第24話:嵐の予兆
翌朝、イアンが私室に報告に来た。
ちょうど着替え終わったアーロンは興味津々でイアンの報告を待った。
ルキウスは人払いをしたが、アーロンを蚊帳の外にすることはなかった。
それは王妃として、パートナーとして認めてくれている気がしてアーロンは嬉しかった。
「毒を入れたのは厨房で新しく雇った女でした。黒幕を吐かせたかったのですが、バレた瞬間毒をあおってしまい……」
イアンが無念そうに唇をかむ。
「毒は即効性はないものでしたが、長期的に摂取すると命の危険があるとのことでした」
「そうか。ご苦労だった」
イアンが一礼して出て行くとアーロンはルキウスを見た。
「ずいぶんあっさりしているんだな。殺されかけたってのに」
「私を亡き者にしたい相手の想像がついたのでな」
「え、誰?」
ルキウスがフッと笑う。
「王位を狙う者たち、だな」
「相手がわかってんならやることは一つだろ!」
王命を狙う者など処刑一択だ。なんなら自分が叩き斬ってもいい。
意気込むアーロンに、ルキウスが軽く手を振った。
「すべてを排除したらたくさんの血が流れて暴君として歴史に名を残すだろう」
そんなに敵が多いのかと息を呑むアーロンにルキウスが笑ってみせる。
「もちろん暗殺のれっきとした証拠があれば断罪するが、死刑とわかっているから相手もなかなか尻尾を出すまい」
ルキウスは落ち着いていた。まるで命を狙われるのが当たり前だというように。
(毒を盛られて死にかけたって言ってたけど、こんなのが日常茶飯事だったのか?)
彼がこれまでどんな人生を歩んできたのか垣間見える瞬間だった。
よほどの事件でなければ、王宮内の出来事は下には降りてこない。
だから、アーロンは表に出された王族の一面しか見ていない。水面下では熾烈な王位争いがあるのかもしれない。
(王族ってのも楽じゃないんだろうな……)
泥水をすすって生きていた時、王族といえば天上人だった。きっと恵まれた暮らしをしているんだと思っていた。
(あと、なんとなくだが)
ルキウスは犯人の目星がついているような気がした。
(でも取り乱しもしないし、徹底的に調べ上げる様子はない)
必要悪ということだろうか。簡単に切り捨てられない事情があるのかもしれない。
アーロンは腕を組んでイライラと足踏みをした。
(面倒くせえな)
剣を振りかざして襲ってきたら返り討ちにしてやるのに。
(こそこそしやがって)
だが、アーロンは口には出さなかった。
「何が言いたげだな」
露骨に顔と態度に不満が出ていたようで、ルキウスが問うてくる。
「おまえには俺がついてるんだ。そう簡単にやらせはしないと思ってたけど……搦め手で来られると俺は弱いな」
「私は得意だ。心配するな。王妃を守るのは王の役目だ」
「は? 俺がおまえを守るんだろうが」
どう考えても立場が逆だ。
「だから、おまえは私の寵姫――」
「それやめてくれ!」
大げさに手を振るアーロンに、ルキウスは立ち上がって手を差し伸べた。
「さて今日も忙しいからな。朝食にするぞ」
*
アーロンはもやもやしながら自習室に入った。
エレノアがくすっと笑う。
「あら、ずいぶんご機嫌が斜めのようね」
「昨晩、殺されかけたからな」
毒の話をするとエレノアが顔をしかめた。
「そう……。やはりルキウス様を狙う者がいるのね」
「てなわけで、ルキウスが大変なんだよ今。だから俺も勉強して早く力になりたい!」
「いい心がけですね。それにルキウス様といいご関係を築いているようで何よりです」
「やっぱり夫婦仲って大事なのか?」
「王族といえど人です。配偶者に心を許し愛し愛されると心が安定しますし満たされます。
仕事に集中しやすい」
エレノアが肩をすくめる。
「まあ私はそうではなかったけれど」
エレノアがはっとした表情になり、両手を合わせた。
「そうそう、ダイアン嬢をやり込めたそうですね」
「やり込めたっていうか。結果的にそうなったのかな」
血みどろの蛇を顔面にしたダイアンに罪悪感がつのる。
「あの後、ダイアンは大丈夫だったのか?」
「寝込んでいるそうですわ。でも心配することはないでしょう。これで少し懲りてくれるといいんですけど」
エレノアの目が光る。
「それより、問題は明後日のお披露目パーティーです」
「ああ、あれね」
アーロンはうんざりした表情を隠せなかった。
王妃であるアーロンと貴族や官僚たちとの顔合わせだ。
「要人が山ほど来るんだろ。面倒くさい……」
これまでは護衛として城のまわりを監視するだけでよかった王宮行事に、まさか自分が主役として出席することになるとは思わなかった。
「あなたに期待されるのは貴族のご婦人方、いわゆる女主人たちとの交流です」
育ちのいい女性たちとうまく話せるだろうか、とアーロンは不安でたまらなかった。
「また嫌みを言われるんだろうな……」
「新入りはどこにいってもきついわね」
エレノアがふふっと笑う。
「先生もそうだった?」
「もちろん! なんといっても何の後ろ盾もない平民だったし美しくもなかったから」
言葉とは裏腹にエレノアはすっきりした表情だった。
「針のむしろだったわ。私にはルキウス様のような守ってくれる夫もいなかったし」
「そっか……」
「でも私にはやりたいことがあったから耐えてきたわ。それに頑張っていれば見てくれている人もいるものよ」
「そんなもんか」
「ええ。誰もが敵なわけではないわ。だから、最初から壁を作らずにいてね」
「努力する」
歴戦の貴族の夫人たち相手に何をどうすればいいのかわからないが何とかなるだろう。
アーロンは腹をくくった。




