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第1話:王妃に選ばれた騎士団長

 アーロンは左手の薬指が光に包まれるのに気づいた。

 婚儀の指輪がゆっくりと自分の薬指にはまっていく。


「は?」


 指輪がさも当然というように薬指に納まるのをアーロンは呆然と見守った。

 婚儀の指輪が選ぶのは王の妻――つまり王妃だ。


 そして、アーロンは若き王よりも背が高く筋骨隆々の男性で騎士団長だ。


 思わぬ事態に硬直したのはアーロンだけではない。

 居並ぶ王妃候補たちや王宮の高官たちからもざわめきが広がった。


「だ、団長……!」


 自分と同じく王妃選びの儀に警備で呼ばれている団員たちが、一様に困惑した表情を浮かべている。

 仕事中の自分たちの団長が王妃に選ばれたのだ。動揺するのも無理はない。


 アーロンは皆を落ち着かせるように大きくうなずいた。

 これが何かの間違いなのは明らかだ。


 平民の出で元浮浪児、そもそも女性ですらない自分が王妃に選ばれるわけがない。


 突如自分の身に降りかかった不測の事態に焦りつつも、アーロンは団長として平静を保った。


(ったく、なんで俺がこんな目に……)


 アーロンはうんざりと薬指の指輪をつかんだが、がっちりはまってびくともしない。


「!?」


 渾身(こんしん)の力を込めてぐいーっと引っ張っても、指輪が抜ける気配はなかった。


(どうしたんだ、女神様!! 俺は男だぞ!!)


 心臓がばくばくし、顔が赤く染まるのがわかった。

 会場中の注目が自分に集まっている。


 婚儀の指輪が思わぬ相手を選んだと皆が気づき始めていた。ざわめきは大きくなっていくばかりだ。


 背中を冷や汗が伝っていく。ただただ力任せに指輪をつかんでいたアーロンは、びくともしない指輪にため息をついた。


(なんだ、この状況は!!)


 こうなってしまったらやるべきことは一つ。

 アーロンは現状を打破すべく大きく足を踏み出し、中央の玉座に腰掛けている王、ルキウスのもとへと向かった。


 誰もが困惑しうろたえるなか、白銀の髪をした美しい月王は顔色一つ変えず肘をついて静かにこちらを見ている。


 アーロンはルキウスの正面に立つと片膝をついた。


「ルキウス陛下、畏(おそ)れながら申し上げます。なぜか私の薬指に婚儀の指輪がはまっております。これは何かの間違いなのは明らかで」

「いや、間違いではないだろう」

「は?」


 王妃選びの儀を仕切り直してほしいと直訴(じきそ)するつもりだったアーロンは、ぽかんと口を開けた。

 ルキウスは落ち着いた様子で微笑んでいる。


 まるで宝石のような優美な薄紫色の目から、動揺や戸惑いは一切見受けられなかった。

 しん、と会場が静まりかえるなか、ルキウスが明瞭に宣言した。


「アーロン・アディントン騎士団長。そなたが私の妻だと女神が決めたということだ」


 ルキウスの発言に会場がどよめく。様子をうかがっていた人々に現実が突きつけられたのだ。


「えっ、俺が妻って……?」


 アーロンの混乱は頂点に達した。

 頭の中が真っ白になり、口をぱくぱく開閉したが声が出てこない。


 絶句するなど二十五年の人生で初めての体験だった。


(俺が王妃? いやいやそんなわけあるか!!)


 ようやく我に返ったアーロンは、悠然とこちらを見下ろすルキウスをキッと見つめた。

 なんとしても誤解を解きたい一心で叫ぶ。


「あのっ、陛下! 俺、いや私は男で」

「見ればわかる」

「ですよね! だからこれは何かの間違いで――」

「神託は絶対だ」


 きっぱり明言すると、ルキウスがすっと玉座から立ち上がる。

 それだけでざわめいていた人々がハッとした表情になった。


 王族や貴族たちが固唾(かたず)を呑んでルキウスの動向を見守る。まだ即位して間もないルキウスだったが、彼の言動は若さに見合わぬ重みがあった。


「王妃はアーロン・アディントンに決まった! 第111代目の王妃選びの儀式はこれにて終了だ!」


 ルキウスの宣言に不安とも抗議とも言えないざわめきが広がる。

 皆、この異例の事態を受け止めがたく感じているのだ。


 それも当然だろう。千年を超える歴史の中で、男が王妃に選ばれることなどなかったのだ。

 人々の戸惑いが痛いほど伝わり、アーロンはいたたまれなかった。


「あっ、あの、俺、どうしたら……っ!」


 もう取り繕(つくろ)うこともできずすがったアーロンを、ルキウスがちらりと一瞥する。


「王妃としての役目を全(まっと)うしろ」


 それだけ言い捨てると、ルキウスが侍従たちを連れて闊歩していく。

 取り残されたアーロンは呆然と立ち尽くした。


 おろおろと見守っていた団員たちが駆け寄ってくる。


「だ、団長……!」


 団員たちも皆真っ青になっていたが、アーロンほどではないだろう。

 アーロンの顔からは血の気が引き、いつもの豪胆さや快活さが消えていた。


「どういうことですか? 団長がお妃様って……」

「俺が聞きたい!」


 ぐしゃぐしゃっと髪をかきむしるアーロンに、侍女たちの集団が近づいてきた。


「アーロン様」


 すっと進み出たのは切れ長の目が印象的な侍女だ。

 まだ年若いのに落ち着き払っており、白い襟のついた紺色のワンピースをびしっと着こなしている。


 彼女より遙かに体格のいい団員たちが気圧されたように一歩下がったほどだ。


「あ?」


 アーロンはのろのろと顔を上げ、虚ろな目を向けた。

 明らかに動揺しているアーロンを見ても、侍女は凜とした態度を崩さなかった。


「こちらへ、王妃のお部屋にご案内します」

「あっ、えっ……」


 アーロンは救いを求めるように団員たちを見たが、皆絶望的な表情になって立ち尽くしているだけだ。手を差し伸べたくともどうしたらいいのかわからないのだろう。


「お早く」


 促(うなが)され、アーロンはよろよろと歩き出した。


*


王妃の部屋に入るとずらりと並んだ侍女たちが頭を下げる。五人の侍女はいずれも凜とした表情をしており、選りすぐりだというのが見てとれる。


 なんと声をかけていいのかわからずもじもじしているアーロンに、先ほど声をかけてきた侍女が進み出た。


「王妃様付き侍女頭、ミランダです。これから私たちがアーロン様の身の回りのお世話をさせていただきます」

「ど、どうも……」


 ミランダは女性にしては長身だったが、それでもアーロンの顎くらいまでしか届かない。

 体の幅も半分くらいだが、アーロンに対して一歩も引かない気概があった。


 ミランダがてきぱきと他の侍女たちの紹介をしてくれたが、混乱しているアーロンの頭にはさっぱり入ってこなかった。


「あの、俺……」

「まずはお着替えを、アーロン様」

「へっ」


 素っ頓狂な声を上げたアーロンに構うことなく、ミランダは顎に手を当てる。

 アーロンを上から下までためつすがめつ眺めると小さくため息をついた。


「王妃にふさわしい格好をしていただきます。ただ、お召し物をご用意していたのですが、どれも女性用のドレスなんです」


 部屋の隅にずらりと並べられたきらびやかなドレスが目に入る。

 アーロンは思わずのけぞった。


「ま、まさかあれを着ろってわけじゃ……」

「とても入りそうにありませんね。サラ、アーロン様が着られそうな服を見繕(みつくろ)ってきてちょうだい。あ、夜着もね」


 サラと呼ばれた小柄な侍女がさっと部屋を出ていくのを、アーロンは腑抜(ふぬ)けた顔で見送った。

 ミランダがまたもやじいっとアーロンを見つめる。


「ヘッドドレスやネックレス、イヤリングなどの宝飾品もご用意したのですが、いかがいたしましょう?」

「ほえ」


 キラキラ光る宝石を身につけた自分を想像し、アーロンは声が裏返った。


「冗談じゃない! そんなもの、俺はつけないからな!!」


 思ったより大きい声が出てしまった。侍女たちがびくっと怯えたように肩を上げる。

 一様に引きつった侍女たちの表情に、急に自分が淑女の群れに侵入したならず者のような気分になった。


 アーロンは額に手を当て、心を落ち着かせた。喚いたところで事態が好転するわけではない。

 ふうっと軽く息を吐き、びくびくとアーロンを見上げている侍女たちに頭を下げた。


「大声を出してすまない」

「アーロン様」


 一人だけ顔色一つ変えないミランダが進み出る。

 その黒い目に射すくめられると、まるでいたずらをした幼児の気分になった。


「あなたは王妃なんです。立場にふさわしい振る舞いをしていただかないと」

「でも俺はその、王妃なんて柄じゃないっていうか、俺は男で騎士団長で……」


 往生際が悪いアーロンに、ミランダの目がつり上がる。


「あなたは神託で選ばれたのです」

「うう……」


 アーロンは情けない気分で左手の薬指を見た。何度見ても王妃の指輪ががっちりはまっている。


(まるで悪夢だ……どういうことだよ女神様)


 この国で信仰されている女神のことなど気にしたことはなかった。


 女神は大昔、国を滅ぼそうとした大妖魔を封じた後、地に降りて国王の妻となり子を二人設(もうけ)けた。その後再び天へと戻ったという伝説があるのは知っている。


 女神の産んだ二人の子が今の王家の血筋だ。

 一人は昼に生まれた『日の王家』、もう一人は夜に生まれた『月の王家』。


 日と月、二つの王家の存続が国を平穏に保つとされ、交互に神託によって王が選ばれる。

 そして神託で選ばれた王妃が王を支えるとされている。


(ほんと何で俺なんだよ)


 王妃はほとんどの場合、王族や貴族から選ばれる。王にふさわしい配偶者なのだから当然だ。

 ごく稀に平民から選ばれて大騒ぎになることもあるとは聞いていた。


(だがまさか、平民でなおかつ男で騎士団長が王妃になるとは誰も予想していなかっただろうな)


 自嘲の笑みを浮かべるアーロンは、まだこれが波瀾万丈の王妃生活の始まりにすぎないと知るよしもなかった。

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