第23話:妖魔の復活
「どうしたんだ? 深刻なことか?」
「……」
侍女たちがそばにいないことを確認してから、ルキウスが口を開いた。
「大妖魔に復活の兆しがあるとの報告が来た」
「え!?」
大妖魔と言えば神話の時代、女神が封じたと言われている国を滅ぼそうとした巨大な魔物だ。
「封印が解けたってことか?」
「今のところ、封印を施した五つの剣に異常はないらしい。だが、眷属である小さい妖魔の目撃情報が出たらしい」
「小さい妖魔……」
伝説では大妖魔は五つの頭を持つ巨大な竜と言われている。
そしてその妖気により、小さな妖魔が生まれ災いをなす。
「小さな獣の姿だったらしいが……」
「妖魔って一目でわかるのか?」
「異形で目が赤く爛々としていたらしい。私も実際見たことはないが、普通の獣とまず見間違うことはないと聞いている」
「なるほどな……」
獣の姿は数あれど、赤い目をしたものは見たことがない。
「ただの目撃情報なんだろ? 見間違いじゃないのか?」
「もちろんその可能性もあるな、だが」
ルキウスが顎に手を当てた。
「女神像にヒビが入ったな?」
「あ、ああ。儀式の時の話か?」
少し触れただけでヒビが入り、心底肝が冷えたことを思い出す。
「あれは予兆だったのかもしれないと思ってな」
「封印が解けかけていたからヒビが入ったってことか?」
自分のせいではなかったかもしれない。そう思うと少しホッとした。
(いやいや、安心してる場合じゃない。本当に封印が解けかけているなら――)
国を滅ぼしかけた大妖魔の復活――神話の恐怖の時代に逆戻りするかもしれない。
アーロンは敢えてにやっと笑った。
「おいおい、急に荒れてきたじゃねえか」
「そうだな。ついこの間まで平穏だったのに。私が王位に就いた途端これだ」
ルキウスが唇を歪めた。
「この調子では、私は乱世を呼ぶ王として名を馳せるかもしれないな」
アーロンは首を傾げた。
なぜルキウスがその結論に達したのか理解できない。
「逆だろ。おまえが王位に就いたから荒れたんじゃなくて、これから世が荒れるから対処できる王に代わったんじゃないのか?」
ルキウスが無言のまま大きく目を見開く。
アーロンは続けた。
「だってさ、先王って事なかれ主義でさ、積極的に政治に関わろうとせず、腐敗も見て見ぬ振りだったんだろ? そんな王に国の存亡をかけた事態が対処できるわけがない。だから退位させておまえを選んだんだなー」
女神の選択はきっとそうだろう。
ルキウスは有能な王だ。停滞し腐敗していた国の機能を改善するだけではなく、きっとどんな難題を解決していくだろう。
まだルキウスのことをよく知らない。だがそんな信頼をするだけの期待感がルキウスにはあった。
(これこそが王の器だよな)
アーロンは頭の後ろに手を組み微笑みかけた。
「おまえ、女神様に期待されてるってことだな!」
ルキウスの薄紫色の瞳が揺れたが、アーロンは気づかなかった。
ぐっと拳を握り、ルキウスが唇を噛みしめ顔を伏せた。
「あん? どうした?」
次の瞬間、ルキウスがふきだした。
「あはははは!!」
体を折り曲げ、腹を抱えて笑い出すルキウスにアーロンはぎょっとした。
「な、なんだよ!」
「いや、おまえといると楽になる」
くっくっと笑いながら、ルキウスが目尻の涙を拭っている。
「何がそんなにおかしいんだよー」
「いや、前向きで素晴らしいと思って。私は――これが私に下された罰なのかな、と」
「罰?」
聞き返したが、ルキウスは口を引き結んで答えなかった。
その顔から笑みは消え、その目は遠いどこかに向けられていた。
静かに肩を落とすルキウスはとても儚げでアーロンはぎょっとした。
「お、おい……」
こんな風に沈んでいるルキウスは初めてで、アーロンはおろおろと手を上下に振った。
そっと手を伸ばしかけ、その拳をぎゅっと握る。
(子どもじゃねえんだ。頭を撫でたりしたら嫌がられる)
これが騎士団の仲間なら、しっかりしろとばかりに背中をバシバシ叩くのだが、ルキウス相手にはとてもできない。
(ど、どうしたら……)
なんとか元気づけたくて、アーロンはことさら明るい口調で話した。
「罰ゲームみたいではあるけどさ、女神様は王国の守護者だろ。だったら王国のためになる王を選ぶはずだ。これまで愚王と言われた人もいたけど、それもその時の最善の選択だったんだろうし」
王に選ばれるのは王家の独身で妙齢の男子――となると人材が限られている。
女神も苦肉の策で選んだ王もいるだろう。
「おまえは優秀だし大丈夫だろ!」
そこはまったく心配していないアーロンはきっぱり言った。
「それに俺がついてるんだ。一緒に考えていこうぜ。あ、といってもまだ俺、勉強中だけど。でもエレノアが助言をくれるだろうし」
「……」
「大丈夫だって! 俺たちなら!」
はっきり口に出すとその通りだと思えた。
ルキウスと一緒なら、大抵の問題はきっとなんとかなる。
自信があった。
気づくとルキウスが薄く笑んで自分を見ているのがわかった。
そして、くしゃっと顔を緩めた。
「おまえが王妃でよかった」
「はあ!?」
思わぬ褒め言葉にアーロンは真っ赤になった。
「やめろ、照れくさい」
ルキウスがふっと微笑む。
「今日は一緒に寝てくれるか?」
「いつも一緒に寝てるだろうが!」
アーロンはハッとした。
(もしや閨の誘い……!?)
じりっと構えるアーロンにルキウスがくすっと笑う。
「冗談だ」
「そういう冗談はやめろって言ってるだろ!」
くすくす笑うルキウスにホッとする。
先ほどの翳りのある表情は消えているが、やはり少し元気がない気がする。
(あー、くそ)
アーロンはイライラと足踏みをした。
どうにも自分の性に合わないが、気づけば口に出していた。
「あのさ、抱きしめてやろうか?」
騎士団では元気付けや鼓舞する時、相手を強く抱きしめて背中を強く叩く。
アーロンは大きく腕を開いた。
「大丈夫だ。おまえに背中を叩かれたら背骨が折れそうだ」
そう言うと、ルキウスはフォークを手にして食事を再開した。
(なんだよ。弱いところを見せたくないのか? 水くさい……)
アーロンは気づかなかった。
ルキウスの目に涙が浮かび、それを隠すようにうつむいていたのを。




