第18話:不穏なお茶会
侍女たちがカップに紅茶を注いでいく。
テーブルには彩り豊かな美しいデザートがずらりと並んでおり、アーロンは目がチカチカしてきた。
気後れしているアーロンに、向かいに座ったダイアンが声をかける。
「どうなさったの、アーロン様?」
「や、こういうの初めてで……。何をしたらいいのかわからなくて」
「簡単よ。美味しいものを食べておしゃべりを楽しむの」
隣の令嬢がアーロンの皿にさっとスイーツを載せてくれる。
「クッキー、カップケーキ、それにマカロンもどうぞ」
「アーロン様は甘い物、お好きかしら?」
ダイアンの言葉にアーロンは大きくうなずいた。
ぽいっとマカロンを口に入れたアーロンは目を見開いた。
「うまいな、これ!」
飾らないアーロンの賛辞に令嬢たちがどっと笑う。
「でしょう? チェリーパイやババロアはいかが?」
「スコーンも美味しいですわよ」
アーロンは勧められたスイーツをどんどん口に入れた。
令嬢たちはアーロンの食べっぷりを感心したように見つめ、まるで餌付けするかのように次々とスイーツを皿に載せた。
どれもとびきり美味しく、アーロンはお腹いっぱいになるまで食べ続けた。
「ふう」
手についたスコーンの粉をパンパンと手で払ったところで、アーロンはハッとした。
優雅に振る舞うのをすっかり忘れていた。
コホン、と軽く咳払いすると姿勢を正す。
(食うことに夢中になってしまった。今日は社交をしに来たのに)
アーロンはにこり、とできるだけ優雅に笑った。
「どれも美味しいですね。ミラー家のパティシエは凄腕なんですね」
「ほんとに可愛らしい方ね」
ダイアンがくすくすと笑う。その緑色の目がすっと細まった。
「疑いもしないで食べて」
「え?」
「私たちが薬を盛るとは思わなかったの? たとえば下剤とか」
令嬢たちがくすくす笑う。その顔には嘲りがにじみ出ている。
可愛らしい花たちがゆっくりと棘を見せてきた。
アーロンは余裕を持って微笑んだ。
「俺、育ちが悪いもんで腹を壊したことないんですよね。腐ったもんでも平気で」
アーロンはこれみよがしにスイーツをつまんでぽいっと口に入れた。
この程度の嫌がらせは織り込み済みだ。
(飢えてゴミ箱まで漁っていた元浮浪児を舐めてんじゃねーよ)
令嬢たちが鼻白んだように押し黙る。その顔から笑みは消えていた。
「ふふ、もちろん冗談ですわ。王妃様に薬を盛るなんてとんでもない!」
一人だけ落ち着き払ったダイアンとアーロンは視線を交わした。
ダイアンが好戦的に目を輝かせ、扇をぱちりと広げる。
決戦の火蓋が今切られたのだとアーロンは感じた。
「ところで、あなたが王妃になられたわけですけど、ルキウス様は困ってらっしゃらない?」
「ルキウスが?」
「だってあなたみたいな方が”妻”だなんて。ほら、下賤な身分の……あら、ごめんあそばせ」
ダイアンの嫌みが火を噴く。
「ただ、身の程を知ったほうがいいかと思うんですのよ」
力強いダイアンの態度に引っ張られ、他の令嬢たちまで息を吹き返したように嫌みな笑みを浮かべだした。
アーロンは殊更大きく頭をかいた。
「俺もびっくりしたんですけど、あいつ……いや、陛下はすごく気さくで。あと、めちゃめちゃ俺に甘くて。俺のこと『寵姫』とかって言うんですよ。ちょっとお願いしたら何でも叶えてくれるし」
正直に話しただけだったが、令嬢たちの顔色がさっと変わった。
「へえ。陛下は心がお広いのね」
ダイアンの口元が歪んだ。まさかそんな答えが返ってくるとは思わなかったのだろう。
ダイアンが口元を扇で隠す。その目が冷ややかにアーロンを見る。
「でもあなたは女性ではないし。側室が必要ね」
ダイアンの言葉にアーロンは大きくうなずいた。
「俺も勧めてるんですがね。側室なんかいらない、おまえだけでいいって言ってきかなくて」
どんどん令嬢たちの顔が引きつってくる。
ダイアンが広げていた扇をぱちん、と音を立てて閉じた。
「まあ、羨ましいわ。ルキウス様にとても愛されているのね」
ダイアンがちらっと背後に目をやり、侍女を呼ぶ。
「迷っていたのだけれど……やっぱりアーロン様に味わっていただこうかしら」
途端に意気消沈していた令嬢たちが顔を見合わせてくすくす笑い出す。
「私から、とっておきのデザートを用意したの。ぜひ、召し上がってほしいわ」
(なんだ……?)
不穏な空気が漂っている。何が起こるかわからないのは、どうやら自分だけのようだ。
(ちょっとしたいたずらくらいだろうが、一応構えておくか)
銀の蓋をした皿が運ばれてくる。手にした侍女の顔は引きつり、その手はかすかに震えていた。
(……何かあるな)
周囲の期待と緊張が膨れ上がっているのを感じる。
(さて、お嬢様のとっておきを見せてもらおうか)
アーロンは躊躇することなく銀の蓋を取った。
「!!」
皿の上にあるのは灰色の渦巻き型の塊だった。
塊がもぞもぞと動き出し、頭部がゆっくりと持ち上がった。
(蛇か!)
蛇は急に明るくなって戸惑っているのか、ちろちろと舌を出し周囲を確認している。
ゆるゆると動き出した蛇に令嬢たちが悲鳴を上げて立ち上がった。
この様子だと中身を知っていたのは侍女とダイアンだけで、他の令嬢たちは嫌がらせをすることしか知らなかったようだ。
ダイアンが楽しげにアーロンを見やる。
「さあ、召し上がって? あなたのために用意したのだから」
楽しげに口角を上げるダイアンをアーロンはじっと見つめた。
息詰まる緊張が場を支配していた。
「……」
アーロンはおもむろにナイフとフォークを手にした。
ダン!
蛇の頭部に思い切りフォークを突き立て動きを制する。
アーロンはにこりと笑った。
「アッシュスネークですね。これ、美味いんだよなー」
思わぬ反応に令嬢たちの顔が引きつる。
「ね、うまそうだと思いません?」
フォークを蛇に突き刺したまま、ダイアンの方に顔を向ける。
ダイアンがびくっと肩を上げた。
「せっかくだから、みんなで食べようぜ」
アーロンはナイフを頭部に突き刺した。ぶつっという音とともに頭部が切り離される。
皿の上に血が広がっていった。
「ひっ」
令嬢たちは小さく悲鳴を上げ凍りついた。
アーロンはニコニコを微笑みながら、首無しになった蛇をむんずとつかんで高く掲げた。
「炙ると結構いけるんだぜ、淡白な味で。まず血を抜いて皮を剥いで――」
「もう結構ですわ!」
ダイアンがわなわなと震えながらアーロンをにらみつけた。
「さすが下賤の出の方は違いますわね。すごい王妃様が誕生されたこと!」
そのとき、アーロンの手の中で首のない蛇の体が大きく跳ねた。
血で濡れたその体はずるりと簡単にアーロンの手から逃れた。
「あ」
死後の脊髄反射だとわかった時は遅かった。
蛇はアーロンの手の中から飛び出し、びたんとダイアンの顔にぶつかった。
一瞬ののち、凄まじい叫び声が中庭に響いた。




