第26話:日の王家の男
ソルホリーとは日の王家の苗字だ。
(なるほど、見事な金髪なはずだ)
薄い水色の目を輝かせ、にっこりと笑って近づいてくるアルフォンソは、王族というよりやり手の商人のように見えた。
(年はちょい上……二十八歳くらいか?)
「で、何の用でしょう?」
「アーロン様は騎士団長だとか。いきなり王妃になられて戸惑うことも多いのではないですか?」
「……」
「何かお困り事があればお助けしたいと思いまして」
アーロンは冷ややかにアルフォンソを見つめた。笑みは浮かべているものの、目は笑っていないのが気にかかる。
(うさんくさいな、こいつ。とても王族とは思えない)
「はは、どうやら警戒されているご様子。当然ですね、初対面なのに馴れ馴れしく話しかけてしまい申し訳ない」
アルフォンソが大仰に胸に手を当て頭を下げる。
「ですが、心の片隅にでも私の存在を置いていただけるとありがたいです。これでも結構役に立つのですよ」
(こいつ……)
笑みを絶やさないアルフォンソをアーロンはまじまじと見つめた。
こんなに露骨なご機嫌取りをしてくる人間は初めてだった。今思えば、奇異の目や敵意を向けてくる人間ばかりだった。
だが、一応自分は王妃なのだ。下心を持って近づいてくる人間がいてもおかしくない。
「やあ、アルフォンソ」
凜とした澄んだ声がした。
バルコニーに足を踏み入れてきたのはルキウスだった。
「久しぶりだね」
「これはこれはルキウス様。このたびはご結婚おめでとうございます」
「きみは相変わらずだな」
特に気分を害した様子もなく、ルキウスがアルフォンソを見やる。
「大事な王妃様を独り占めしてしまい大変失礼しました。では私はこれで」
アルフォンソが優雅な足取りで去っていく。
「なあ、ルキウス」
アーロンは小さくなっていくアルフォンソの背を見ながら、顎をくいっと上げた。
「あいつが毒を盛ったのか?」
「えっ……」
珍しくルキウスが絶句した。
「なぜそう思う?」
「なんとなく。あいつ、ずっと目が笑っていなかった。へらへらしてて裏の顔がありそうだし、俺に媚を売ってくるのも引っかかる」
なんとなく、アルフォンソなら笑顔で『毒を盛ってこい』と命令しそうだ。
「ふっ……おまえはやはり侮れないな」
「えっ、じゃあ、やっぱりあいつが犯人なのか?」
「どうだろうな。ただ、彼に動機がないわけではない」
日の王家で妙齢の男性とくれば理由は一つ。
「次の王を狙っているのか」
「わからない。若い独身の男性だから資格はあるし、彼は先王の甥っこだ。選ばれる可能性は高い」
「へえ」
あの無気力で覇気のない先王の甥とは思えないほど、ぎらぎらした野心を感じた。
「あいつ、有能なのか」
「王宮で精力的に動き回っているのは確かだね。外国人との付き合いも多いし、彼自身もよく外国に足を運んでいる」
「ますます怪しいじゃねえか」
「外交を担ってくれている王族、という見方もある」
ルキウスが淡々と言う。
「そんなにアルフォンソが気になるか」
「今のところ、俺にすり寄ってきたのはあいつ一人だ。そりゃ警戒すんだろ。今の俺に利用価値なんてないのに」
「将来有望だと思ったのかもしれないぞ。彼の気質は商人に近い」
ルキウスがすっと手を差し伸べてきた。
「さて、そろそろ戻ろうか。オナーダンスの時間だ」
「げえっ」
「王妃らしからぬ返事だな」
ルキウスに手を引かれてパーティー会場に戻ったアーロンは万雷の拍手に包まれた。
会場の中心にはダンスのためにぽかっと空いた場所がある。
演奏隊が音楽を奏で始める。舞台は準備万端のようだ。
「マジでやんのかよ……」
「これも決まりでな。我慢してくれ」
うんざり顔のアーロンの体をルキウスが引き寄せる。
ふたりが組むと、くすくす笑いが起きた。
それはそうだろう。リードされる方がでかいのだ。しかも長身の男同士のダンスなどまずお目にかかれない。
「くそ……」
「ほら、落ち着け。練習の成果を見せてくれ」
ルキウスの言葉にアーロンは渋々足を動かした。
「周囲が気になるか? なら、私だけ見てろ」
「……! おまえはまたそういう……!」
照れくさくなり、アーロンは顔を赤らめてそらせた。
「意外に上手いな。きちんと私の動きに合わせられているじゃないか」
「そりゃあ練習したからな」
そう言うルキウスのリードも完璧だ。自然に体が動く。
アーロンはちらっと周囲に視線を走らせた。それくらいの余裕がある。
最初は笑っている人が多かったが、今は普通に感嘆の目を向けてきている。
「ふっ、まあ俺が本気を出せばこんなもんよ」
調子に乗ったアーロンだったが、ずるっと足を滑らせた。
「おっと!」
ルキウスがアーロンの腰に当てていた手に力を込め支えてくれたおかげで、みっともなく転倒するのは避けられた。
「すまねえ」
「いや、これくらいの方が可愛らしい」
ルキウスにからかわれ、アーロンはぐっと詰まった。
確かに周囲の目が柔らかくなっている気がする。
アーロンは体の力を抜き、ルキウスのリードに身を委ねた。その方がスムーズに踊れそうだ。
(こいつ本当に優秀だな……なんでもできる)
(王に選ばれるのもわかる。こいつを引きずり下ろそうとする奴の気が知れねえよ)
だが、どこにでもいるものだ。大局を見ずに私利私欲だけで動く愚かな人間は。
(俺がきちっとこいつを守らないとな)
気づくとダンスは終わっていた。
わっと拍手喝采が起きる。掛け値のない賞賛に、アーロンは頬を上気させた。
(楽しかったな。久しぶりに体を思い切り動かした気がする)
「よく踊れていたぞ」
「そ、そうか……」
ルキウスから褒められホッとした時、ガラスの割れる音がした。
「!!」
悲鳴が上がる。ガラスを突き破ってきたのは異形の獣だった。




