第2話:寝室へ
ようやく侍女たちが下がり、アーロンは部屋のソファに転がり天井を見上げた。
用意された服は急ごしらえの貴族服は上等な布が使われており、着心地はよかったもののゴテゴテ飾り付けられており落ち着かなかった。
壁に立てかけられた騎士団の制服と剣に目をやったアーロンはため息をついた。
(俺、これからどうなるんだ……)
騎士団長に任命されて一年。自分を慕って入団してくれた団員たちの大半が平民だ。
貴族の子弟が幅をきかせる騎士団において肩身が狭い思いをしつつ、出世しようと頑張る団員たちを守り引っ張っていきたかった。
なのにこのざまだ。
(王妃って騎士団長をしちゃダメなのか?)
(そもそも王妃ってなんだ?)
アーロンが知っている王妃とは、王のそばで着飾りニコニコ笑って手を振っている存在だ。
(王妃の一番重要な仕事って……)
誰でもわかる。世継ぎを残すことだ。
サンムーンド王国では二つ王家があり、交互に神託で王になるため、自分の嫡子が必ずしも王位を継げるかはわからない。
それでも、貴重な王家の血を絶やさないようにと側室制度まであるのだ。
(やっぱり俺が王妃って間違ってないか?)
男性である自分は子どもを産めない。なのにルキウスはまったく異論を唱えることなく受け入れた。
そこも納得がいかない。というかはっきりいって不気味だ。
(女神に忠実なのか、子どもは側室に産ませればいいと思っているのか)
ルキウスのことが何もわからない。
そもそも騎士団長とはいえ、下っ端のアーロンにとって王は雲の上の存在だ。
ただ、美しい容姿と優れた頭脳を持っている王子がいるとは聞いていた。
(ずいぶんな変わり者だったんだな……)
今やルキウスはアーロンの夫だが、遙か遠い存在すぎて実感がない。
「失礼します」
ドアがノックされ、ミランダが入ってきた。
アーロンは反射的に飛び上がり直立した。ぱっぱと服を払い整える。
ミランダを前にすると緊張する。
まだ現実を飲み込めずにぐずぐずしている自分に対し、堂々と自分の役目をこなしている彼女に気後れしてしまうのだ。
「お夕飯をお持ちします。よろしいですか」
「えっ、部屋で食べるんですか?」
「私に敬語は必要ありません、王妃様」
丁寧に話したのににらみつけられ、アーロンはしおしおと肩を落とした。
ミランダが合図すると、すぐさまテーブルに布がかけられ食事が運ばれてくる。
「えっと、王妃って部屋食なのか?」
「いいえ。今日は特別です」
ミランダがふう、と小さく息を吐く。一拍おいて彼女が放った一言は、アーロンに衝撃を与えるに充分だった。
「初夜ですから」
一瞬、アーロンはミランダが何を言っているのかわからなかった。
問われるのを避けるようにミランダがさっと背を向けて食事の用意を始める。
(初夜……? まあ、確かに王妃に選ばれて最初の夜だが)
(俺は男だし、一般的な結婚における初夜とは違うよな?)
動悸がしてきた。アーロンは嫌な想像を振り払った。
「お食事のご用意ができました。祝い膳です」
ミランダの言葉にアーロンはのそのそと席についた。
祝い膳というだけあって、華やかで豪華な食材が使われていた。
美味しそうな食事を前にし、ようやく食欲が戻ってくるのを感じる。
(そういえば、朝から何も食ってない)
飢えた獣のようにガツガツと食事を堪能したアーロンは、一瞬にして皿を空にした。
量が全然足りない。
(女性用の食事を用意していたのか?)
(そりゃあ、そうか。この国の誰も男が王妃に選ばれるなんて思ってなかっただろうからな……)
歴史に疎いアーロンだったが、おそらく初の男性王妃なのは間違いないだろう。
おそらく歴史上もっとも有名な王妃になるだろうが全然嬉しくない。
綺麗に平らげられた食器を片付けたミランダが声をかけてきた。
「アーロン様、湯浴みについてですが……」
「湯浴み!? 風呂ってことか?」
「通常でしたら、王妃様の湯浴みを私どもがお手伝いをするのですが」
「お、おう……」
想像していなかった言葉にアーロンは口ごもった。
(王族って入浴まで侍女に手伝わせるのか。まあ、貴族って着替えも侍女にやらせるって聞くしな。そういうしきたりか)
だが、自分は平民だし女性に入浴を手伝わせるなどと考えられない。
「俺はいいよ。一人で入れる」
「いえ、そうではなく……」
珍しくミランダが言い淀む。
「その……香油を全身にすりこんだりするのでお一人だと大変かと」
「香油? そんなの俺は必要ない。石鹸だけくれたらいいよ」
的外れな返答を繰り返すアーロンに、ミランダが咳払いした。
「初夜、ですので」
そこでようやくアーロンは事の重大さに気づいた。
「えっええええええええはあああああ!?」
アーロンは思わず立ち上がった。
「俺は男だぞ!? 初夜で何するって言うんだ!!」
ミランダが目を逸らせる。その仕草や表情から不穏なものを感じ、アーロンはごくりと唾を飲み込んだ。
「一応アーロン様は王妃ですので手順通り私たちもご用意をしないといけなくて」
ミランダが一気に早口で告げてくる。やけに声も小さい。務めに誠実であろうとしているが、戸惑いを隠せていない。
「ちょっと待て! ルキウスってもしかして男色なのか!?」
そうだとしたら、アーロンをすんなり受け入れたのも理解できる。
ミランダは目を伏せたまま無言だ。
アーロンは顔から血の気が引くのを感じた。
「とにかく私どもは王妃様のご用意を整えて、寝室までお連れするのが仕事ですので」
そう言うと、ミランダは食器を持って部屋を出て行ってしまった。
心臓が痛いほど大きく脈打つのがわかる。ガンガンと頭で鐘を叩かれるように響く。
まったく想定していなかった現状を受け入れられない。
(おいおいおい。俺、どうしたらいいんだ……?)
混乱の極みにいたアーロンだったが、侍女たちに強引に背を押されて一人で浴室に入った。
騎士団の宿舎にある大浴場と同じくらい広い風呂場は、優雅なタイルが敷き詰められ、立派な飾りをまとった湯船が置かれていた。
団員十人くらい余裕で入れそうな湯船に一人でつかる贅沢を楽しむ余裕はなかった。
ちら、と香油の瓶を見やる。美しい瓶がまるで毒薬のように感じる。
(こんなもの、使う必要はないはずだ!)
あなたは王妃――と頭の奥でこだまする声を無視し、アーロンは風呂から上がった。
用意されていた着替えは薄手のローブだった。デザインといい色味といい、どこから見ても女性用だ。
「な、なんだこれ、透け透けじゃねえか!!」
簡単に引き裂けそうな絹のローブにアーロンは顔を引きつらせた。
どんどん嫌な予感が募っていく。
「普通の寝間着をくれよ!」
「申し訳ございません。初夜の王妃様のお召し物はこちらと決まっておりまして……」
追い立てられるようにローブを羽織ったアーロンは、ミランダたちに付き添われて王の寝室がある三階に案内された。
武装した近衛兵が見張るドアを抜けた先に寝所に続く廊下があった。
「あの突き当たりのドアが寝室になります。では、私たちはこれで」
ミランダがまったく目を合わせることなく、そそくさと去っていく。
「あっ……」
アーロンは置き去りにされた子どものような気分でドアから出ていくミランダたちを見送った。




