仮にも王に選ばれたんだし……)
悶々としてしまう。二十五年前の出来事にこれほど心をかき乱されるのだから、当時の王宮にいた人たちの戸惑いは想像以上だっただろう。
「で、ヴィクトル様は今どうしているんだ?」
「たった一年の在位に不満があったようで退位してから問題を起こし、酒浸りになって今は遠く離れた離宮で軟禁状態とのことです」
「……」
聞けば聞くほど、王の器ではない。
「ルキウスと全然違うな」
「はい。鳶が鷹を生んだと陰で言われています」
カーティスがコホンと小さく咳払いをした。
「その……父君もそうなのですが、母君も問題がある方でして」
「問題って?」
「母君はイリーナ様と言いまして、平民で酒場の踊り子をしていたそうです。夜遊びをしていたヴィクトル様に見初められ、側室となってルキウス様をご出産しました」
「で、何があったんだ?」
平民の女性が玉の輿に乗る――それ自体は問題ないだろう。
だが、カーティスの口調に含みがあるのが気になる。
「ルキウス様を虐待していたらしくて……。これは複数の証言があったのでまず間違いなく……」
「は?」
アーロンは冷や水を浴びせられた気がした。
穏やかに微笑むルキウスの顔が浮かぶ。
(王族に生まれて何不自由ない人生を送ってきたと思っていた)
(あいつ、そんなことをまったくおくびにも出さず)
そのときアーロンはハッとした。
ルキウスから両親の話を聞いたことがない。
(俺も自分の親について話してないから、そんなものかと思ったけど……)
お披露目のパーティーでも紹介されなかった。出席していたのかも怪しい。
アーロンはドキドキしてきた。
完璧に見えたルキウスが、そんな問題を抱えているとは思わなかった。
「なんで……自分の子を虐待なんて」
「それがその……もっとひどい話が……噂ではあるので真偽は定かではないのですが」
「いいからはっきり言え!」
アーロンはバン、とテーブルを叩いてしまい、ハッとした。
「悪い。気が立って」
「これは……内密にしていただきたいのですが」
意を決したようにカーティスが口を開く。
「ルキウス様が十四歳のとき、食事に毒が入っており、死線をさまよった事件がありまして……」
「!!」
この前、毒が盛られた時にそう言っていた。死にかけた経験があるから、毒を見破れる力が発現した、と。
(あれは十四歳の時の話だったのか! まだ子どもの時に……)
「犯人の料理人がすぐに自害したこともあり王宮内で事を納めたのですが、黒幕がルキウス様の実母であるイリーナ様という噂がありまして」
「は……?」
実の母に虐待されていただけではなく、殺されかけた?
にわかには信じがたい。
「実の母親が? 毒を? なんでそんな」
「イリーナ様は弟のノクス様を溺愛しており、ノクス様を王位に就けたくて一番選ばれる可能性の高いルキウス様を亡き者にしたがっていたという噂が……」
「なんで……」
カーティスが報告書に目を落とす。
「実はノクス様は表向きはヴィクトル様との子となっていますが、どうやら別の男性との子らしく……」
「つまり元王妃が不貞した上に托卵したってことか?」
「おそらく」
想像以上に陰湿でドロドロした事情にアーロンは驚いた。
ルキウスの父は王族殺しかもしれない飲んだくれで、母は我が子に毒を盛った上に別の男と通じていたという。
(夫婦そろって最低最悪じゃねえか!)
ルキウスがあれほどまともに育ったのが奇跡のように感じる。
「確か平民でも王族と結婚すれば、王族になれるんだったな。つまり、地位目当てで結婚した男の子ではなく、自分の愛した男の子を王にしたかった、というわけか」
「そう考えています」
「だからって、自分の子を殺そうとするか?」
信じられない。
だが、ルキウスのあの時の様子が妙に腑に落ちた。
ルキウスは毒を盛られてもまったく動揺していなかった。それどころか織り込み済みといった様子だった。
(犯人について語らなかったのは、自分の母親だと思ったからか)
そう考えると、必死で黒幕を探す様子がなかったのもうなずける。
(おまえ、あの時どんな気持ちでいたんだよ……)
実の母がずっと自分の命を狙っているなんて。
アーロンはハッとした。
「だけどよ、王族の血が入ってないなら、ノクスが王として女神に選ばれるわけがないだろう?」
「形だけは王族なので可能性があると思ったのかも。それとも、すごくヴィクトル様のことを憎んでいたのかもしれませんね」
「……」
地位目当ての結婚ならばそれも考えられる。
(イリーナは自分のことばかりだな。王族になれたし、好きな男の子を産めたから、長男は邪魔者か……!)
会ったことのないイリーナへの嫌悪でくらくらしてきた。




