第25話:パーティーの始まり
翌日、アーロンはとっておきの礼服を着せられた。
着心地がいい服で、体にぴったりフィットしているのに動きやすい。
「すごいな!」
「ぶんぶん腕を振り回さないでください」
ミランダに睨まれ、アーロンは思わず肩をすくめた。
「ようやくアーロン様にぴったりな服が仕立てられました」
「よく似合っている」
いつもながらルキウスはちゃんと褒めてくれる。
着飾るのに慣れていないアーロンは居心地が悪く、ごそごそと動いた。
「ほんとかよ……」
「ああ。どこに出しても恥ずかしくない立派な王妃だ。行くぞ」
ルキウスに腕を差し出され、アーロンは仕方なく手を絡めた。
「俺は別にハイヒールを履いているわけじゃないし、リードはいらないぞ」
「バラバラに歩いていたら周囲が不仲かと思って心配するだろう」
「そういうもんか」
アーロンたちはパーティー会場に向かった。
予想はしていたが、やはりルキウスとアーロンは注目の的だった。
自分の一挙手一投足を見守る人たちになんとか笑顔を向けながら、ルキウスの言ったことが正しいとわかった。
(なるほどな。俺たちがうまくいってるなんて外の人間にはわからないもんな。あからさますぎるくらい見せないといらない心配や誤解をさせるのか)
それでなくとも、男同士の婚姻。国を牽引する王の動向を皆気にしているだろう。
(だからこそ、噂でなく自分の目で確かめたい奴も多いだろう)
(お披露目パーティーが必要なわけだ)
ようやくこの面倒な行事の必要性を認識し、アーロンは背筋を伸ばした。
(まあ、これも仕事ってわけだな)
パーティー会場は王宮で最大の広さを誇るボウルルームだった。
中にはぎっしりと着飾った貴族や有力な商人たちがひしめき合っている。
「落ち着いてるな」
ルキウスが少し意外そうだ。
「警護として何回か来てるからな」
騎士になってから、王宮の行事に携わることが多くなった。
最初は目を見張り、息を呑んでいた豪奢な会場も見慣れたものだ。
それよりも、警護の方に目がいってしまう。
(いつもより少し人が多いか? 今のところ問題なさそうだな)
「しかし、この人数相手に挨拶かよ」
「肩慣らしにはちょうどいいだろう。今後、諸外国の要人たちを招く用意もある」
「うげえ」
確かに王族となると他国との交流も必要となってくる。
だが、まだ王妃としての基礎教養も習得していないアーロンにとっては荷が重い。
「失礼がないようにしないと国際問題になるんだよな……」
「だからこその王妃教育だ。エレノアから学んでいれば問題ない」
「……あんた、エレノアをずいぶんかってるんだな」
ルキウスにとっては形式だけの義母。ほとんど交流はないと言っていたので意外だった。
「そりゃあ、彼女が成し遂げたことを見ているからな。王宮の図書館を整え、利用しやすくしてくれた。本を書く人を支援しているから、我が国の出版事業は好調で資料の幅も増え、読書をする者も増えた。すごいことだ」
「ふーん」
エレノアが言っていたのはこういうことかとアーロンは腑に落ちた。
頑張っていれば、誰かが見ていてくれる。きっとアーロンが思う以上にエレノアの支援者は多いのだろう。
(彼女がこの二十五年間、積んできたものがあるから評価されているんだ……)
(俺もそうなれるかな)
王妃となったのだから、騎士団のためだけではなく国に貢献できるようなこともしたい。
だが、それが何かわからない。
(んー)
考え込んでいるアーロンの脇腹がつつかれた。
「さっそくご挨拶だ」
「へ?」
目の前にしずしずと現れた四十代とおぼしき夫婦に目をやる。
ふたりとも温和そうな笑みを浮かべている。
「あ――」
「先王と先王妃だ」
アーロンは思わず唾を飲み込んだ。
以前、遠くから見たことのある二人が目の前にいる。
「このたびはご結婚おめでとうございます」
「おふたりの門出をお祝いいたします」
丁寧に頭を下げられ、アーロンはあたふたしました。
「これはどうもご丁寧に……その、どうもありがとうございます」
なんとかもごもごと返答していると、ルキウスがすっと歩み出た。
「まだまだ若輩者ですが、王国の発展のため全力を尽くします」
先王と王妃はニコニコしている。
「それでは失礼致します」
その場を離れたアーロンは違和感に気づいた。
(びっくりするほど俺に興味を示さないな……)
良くも悪くも注目を浴びていたアーロンにとっては意外だった。
「あの人たち、どうでもいいんだな……。誰が王妃になろうと」
ぼそっとしたつぶやきを聞き逃さず、ルキウスがうなずく。
「ああいう方たちなんだよ。何もかもどうでもいい。波風を立てたくない。だから、王位を退くと誰も近づかない」
アーロンはちらっとふたりを振り返った。
確かに言われなければ先王夫妻だと思わなかっただろう。彼らのそばに近衛兵はついているものの、挨拶に来る者は誰もいない。あっという間に客たちに紛れてしまった。
「二十五年も王位に就いていたのに……」
利用価値がなくなれば見向きもされない。そんな寂しい光景だった。
物思いにふける間もなく、怒濤の挨拶が始まった。
騎士団長としてそれなりに貴族の面々とは交流があったが、さすがにすべてを網羅しているわけではない。すべての顔と名前が一致するのはまだまだ遠い先になるだろう。
「ルキウス様!」
一通り挨拶が終わると、ルキウスが令嬢たちに囲まれた。
おそらくは側室目当てなのだろう。どの令嬢も着飾り、きらきらした目でルキウスに話しかけている。
「俺、ちょっとバルコニーで休んでくるわ」
これ幸いとアーロンはパーティーの喧噪から逃げた。
(すまん、ルキウス。もう頭が限界だ)
アーロンは酒のグラスだけ取ると、誰もいないバルコニーに出た。
一人になりたかったので、近衛兵にはバルコニーの窓際に待機してもらう。
「はあ……」
ぐっと酒をあおり、夜風に吹かれると少し落ち着いてきた。
「きっついなあ……」
大勢の人と社交辞令をかわす――アーロンの苦手分野だ。
(ほんと俺、王妃に向いてないんだよなあ)
できれば一人で黙々と剣を振るったり、馬の世話をしたりしていたい。
「失礼、少しよろしいでしょうか」
「ああ?」
いきなり背後から声をかけられ、アーロンは驚いて振り向いた。
酒のグラスを手に、金色の髪をした男が立っていた。
(こいつ……気配を感じなかった)
だが、近衛兵がバルコニーに通したということはそれなりの地位の人間だろう。
それはどこから気品のある佇まいからも感じ取れる。
「お邪魔して申し訳ございません。どうしてもご挨拶したくて」
金髪の男はすっと胸に手を当てた。
「私、アルフォンソ・ソルホリーと言います」
「!!」




