第21話:王妃のあるべき姿
「どちらかといえば好きじゃない人の妻になるという葛藤のほうが大きかったわね」
「……!」
(そうだ、女性で王妃となると、どうしても閨の義務が出てくる……)
愛ではなく神託で決まった結婚。
子どもを産むのは王妃の務め。
(ルキウスくらい美しくて賢くて優しい夫だったらいいんだろうけど、ルキウスの父親ってどんな人だったんだろう)
「すいません、つらいことを……」
思わず顔を伏せてしまったアーロンに、エレノアが困ったように笑う。
「あ、誤解させちゃったわね。ヴィクトル――ルキウス様のお父様はね、恋に落ちるような相手じゃないってすぐにわかったから、寝室は別にしてもらったわ」
「えっ」
「だって無理でしょ。好きじゃない人と寝るなんて」
あまりにあっけらかんと話すエレノアに、アーロンの方が焦ってしまう。
「えっ、あっ、でも、王妃の義務……」
「ないない」
エレノアがあっさり手を振る。
「初夜にはっきり言ったわ。あなたとは寝ません、って。向こうも全然私のことは好みじゃなかったようで問題なく受け入れてもらったわよ」
「そんなきっぱり言えるもんですか? 平民だったのに王に対して」
エレノアはやはりただ者ではない。胆力が違う。
アーロンは初夜での自分の狼狽っぷりと思い出し恥ずかしくなった。
「なんのために側室制度があると思っているの? 子どもが欲しいなら王は好きな女性を三人まで選べるのよ? 事実、ヴィクトルはすぐにイリーナを側室に選んだわ。あ、ルキウス陛下のお母上ね」
あまりにはきはきと話すエレノアに、アーロンはただただ驚くだけだ。
彼女には負い目も罪悪感もまるでなかった。
「いいんですね、それで。俺、男なので閨の相手ができないから」
「引け目を感じたのね。真面目な人ね、アーロンは」
エレノアがふふっと笑う。
「他のことを頑張ればいいのよ。私だって王妃としての役割はこなしたわよ? 寝室以外はね。王妃教育もしっかり受けたし、公式行事の時には皆を安心させるため仲睦まじい様子を見せた」
「俺、あなたみたいにできなくて。迷ってばっかりだし、王妃になってやりたいことって騎士団をよくしたいとか、自分のことばかりで」
「別に私と同じじゃなくていいじゃない。私は偶然やりたいことが明確にあっただけ。あなたはこれから考えていけばいいのよ。そのための王妃教育でもあるわ」
すっと肩の力が抜ける感覚があった。
王妃だから、王妃らしく――ずっとその意識が頭にあって、気を張っていたのだと気づいた。
「あなたにだってきっといつか見つかるわ。自分が王妃になったのはこのためだ、と思う瞬間が」
「そうでしょうか……」
「でも、見つからなくてもいいのよ。自分なりにいい王妃になろうとする。それで充分神託に沿っているわ」
エレノアが立ち上がり、そっとアーロンの肩に手を置いた。
「あなたが戸惑うのもわかる。珍しい平民出身の王妃で、なおかつ史上初めての男性。心の準備なんかまるでできていなかっただろうし」
アーロンがそっと見上げると、エレノアが力づけるように微笑んだ。
「でも女神が選んだのはあなた」
「ありがとう、エレノア……」
「ふふ。たくさん喋って喉が渇いたわね、ちょっとお茶にしましょうか」
テーブルの上に用意されたお茶をカップにいれてくれる。
「ルキウス陛下はあなたを大事にしてくれる?」
この問いには迷いなく答えられた。
「それはもちろん! なんでかわからないけど……」
「彼は私に頭を下げに来たのよ。教育係をお願いできないか、って。平民出身の王妃であるあなたは、きっといい導き手になるだろうからって」
「そうですか……」
ルキウスの愛情深さはどこから来るのだろう。
アーロンにはまるでわからなかった。
「そうそう、ルキウス陛下は大丈夫?」
「何がですか?」
「今、ルキウス陛下はこれまでの仕組みに大鉈を振るっておられるから反発があるんじゃないかしらって」
「それって、あいつに危険が迫るかもってこと?」
「かなり影響が多いから、既得権益を脅かされたり地位や職を追われる人たちの恨みを買うのは必至でしょうし」
「そんなことが……」
自分が勉強したり、社交の練習をしたりしているうちに、ルキウスは王の仕事をしていたようだ。
「ちょっと聞いてみます」
今度はルキウスの話を聞きたくてうずうずする羽目になった。
夕刻までアーロンはじりじりと時間が経つのを待った。




