第28話:貴族の婦人たち
「安全確認しますので、それまでご婦人方は控え室へ」
近衛兵たちによってパーティー会場に併設された控えの間へと女性たちが通されていく。
会場とは幕だけで仕切られている場所とはいえ、会場にいるよりは落ち着けるだろう。
「王妃様もこちらへ」
「へっ?」
近衛兵に言われ、アーロンは思わずルキウスに視線を走らせた。
後ろで手を組み近衛兵たちとやり取りをしているルキウスが軽くうなずいてくる。
それだけでアーロンは意図をくみ取った。
(なるほどね……)
ルキウス自身は会場に残って、安全確認作業の陣頭指揮を執ることにしたらしい。
(俺はご婦人方を守る、って感じか)
女性の集団の中へずかずか入るのは気が引けるが、護衛であれば話は別だ。
それに妖魔を撃退したアーロンがそばにいれば、ご婦人方も安心だろう。
アーロンは念のため近くの兵士から剣を借り、控え室へと足を踏み入れた。
中はかなり広い空間で椅子が用意され、皆思い思いの場所に腰をかけている。
「アーロン様……」
「王妃様」
アーロンが入ってくると、ざわめきが起こった。
戸惑いと安心と複雑な感情が渦巻いているのがわかる。
「失礼しますね」
部屋の中心に彫像のごとく陣取ったアーロンに、一人の婦人が近づいてきた。
グレイヘアの老年の女性だったが弱々しさはまったくなく、背筋をピンと伸ばしたその姿は風格さえあった。
「初めまして、王妃様。私はマーガレット・スペンサーと申します」
「あ、ああ、どうも」
アーロンはエレノアの言葉を思い出していた。
(この人がマーガレット・スペンサー公爵夫人か。公爵家のなかでも力のある大貴族の夫人で、貴族の夫人たちのリーダー的存在……)
おのずと背筋が伸びる。格上の女性とやり取りすることなど滅多にない。
「お初にお目にかかります。アーロンです」
軽く膝を折って挨拶すると、マーガレットは柔らかく微笑んだ。
「そんなにかしこまらないで、アーロン様。先ほどはご活躍でしたわね。助けてくださってありがとうございます」
「いえ、当然のことをしたまでです」
マーガレットがちらっと間仕切り幕に目を走らせる。
「今この場所は安全ということでいいのかしら?」
「はい。兵士たちが確認済みです。また、他の妖魔の姿も見受けられません。帰宅できるのも時間の問題かと」
アーロンのきっぱりした言葉に、周囲から安堵の声が漏れる。
「そう、安心しました。私、ずっとあなたとお話ししてみたかったの。ちょうどいい機会ですわ。お座りになりません?」
マーガレットがすっと椅子を勧めてくる。
「あ、はい」
アーロンはドキドキしながら椅子に座った。
周囲に自然とご婦人方たちが集まってくる。皆、興味津々の目をアーロンに向けてきた。
アーロンはごくりと唾を飲み込んだ。
こんな風に貴族の女性たちの中心にいる状況は初めてだ。
緊張のあまり膝の上で拳を握りしめ、肩をいからせているアーロンにマーガレットが微笑みかけた。
「アーロン様は騎士団長でいらっしゃるとか?」
「はい。今も籍を置かせていただいております」
「王妃に選ばれるなんて……急なことで驚かれたでしょうね?」
「そうですね、まったく予想外で。俺、男ですし」
頭をかくアーロンに、ふふ、と笑い声が起きる。
「準備万端だったご令嬢たちとは違って寝耳に水だったことでしょう」
マーガレットが意味深な視線を向けてくる。
「で、今はどうなのかしら? 王妃としてのご自覚はおありかしら?」
その眼差しは若干試すように見えた。
(そりゃあ、そうだよな。いきなり俺みたいなのが王妃になって……)
「それがいまだ実感がなくて。育ちもよくないし、無骨だし失敗ばっかりで」
ここにいるのは貴族の家を守り仕切る女主人たちだ。
取り繕ってもすぐに見破られるだろう。そもそも腹芸は得意ではない。
アーロンは率直に話すことにした。
「うまくいかないことも多いですけど、ルキウス様が守ってくださるので」
アーロンの言葉にどよめきが走る。
「ど、どういうこと? どちらかと言えば、騎士団長のあなたが陛下をお守りすべきでは?」
マーガレットまでもが驚きのあまり目を見開いている。
「いや、俺もそう思ってたんですけど。陛下はとても俺を溺愛してて」
皆のざわめきに思わず笑みがこぼれる。自分だとてルキウスの態度に面くらったのだ。
驚きを共有できてアーロンは満足だった。
「俺のこと、寵姫って言って甘やかしてくれるんですよね」
「ええっ!?」
とどめの一撃に、ご婦人方から悲鳴のような声が上がる。
今や、ご婦人方は妖魔への恐怖よりアーロンの話に夢中になっていた。
控え室に漂っていた暗い空気は消え、楽しい噂話の時間に変わる。
一人の婦人がばっと挙手をした。
「マーガレット様、発言してよろしいですか?」
「え、ええ。どうぞ、アリヤ伯爵夫人」
アリヤと呼ばれた亜麻色の髪の婦人はまだ二十代だろう。若々しく物怖じしない目をアーロンに向けてきた。
「アーロン様、皆様を代表しておうかがいさせていただきますわ! よろしいかしら?」
「どうぞ」
アーロンの返事を聞くやいなや、ぐっとアリヤが前のめりになる。
「お二人はとても仲睦まじいようですけど……夜の方は?」
潜められた声には隠しようもない好奇が混じっていた。
(まあ、気になるよなあ。男同士だし)
下世話な話題だが、たしなめる声は上がらない。
アーロンが口を開くのを、今か今かと待っているのが伝わってくる。
(ここはご婦人方を楽しませるか)
アーロンはこほん、と咳払いをした。
いかにも陛下の寵愛を受けているかのような余裕の笑みを浮かべる。
「陛下とは一緒のベッドで寝ております」
アーロンはきっぱりと言い放った。嘘はついていない。
「えっ、それって……」
予想どおり、どよめきが起きる。
今やご婦人方は身を乗り出してアーロンの話を待っていた。
アーロンはわざと大仰に肩をすくめる。
「俺の口からはこれ以上何とも。陛下との睦言をみだりに話せません」
「む、睦言……!」
ご婦人方が口に手を当てのけぞる。
「じゃ、じゃあ、陛下が側室を作らないのって……」
「陛下は寵姫はおまえだけでいい、と言ってきかないので」
ふう、とわざとらしくため息をついてみせる。
まるで自分がとっておきのいい女になった気分だ。
「世継ぎのこともありますし、俺としては側室を作ってもらいたいんですけど……」
「そういうご事情だったんですのね!」
やはり側室問題は皆気にしていたらしい。
真相を王妃の口から直接聞いた婦人たちはご満悦だ。
「あの!」
耐えきれなくなったのか、アリヤが再び手を上げる。
「その、寝室ではどちらが……女性役というか」
あまりに突っ込んだ質問に、さすがのアーロンも口ごもった。
だが、リーダーであるマーガレットは上品に微笑んだまま静観している。
他のご婦人方から隠しきれない好奇が伝わってくる。
ならば期待に応えたい。あと、ルキウスを少し慌てさせてみたかった。
「ここだけの話にしていただきたいのですが……」
アーロンは秘密ですよ、というように唇に人差し指を当てた。
「皆様ご存知のように俺は『王妃』ですので。……おわかりですよね?」
ご婦人方の顔が赤く染まり、ごくりと唾を飲み込む音が聞こえた。
「えっ……あっ……」
「そ、そうなのですね」
さすがにそれ以上は誰も聞かなかった。
このあと、ご婦人方がルキウスを見る目が変わるかもしれないが、そんなことアーロンの知ったことではない。
(ここで俺に求められているのは、ご婦人方との円滑な交流!)
貴族のご婦人方を喜ばせ、場を盛り上げることだ。
王妃として充分やりきったのではないだろうか。
当初のよそよそしさがなくなり、ご婦人方が親しみを込めた目で見てくれている。
(許せ、ルキウス……)
今後、色眼鏡で見られたとしても、ルキウスなら気にも留めないだろう。
そう思いつつも、噂話を耳に入れ、たじろぐルキウスを見てみたかった。




